第42話

▫︎◇▫︎


 次の日、マリンソフィアは従業員皆で行った宴会による2日酔いで痛む頭を無視して、王城に1人でやってきていた。何故なら、昨日の件で王家からの呼び出しを食らっていたからだ。

 王太子に合う際の色彩たるいつも通りの真っ赤な、薔薇のようなベルラインのドレスに、アップヘアをしていた。だが、今日の髪は1本のヘアピンを抜くと、王太子の婚約者にして侯爵令嬢時代に毎日していた髪型になるように工夫している。真っ赤な扇子を握りしめたマリンソフィアは、周囲から向けられる驚愕の視線にくすくすと笑いながら、マリンソフィアは衛兵の後をハイヒールでコツコツと音を鳴らして進む。

 昨日は忙しさから気がついていなかったが、どうやら、ほとんどの者が『青薔薇服飾店ロサ アスール』の店長がマリンソフィアだったことに、気がついたらしい。

 昨日アルフレッドのおかげで色々吹っ切れたマリンソフィアは、爆笑したくて仕方がなかった。

 何故なら、散々馬鹿にしてきた王太子の婚約者にして侯爵令嬢が、自分たちが散々褒めちぎってきた『青薔薇服飾店ロサ アスール』の店長だったことに気がついて、怯える貴族どもが面白くて仕方がないからだ。なんなら、ここで色々と過激な事を言って、アホどもを泣かせるのも一興かもしれない。


(ふふふっ、かけるとしたら、『ご機嫌よう』かしら、それとも『あら、ごめんあそばせ、愚かなお馬鹿さんたち』かしら。あら、どっちに転んでも面白い未来しか想像できないわね)


 マリンソフィアはそんな事を考えながら、謁見の間へと足を進める。


青薔薇服飾店ロサ アスール店長、ソフィアさまをお連れいたしました!!」


 衛兵のお腹の底から声は、図太く、そして恭しい。彼は確か、国王への絶対忠誠が高すぎる事で有名だったお坊ちゃんなはずだ。


「入れ」


 短い国王の声が帰ってきて、扉が開けられる。

 マリンソフィアは開き切る前に、ここまでマリンソフィアだと気がついていながら、それに一切触れずに連れてきた衛兵に向けて小さく声をかける。


「ありがとう、エリオット卿。それでは、ご機嫌よう」


 お城にいる人間の顔と名前を覚えていたマリンソフィアは、丁寧にお礼を言って、謁見の間に入っていった。


「お久しぶりぶりにございます、両陛下、並びに王太子殿下。そして第2王子殿下に次期国王の殿

「「「「「!?」」」」」


 マリンソフィアの挨拶に、謁見の間にいた王族全員が驚きの気配をあげる。あるものたちは純粋に驚き、あるものたちは怯え、あるものたちはいい情報を手に入れたと笑う。

 マリンソフィアはそれをいいことに、ぱらりと扇子を開いて顔を隠しながら、見下すような表情を浮かべて国王に向かって喧嘩を売る。


「わたくし、王家の秘密をなんでも知っておりますの。だから、バラされたくなかったら、即刻ここから王家の人間以外を退出させてくださる?」

「っ、ーーーー出ろ。皆のもの、全員出て行っていろ。わしがいいと言うまで、決して誰も中に入れるでない」

「あら、クラウス殿下も逃すつもりですの?陛下」


 長年王太子の補佐官をしていた男に向けて好戦的な笑みを浮かべながら、マリンソフィアは国王に質問する。これでも、マリンソフィアはクラウスには好感を持っていた。彼は真面目だし、何より王妃に仕事を押し付けられて残業まみれだったマリンソフィアを、いつも助けてくれていた。

 だからこそ、マリンソフィアは扇子で口元を隠しながら、穏やかな微笑みを浮かべる。


「あぁ、安心してくださいまし。わたくしは彼を王に戴くことを望んでいる派閥ですから」

「「!?」」

「あら、そんなに驚くことですか?」

「………………」


 クラウスは不思議そうにマリンソフィアのことを見つめた。


「さあ、お話を始めましょうか。今回ご用事があるのはどなたですの?」

「俺だ」


 そう言いながら1歩前に出てきた王太子に、マリンソフィアは挑戦的に微笑んだ。


「ふふふっ、それで?楽しいお話は聞けるのかしら?」

「っ、貴様!!」

「なあに?わたくしに何か文句があるんですの?騙されたのはあなたの方でしょうに」


 マリンソフィアは満面の嘲りの笑みを浮かべて、王太子を睨めあげる。


「なっ、貴様、開き直るって言うのか!?しかも、俺とは結婚の約束までしたではないか!!」

「わたくし、断っていましてよ。そもそも、あなたは初めから大きな間違いを犯している。それが分からない限り、わたくしとあなたたちとは、お話になりませんの。あぁ、クラウス殿下はちゃーんとお分かりのようですが、お口チャックでお願いいたしますわね」


 パチンとウインクをしたマリンソフィアに、クラウスは無言で頷くのだった。

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