第六章:エキスポ

第33話


 時は流れ、エキスポの開催期間に突入した。エキスポは、世界各国からあらゆる企業がバヘイラに集結する為、一週間という長期間に渡って開催される。バヘイラ国内でも最大規模を誇る「バヘイラ国立競技場」を貸し切った非常に大きな祭典である。世界でも有数の大企業であるマイクロスクロール社の一兵卒として、デバック課にて最優秀成績を収める第零部隊も、新たな魔導に触れる機会の為に参加を認められていた。


――題目は、偵察である。


 第零部隊は、最初に自社ブースに立ち寄り、ラナが上司の下に向かった。彼女は数分ほど会話をすると、イコたちの下へ足取りを軽くして戻ってきた。


「上司様からの指示では、我々は遊撃隊みたいなもので自由に動いていいそうよ。とはいえ!我が社の面目の為にも、このパスカードを持っている限りは、恥になるような行動は避けないといけない。まぁチェリアも不安だけれど、特にイコは要注意かしらね。あなたは私から離れないこと!いいわね?」

「…了解です」

 

 イコには前科がある。以前に他国へ魔導の視察に向かった際に、他社の魔導を見て鼻で笑ってしまい大事に発展したのだ。魔導に対しては、上っ面の誤魔化しが一切できない堅物なのである。そんなイコの困り顔がツボにはまったのか、頭上のスタークは、笑わない代わりに普段よりもポヨポヨと振動していた。


「無論、対策は考えてあるわ。全員で固まって移動するには、国立競技場は広すぎるし、参加企業が多すぎるわよね。ミームとチェリアには別働隊になってもらうわ。移動経路が被っても困るから、前日にマップを作っておいたの…移動経路はこれを参照して」


 変わり者の集まる第零部隊にも、全員に共通することが一つだけある。それは、みなすべからず魔導を愛していることだ。普段は出世の亡者に見えるラナも、今日に限ってはとても嬉しそうに一同を指揮している。企業から発売されるような魔導は、どれも洗練されており、名工が仕立てる刀に価値を見出すようなものだ。


「それから~12時に食堂ブースで待ち合わせて、午前中の報告会。15時にエキスポ自体が終了するから、そこから自社に戻って更に報告会をしましょう。今日から一週間はデバックなしで、魔導の探求に勤しみましょう!」


 満面の笑みで、ラナは確認するように部隊の面々を順番に見た。それぞれが目を合わせて頷きを返し、新たな魔導との出会いに胸を膨らませている。


 エキスポは、一日区切の入れ替わりで各社がブースを構える。撤収などの時間を用意する為に、一日につき計六時間しか開場されない。マイクロスクロール社を含めたいくつかの大企業だけは、毎日ブースを出展することが認められている。資本主義社会において、企業規模は権力に直結し、優遇されることは当たり前である。


――◇◇◇――


 会場には1万人にも及ぶ人々が集結しており、一人一人の声は小さくとも、数が集まれば騒音に成りえる。しかし、目新しい魔導や魔具が並べば、人々の意識は自然に騒音から離れていく。イコも、そんな集中力を所有する一人だった。各社のブースには、それぞれ縦横四メートルほどの広さが設けられており、複数の展示商品が並んでいる。自社製品を宣伝する為に、あえて既存の商品を持ち寄る企業もあれば、発売予定の商品を持ち込む企業もある。そんな中で、最初にイコが夢中になったのは、「Ganon(ガノン)」という企業のブースだった。ガノン社は、「撮影魔導」の最先端企業だ。撮影魔導は、以前から多くの企業から販売されており、競合他社の多い市場である。その中でも、特に画質が良く安定した画像や動画が撮影できる商品を提供している。画質向上に関する魔導式の特許を取得しており、市場を独占しつつあるのが現状だ。ガノン社専用の撮影魔導記憶機構である「カメラ」も、マイクロスクロールのようにデバイスとして人気を博している。


