第19話

「あら、クラリッサは『青薔薇服飾店ロサ アスール』で、きっちりいっぱい働くのがそんなに嫌なの?わたくし、あなたのお仕事量を増やすか否かを迷っていたのだけれど、文句が言えるくらいに余裕がまだあるのだったら、とーっても優奈なクラリッサには、まだまだお仕事量を増やした方が良さそうね」


 わざと意地悪く捲し立てるように言ったマリンソフィアに、クラリッサは顔をひくひくと引き攣らせた。あまりにも我らが店長は、暴君すぎる。

 だからだろうか、クラリッサは真顔でマリンソフィアに楯突いてしまった。


「………店長はブラック企業という言葉をご存知で?」

「あらあらまあまあ、この程度であなたは『青薔薇服飾店ロサ アスール』がブラック企業だというの?給金は異常なまでの高額、お洋服には絶対に困らないし、ご飯もお昼については必ずみんなに食べさせているわ。寮に住んでいる従業員については、朝と夕も出しているし、住み所にも困らないようにしている。どこに文句があると言うの?」


 『青薔薇服飾店ロサ アスール』は給金が王宮の王族側仕えや、重鎮レベルのお給金と同等、もしくは特別手当てによってそれ以上であるということと、従業員全員が男女両方、見た目麗しく、そして礼儀作法が完璧で教養が高いということで有名だ。異常なまでに高いお給金と働くことで身につく高い教養に目が眩んで、良いところのお嬢さまやお坊っちゃまが勤めようとして、ふるいにかけられて働けないというのはよくあること。

 『青薔薇服飾店ロサ アスール』は働き口であって、花嫁修行や花婿修行の場ではないのだ。


「うぐっ、………た、たしかに!!お給金は最っ高ですし!お洋服は最高に可愛くて、着心地が良くて、本当に可愛いですし!ご飯も朝・昼・晩、一流のシェフのお陰でとーっても美味しいですし!寮のお部屋も1人1部屋で綺麗で、本格的なお掃除ができるお手伝いさんを雇ってくださっているおかげで清潔的で、とーっても居心地が良いですし!お給金や生活に関することなら、文句の言いようはありません!!けれどっ!お仕事が死にそうなくらいに忙しすぎるのです!!死ぬ気で働かないと終わらない仕事量ってなんですか!!残業禁止とか殺す気!?マジでっ!何で私だけお仕事が多いのです!!」



 クラリッサの悲痛な叫び声に、マリンソフィアは淡く微笑んだ。見る者全てをとりこにする、社交界きってのお姫さまの微笑みは、とてもとても美しかった。


「優秀だから」


 そんな微笑みでマリンソフィアが述べた理由は、とっても端的だった。


「………は?」

「え?だから、優秀だからあなたに信頼が必要なお仕事を全部任せているの。お金の勘定もお店の従業員の中で1番早く正確にできるし、読み書き計算、礼儀作法も王族に嫁ぐ姫君と遜色がないくらいに完璧。話術も巧みで社交界で百戦錬磨の貴族のご婦人さえも転がす手腕を持っている。あなた以上にこのお店を任せられる人間がいるかしら?わたくし、あなたかがいたから、本業のためにこのお店を不安なく開けることができたのよ?」

「え、あ、」

「可愛い可愛い、クラリッサ。わたくしのためにもう少しだけお仕事を頑張ってちょうだい」


 マリンソフィアは、クラリッサの横にカツカツとヒールを鳴らして歩いていった。そして、彼女の横に立ってふわりと甘い声音でつぶやく。


「あなたが頼りなの、クラリッサ。あなたのことは、誰よりも信頼しているし、期待しているわ」


 ーーーカツカツカツ、


 歩き去ったマリンソフィアの後ろから、人が崩れ落ちる音が聞こえた。


▫︎◇▫︎


 マリンソフィアが去っていったお店の裏口で、クラリッサは床に座ったまま身悶えていた。


「こんのっ、人ったらし店長っ!!どうして店長は毎度毎度、私が『1番欲しい言葉』をくれるのよっ!!こんなのじゃいつまで経っても、ブラックじゃないブラック企業に勤め続けるしかないじゃない!!」

「あれ?わあ!オープン当初からずーっと売り上げ1番の超絶やり手と評判の先輩じゃないですかー。そんなところで座ってたら風邪ひきますよー。お店の売り上げに関わるかもしれないので、さっさと立ってください」


 脳天気な後輩の声に、クラリッサは目くじらを立てる。新入りのくせに、優秀と評判が高い後輩が脳天気に裏口付近でぶらぶらしていたら、怒りたくもなるだろう。


「うるさいっ!!そんなこと言ってる暇あったら、そのお色気たっぷりと評判の顔で、1人でも多くご婦人とご令嬢を落としてきなさい!!」

「うわっ、言い方。俺、遊び人みたいじゃん………」


 塩々とした嘘らしい行動をした後輩に、クラリッサの気配の剣呑さはどんどん増していく。


「あなたねー、」

「うわっ、長っいお説教はごめんだ。はいはい。ちゃーんと、ご婦人とご令嬢に売りつけてきますよーだ」


 態度の大きい後輩を相手に激怒したクラリッサの頭には、もう“人ったらし店長”のことなどなくなり、どこかお空の遠くにいってしまっていた。

 何故なら、逃げ走る後輩へのお説教で汗だくになったからだった………。

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