王宮に到着したラビ達(2)

 見えない黒大狼がどこかにいるだろう想像を働かせていたヴァンが、ラビがふんっと顔をそむけたタイミングで「おい、野郎共」とこっそり呼んだ。彼らは顔を寄せて、どうしたもんかという表情で見つめ合う。


「あのチビ、これ以上大きくなると思うか?」

「正直言って、俺も予想がつかないでいるんだよね……」

「サーバル先輩もそう思う? 俺もさ、幼馴染に小さい女の子がいるから、そのへんはちょっとどうかなって思うんだよなぁ」

「つか、あのチビが女だとか信じられねぇよ…………」


 小さい軍服のサイズがぴったりで、まるで十四、五歳くらいの子供みたいだとうっかり笑ってしまったら、またしても飛び蹴りが飛んできたのだ。しかも、顎一直線で狙ってきた。


 思わず痛みを思い出して涙目で本音を吐露するジンを見て、一同が憐れみの視線を送った。王宮の建物に入ったら煙草が吸えないので、今のうちにと一本を咥えたヴァンが、火を付けながらしみじみ頷く。


「俺も性別を忘れるな」


 つか、また今も、言われるまで頭から抜けてたわ。


 上司であるセドリックやユリシスからは、女性であると知った一件に関しては、口外しないようにと指示されていた。しばらくの間は、少年であると勘違いさせたままでいくらしい。


 ラビの本気で男の子にしか見えない外見や乱暴さと、威嚇するように強気で挑んでくる際の口の悪さは、もはや女という雰囲気が微塵にもない。誰かが暴露しない限りは、他の騎士達にもバレない気もしている。


「素直に話してる時は、ちらっと可愛くも見えるんだけどな」


 多分、そっちが素の性格のような気はする。年長者のヴァンは、個人的に思うところもあって、つい青い空を見上げて一人そう呟いた。


 金髪金目という立場で一人生きて来たらしいから、ずっとそばにいてくれた『他人には見えない人の言葉を話す黒大狼の親友』を見本に、強くなろうと気を張っている節もあるのでは――と、中年に片足を突っ込んだ身としては考えてしまう。


 可愛らしい、という言葉で片付けられない凶暴さは本物だが、氷狼の事件の際に、一人で突っ込んでいくような危うさがあるとも感じた。目を離すと勝手に飛び出して、へたをすれば大怪我をしかねない。それもあって、なんとなく小さな獣師を放っておけなくなっていた。


 金髪金目を見たのはラビが初めてで、迷信を信じた事はなかったものの、ついまじまじと見てしまった。純粋なテトが「すごく綺麗だよな」と瞳を輝かせて語っていたのには、ヴァンとしても賛同も出来た。


 珍しい毛色ではあるが、それが悪いとは思えない。


「昔話に結構書かれてるって事は、大昔は金髪の人種もチラホラいたんじゃね?」


 大陸繋がりの隣国にも、金髪や金目の人種がいないので、その辺はなんとも言えないが。もしかしたら、ずっと向こうの海を渡った先の大陸には、当たり前のように存在しているのではないだろうか?


 そう考えながら大きく煙を吐き出したヴァンは、不意にギクリと指先を強張らせた。距離がある位置から、ユリシスの背中を刺すぐらいに突き刺してくる強烈な無言の一睨みを覚えた。


 ヴァンは思案をやめ、何食わぬ顔でそっと煙草の火を消した。


 王宮騎士団の総団長というのは、簡単にいえば騎士をとりまとめるトップである。護衛騎士、近衛騎士隊のみならず国の軍部を統括する役割も担っており、その執務室は王宮内の管理された一角に存在していた。


 出入りする人間や人数に規制があるとの事で、一旦ヴァン達を近くで待機させ、ラビはセドリットとユリシスと共に、ルーファスが待つ総団長執務室がある廊下を進んだ。そこは、先程まで歩いていた廊下とは打って変わり、人の行き来が全くなくて静まり返っている。


 廊下だけでなく天井や壁、窓ガラスの隅々まで磨き上げられており、固い床にセドリック達の軍靴があたってコツコツと音を立てた。窓が閉め切られているせいで、廊下は閉鎖的な空間に仕上がっているため慣れない独特の静寂が満ち、そこに三人分の足音が鈍く響き渡る。


 王宮というのは、随分と金がかかっているところらしい。


 人混みを抜けた事で緊張を解いたラビは、セドリックとユリシスの前に出て、好奇心から視線を忙しなく辺りに向けていた。本来は別荘となっているホノワ村の伯爵邸の他は、立派な建物も知らないので、支柱だけでなく廊下の天井にまで装飾がされているのには驚いた。


「こっちは全然人がいないんだな」

『規制がされているくらいだからな、それなりの厳重区域なんだろ。とはいえ、ここまで人払いがされるってのも珍しいがな』


 隣を歩くノエルも、鼻先を動かせながら辺りを見渡した。ここにいるのは、彼の存在を知っている人間だけなので、ラビは気がねなく目を向けて「ふうん、そうなんだ?」といつものように相槌を返した。


『軍だろうが貴族だろうが、組織ってのはだいたい同じようなもんだ』

「つまりノエルは、全く人が出歩いていないのが気になるの?」

『普通なら、許可を与えられている階級の人間くらいは出歩いてる。それほど大事な話がしたいのかと勘繰っちまうし、兄の方は、弟よりも頭が回るからな。俺としては、ちょっと思うところもある』


 ノエルは言葉をぼかして、はぐらかすように尻尾を揺らした。


 一見するとラビ一人だけが話しているような光景を、しばし見守っていたセドリックが「ラビ」と呼んだ。

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