「これ、面白いですね」

「ん?どれどれ…ほぅ「チェキ」というのか」

「どうやら、カメラとプリンターが一体になっているみたいで、それなのに手のひらサイズで首からぶら下げれる程度の重量しかないんですよね」


 二人がチェキを眺めていると、奥からガノン社ブースの担当者の男性が歩いてきた。彼の目線は一瞬下に下がり、ラナの胸元へ向けられた。いやらしい意味合いではなく、パスカードを見るためだ。マイクロススクロール社と見ると、好意的な笑みの中に、好戦的な光を紛れさせる。次にイコを見て、頭上のスタークを確認し、一瞬だけ怪訝な顔をしていた。使い魔をエキスポに連れてくる会社員など滅多にいないためだ。


「いらっしゃいませ。私はガノン社ブースを担当しております、ヒイラギと申します。天下のマイクロスクロール社様に一見して頂けるとは、緊張してしまいますね」


 黒髪黒目の平たい顔立ちで、東洋人の特徴を詰め込んだかのような男性だった。ガノン社は、小さな島国の大企業という偉業を成し遂げている。


「ご丁寧にありがとうございます。私はマイクロスクロール社のラナと申します。こちらのチェキという商品は、とても面白いですね。カメラとプリンターが両立していれば、スペースの削減にもなりますし、場所を選ばずにプリントもできます。それに、思い出をその場で形にできるのは、ライブ性もあっていいですよね」

「そうなんです。プリンターを内蔵しているので、画質は最新商品よりも劣ります。ですがライブ性と身軽さが、本商品の特徴となります。それに、劣る画質とはいえ、小さな紙に写る写真と言うのも、また味があっていいんですよね」

「なるほど、これは売れそうですね」

「えぇ、来季の目玉になる予定です」


 会話をラナに任せ、イコは商品を近くで観察している。ヒイラギは、そんな様子のイコに気付き、チェキを手に取った。


「一枚どうです?」


 無論、ただの親切心ではなく、写真を持ち帰り宣伝でもして下さい、という下心ありきの提案だろう。お互いに利益しかない提案を、二人は直ぐに承諾した。


「では、3・2・1で取りますよ。3・2・1――…」


 ラナは、他社の前ということで、やや控えめな笑顔を作り、イコは白い歯をニカっと見せる程の笑顔を作り、スタークは頭蓋骨を少し上にずらして顔を露出させた。ヒイラギは一瞬だけ表情を引きつらせ、シャッターを切った。すると、カメラの下部に着いたプリンターから、ゆっくりと縦8センチ、横5センチほどの紙が出てきた。それを取ると、数回ほど振ってからラナに渡した。プリントされた写真は、直ぐには現れないようで、数秒程経過すると徐々に浮き上がってきた。温水に漬けた服から、徐々に汚れが浮き出てくるのに似た光景だった。


「なるほど、これは素晴らしい。確かに、これにしかない味がありますね」


 ラナは、天井に透かすようにして写真を眺めていた。イコも横から覗き込み、やや靄がかったかのような写真を観察する。霧の中で見た女性が、妖艶に美しく見えるように、意図的にぼかすことによって、イコの顔は普段よりも少しだけ男前になっていた。


「ありがとうございます。発売の際には、是非ご購入を検討ください」

「もちろんですよ。同僚にも自信をもって宣伝できる品です。誕生日や結婚式などのイベント時にプレゼントしても、その場を気持ちよく盛り上げてくれそうですから」

「それ、いいですね。宣伝文句に使わせて頂きます」


 サッと手帳を取り出してメモをするヒイラギの姿は、どこか空間に馴染んでおり、彼が普段から仕事に対して実直であることを表現していた。


「では、我々は次のブースに向かいます」

「わかりました。すみません、最後に名刺だけ交換させて頂いても?」

「もちろんです」


 名刺交換を済ませると、二人はようやくブースを移動した。

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