第31話

「………………お気に召しませんでしたか?」

「デザインや着心地はびっくりするくらいに、とっても気に入っているわ。流石はわたくしの1番弟子っていう感じね。でも、お給金は使い方を間違っている気がするから、わたくしが別途で予算を割くと言っているの」

「………そういうことなら分かりました。これからも仕立てても良いということなら、私はひとまずは納得しておくことにします」


 マリンソフィアは納得してくれた部下にほっとしながら小さく呟いた。


「そう、よかったわ」


 クラリッサはその言葉を聞いた後に、とても機嫌良さそうにドレスを取りに行って、がさごそとクローゼットの中を漁った。

 そういえば、昨日の扇子もクラリッサがお給金で買ったものではないのだろうか。


「あの、その、………昨日は扇子を折ってしまって悪かったわね。お金を先に出しておくから、また好きなのを買いなさい」

「あぁ、………お気になさらず。あれは多分、私も同じ状況になったら身体に力が入りすぎて、扇子を折るでしょうし、最初に渡していた方は、デザインを見て衝動買いしてしまった方ですので、そこまで高い代物でもありませんでしたから」

「本当にごめんなさいね」


 マリンソフィアはしゅんとしてしまった。クラリッサはマリンソフィアが落ち込めば落ち込むほど困ってしまうのだが、それを分からないマリンソフィアはどんどん沈み込んでしまう。


「………クラリッサがやっていたことに気づけないなんて『情報ギルドのギルド長側近“ソフィアーネ”』失格だし、クラリッサがせっかく買ってくれていた扇子を折ってしまうなんてわたくしは悪い子。わたくし、しばらくお出かけした方がいいかしら」


 本気で沈み込み出した主人を元気づけようと、クラリッサは急いでドレスと靴、そしてシャラシャラと揺れるデザインのプラチナとピンクダイヤでできたお花をイメージしたかのような髪飾りとお揃いのデザインのブレスレットを取って戻ってくる。


「さあ!私にマリンさまをとーっても可愛らしく仕立てさせてくださいませ!!」

(ーー………部下に気を遣わせてしまうなんて、わたくしは悪い子ね)


 マリンソフィアは困ったように美しく笑って、腕がとてもいいクラリッサにどうやっても美しくしか見えない顔を少しでも可愛くしてもらうために、無抵抗で身を任せるのだった。


▫︎◇▫︎


 今日はいつもと違って人生で初めて可愛らしい印象に出来上がったマリンソフィアは、満足そうに頷いて、くるくるとお部屋の中を回って見せた。そして、そのまま近所のカフェに飛び込んだ。真っ白なカーディガンを合わせると、お外で歩いていてもおかしくないデザインなドレスは、白髪と相まって妖精のようだった。


 ーーーからんころん、


「おうっ、ソフィアちゃんじゃないか。ちょうど今アルフレッド坊がお茶しに来たところだよ。いつもの部屋の通しといたから、行ってやんな。まだ飲み物も届けていないから、しばらくはいるはずだぜ」


 カフェのマスターたるイカついおじさまが、にかっと子供が大泣きする笑みを浮かべて人差し指で上を指した。マリンソフィアとアルフレッドはこのカフェのお得意さまなこともあり、安価に個室が借りられるため、いつも個室でお茶をしていた。


「まあ、そうなの!!ありがとう、おじさま」

「おうよ。これくらいお安いご用だ。飲み物とスイーツはいつものでいいかい?」

「うん!アルフレッドのと一緒に届けてちょうだい」


 マリンソフィアはそういうと、桃色のハイヒールで階段を駆け上がり、個室にノックもせずに入った。


 ーーーガッシャン!!


「おはよう、アルフレッド!!わたくし、ついにやったのよ!!」

「ーーーー………、」


 アルフレッドは突然入って来た不法侵入者に目を丸くした。そして、目を擦って、マリンソフィアの方を向いて、また目を擦るということを繰り返した。


「おいおい、僕はついに幻覚が見えるようになったのか?うるさい不法侵入者が、ソフィアが絶対に着ないような格好をしているのに、ソフィアの声で話して動いているぞ………?」


 『あぁ、幻聴まで………』と言いながら額を抑えたアルフレッドに、マリンソフィアはズンズンと近づいていき、そして肩に手を置いた。


「わたくしは本物よ!!ねえ、それよりも聞いてよ!!わたくし、偉業を成し遂げたのよ!!もう少しで、わたくしの愛読書がきらっきらの歴史的現実となるわ!!」

「………僕はその言葉を聞いても、頭痛しかしないんだが………………」


 マリンソフィアの愛読書を知っているアルフレッドは、あまりの頭痛に意識を手放したくなったが、甘えるように抱きついてきたマリンソフィアの頭を撫でるのに忙しくてなって、その願いを叶えることはできないのだった。


「………今の時間、つまり早朝に僕に報告に来ているということは、事件は昨日のお昼過ぎから夕方くらいにかけて起こったのかな?」

「うん!考えられないくらいにとーってもお馬鹿さんがね、わたくしのところに来て求婚して来て面倒くさくなったから、『愚かで滑稽な裸の王さま』を再現させてやろうと思ってを見せてあげたの!!わたくし、名女優だったはずよ!!」

「ヘ~………」


 アルフレッドはマリンソフィアを撫でていない方の手で額を抑えたまま、ゆっくりと呼吸した。マリンソフィアのさらさらした絹のような白髪を撫でるたびに、プラチナとピンクダイヤでできた華奢な髪飾りが、髪の動きに合わせてシャラシャラ揺れる。


「………ちなみに、引っ掛けたのはどこの誰かな?」

殿よ!!この国の王太子、テナート・ハッフルヘン殿下。16年間連れ添った婚約者と婚約破棄してまで、数日前に手に入れた婚約者たるコロンさまの婚約を早々に破棄して、わたくしに求婚して来たのがとーってもむかついたの!!」


 マリンソフィアはふんすふんすと鼻息荒く握り拳を上下に振った。ちなみに、マリンソフィアが言う新たな婚約者『コロン』の名前は聴衆への情報としては配布されていないために、アルフレッドには分からないし、この国の王太子今はまだしも、生まれた頃から婚約者持ちだったという情報も持っていない。アルフレッドは何故マリンソフィアがここまで深い情報を持っているのか気になるが、それよりも道を踏み外しそうな幼馴染を止める方が優先だと判断した。


「へ~………」


 だが、残念なことに的確に止める術が思いつかない。口が達者な幼馴染のことを止める術を、アルフレッドは残念ながら持ち合わせていなかった。


「ふふふっ、わたくし、毎年憂鬱で仕方がなかった王太子殿下のお誕生日が、今年はとーっても楽しみで仕方がないの。特に、パレードがどんなふうになるのか、わくわくが止まらないわ」


 マリンソフィアは身体をご機嫌に揺らしながらアルフレッドにルンルンと力強く擦り寄る。


「………王太子もなんというか、自業自得だが本当に可哀想だな」


 アルフレッドの憔悴しきった呟きなど耳に入らないご機嫌マックスなマリンソフィアは、アルフレッドの胸に子犬のようにすりすりと擦り寄るのだった。


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