第29話

▫︎◇▫︎


 作業室にて、布を巻く芯を3本ほど手に持ったマリンソフィアは深く深呼吸をして心を何度も落ち着けていた。これからが勝負の時間だ。これから、マリンソフィアが受けた屈辱を王太子に帰すための仕込みを始める。だから、1番頑張らないといけないのだ。


「ねえ、わたくしに力を貸し、ネックレス」


 シャラシャラとネックレスを撫でると、だんだん心が凪いでくる。

 マリンソフィアはぱっと顔を上げて完璧な淑女の仮面を被る。

 さあ、戦いの始まりだ。

 マリンソフィアは躊躇いもなく下階へと降りて、応接室へと入室する。そして、王太子に向けてとびっきりの満面の笑顔を向ける。そう、今、マリンソフィアは人生最高の作り笑いを浮かべているのだ。


「殿下、わたくし、とびっきりの布を持って来ましたの。この布は、『自分の地位にふさわしくない者や、手におえないばか者には見えない布』ですわ。王太子殿下はとーってもご立派なお方ですから、当然この布の素晴らしさがお分かりいただけますわよね?」


 マリンソフィアは、愛読書『愚かで滑稽な裸の王さま』の台詞セリフを丸々暗唱した。多少のアレンジは加えているが、根本部分は変わらない。

 マリンソフィアは、王太子が騙されることを心の底から願っていた。


「あ、あぁ、とても、その………、す、素晴らしい布地だな。柄がとても美しい」

「まあ!!お分かりいただけますのね!!」

「あ、あぁ、まあな」


 マリンソフィアは喜色満面の笑みを浮かべて嬉しいふりをする。


(わたくしは女優、わたくしは女優、わたくしは女優わたくしは女優わたくしは女優わたくしは女優ーーー………………)


 必死になって頭の中で唱えながらも、マリンソフィアは追撃の手を緩めない。


「とっても素敵なきらきらと輝くグリーンで、ひと目見た時から、殿下のエメラルドのような瞳にとーっても似合うと思いましたの。やっぱり、殿下ならお分かりいただけると思っていましたわ!!ねえ、クラリッサ!!」

「………そうですね、殿下でなければ、この布の輝きはお分かりいただけなかったでしょう。近頃のお貴族さま方は、この布の良さを全く理解してくださいませんから」

「そうなのよね………、とっても残念だわ」


 マリンソフィアは憂い顔でふむふむと頷いた。そして、ぱっと顔を上げてにこっと微笑んだ。


「王太子殿下、礼服はこれで仕立てても構いませんか?そうですねー、デザイン案はこれなんかいかがでしょうか」


 今日の午前中に描き上げたデザイン案をどこからともなく取り出したマリンソフィアは、王太子にデザイン案を差し出した。王太子の好みのドストライクになるように描いているから、1発合格間違いなしだろう。こちとら、16年婚約者をやっていたのだ。好みくらい、手に取るように分かる。


「素敵だな!!これで任せる!!では、食事にでもーーー、」

「作業に行って参りますわー!!」


 王太子からの不穏なお誘いを聞き切る前に、マリンソフィアは自分の作業室に逃げ込むように全力疾走で駆け上がった。これで、王太子は『裸の王子さま』をやることが実質的にほとんど決定した。マリンソフィアはそれで苦痛も全部飛び散るぐらいに満足だった。


「うふふふっ、せいぜい苦しめばいいわっ!!馬鹿王子!!」


 マリンソフィアはひゃっほー!!というかのように踊りながら作業室に入ってそして、叫んだ。

 どうやら、ストレスが限界を迎えてハイテンションになってしまってまったらしい。そんな主君を見たクラリッサは、苦笑しながらも、体調が戻った主君に安堵のため息をマリンソフィアの目の前で堂々とこぼすのだった。

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