男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~

百門一新

序章 ラビィ、馬車で王都へ

 いつもの作業着ではなく、真新しい匂いがするシャツの上から型崩れのしない軍服仕様のジャケットを着込み、しっかりズボンをベルトでしめたその姿は――まさに見習い少年隊士である。


 質の良い軍服仕様の衣装は、ラビの金色の柔らかい髪と白い肌がよく映えた。丸い大きな金の瞳も、一見すると育ちの良さを思わせる。通常にはない一回り華奢な、まるで子供用のような軍服のサイズは、寸法でも計ったのかと疑ってしまうほどぴったりだ。


 正直、こんな小さな軍服もあるのか、と取り出した際に思っていた。


 だから実際に着替えてみて「長さもピッタリで着心地抜群だ」と、自分の口から感想がこぼれ落ちた時、ラビはますます苛々した。



 ラビは、十七歳の少女である。しかし、普段から男装し、男口調で話す彼女は、ぱっと見ると少年そのもので、性別を間違われる場合は十五歳かそれ以下の子供に見られた。


 新しい軍服仕様の衣装は、金髪金目と小奇麗な顔もあって、品のある男の子である。――馬車の座席で露骨に不機嫌さを漂わせて、口を一文字に引き結んでいるのが全てを台無しにしているが。


 そもそも黄金と見紛う見事な金色の色素は、この国では昔から『悪魔の色』であるとして嫌われていた。


 そこを配慮されたのか、騎士団の規定にはない帽子が特別に支給され、それは今、ラビの膝の上に置かれていた。旅用の砂や風対策の耳あてが付いた、軍仕様のデザインをした特注の丈夫な帽子である。大人が被るとなんだか浮くようなデザインだが、少年ほどの年頃であれば違和感もないものだった。


「ラビィ、機嫌を直して下さい」

「ラビィって言うな」


 ラビは、自分で決めた呼び名である男性名の『ラビ』でなく、本名の女性名の方を口にした幼馴染を、不機嫌そうにジロリと睨み付けた。


 騎士団の広い馬車の向かいの席に腰かけているのは、今年で二十一歳になる第三騎士団の副団長、セドリック・ヒューガノーズだった。伯爵家の次男であり、蒼灰色の癖のない髪と、優しい深い藍色の瞳を持った背丈もある美青年である。


 今回の最高潮な不機嫌の理由は、同じ深い藍色をした彼の兄によるところのものだった。ラビは『旅に出る』という目標をずっと持っていたため、セドリックを見ていると彼の事が思い出されて、奴のせいでこうして王都へ向かう馬車に揺られているのだと苛立ちが蘇った。


 手紙を受け取ったのも、つい先程の事だ。わざわざ遠い村まで駆け付けた、警察機関でもっとも権限を持った『王宮警察部隊』に知らせを宣言されたのも、同じ頃である。


 考える時間もなく着替え、まとめた荷物と共に馬車に詰め込まれて、今に至る。


 そもそも自分は、田舎暮らしの薬草師兼獣師である。なのに何故、騎士団専属の獣師として所属しなければならないのだろうか?


 この国には、十八歳未満の獣師に適用される特別な法令があるらしく、才能を持った子供の保護と技量確認を目的とした『貴重人材適正法』とやらで、正式に獣師として登用されてしまったようなのだ。


 正直言って、全く嬉しくない。


 細々と薬草を販売し、個人獣師として小さな仕事をこなす日々に不満は抱いていなかった。先日、幼馴染であるセドリックに頼まれて、第三騎士団と共に高ランクの害獣に指定されている『氷狼』の件を解決したのが、唯一まともな大仕事といえる。


 誰にも明かした事はないが、ラビには動物の声が聞こえた。


 それもあって、獣師としては一番に彼らの気持ちを汲み取れ、意思疎通も図れるのだ。だからこそ、薬草師よりも獣師の方が自分に向いている職業のような気もしていた。


 しかし、専門として獣師の仕事を多くこなした事はなく、他の獣師との仕事を比べた事もなかったから、自信は持てないでもいる。そもそも、ラビは出身地であるホノワ村を出た事がないのだ。


 どうやら、この世界には害獣だけでなく『妖獣』と呼ばれる種類の生物もいるらしい、と先日の事件で初出張した際に知った。村の外に出るのは、経験を深めるためにも良い事だと思わされた一件であったのも確かだ。


 とはいえ、またしても長時間の馬車旅である。


 しかも、知らせを受けてすぐに荷物を詰めての即出発だった。


 あまりに唐突過ぎるし、やはり、あと一歩というところで『旅に出る』という計画が実行に移せなかったのが憎たらしい。


 この国では、金髪金目は忌み嫌われている。一つの所に留まらず、自分が知らない世界を『誰にも見えない親友』と共に、旅して回ろうかと考えていたというのに……


 速馬が抜擢されているため、上等な馬車とはいえそれなりに揺れた。じっとしているのも慣れない苦行であり、尻と腰の痛みに余計に苛々も増して、ラビは再びむっと口をつぐんだ。


 困ったように微笑む美麗な幼馴染から視線をそらした時、その隣にいた騎士と目が合い、更に彼女の周りの空気は五度下がった。


 しばし互いに、露骨に眉間に皺を刻んで睨み合う。


「相変わらず失礼な子供ですね、君は」

「うるっせぇバーカ」

「なるほど、口の悪さも健在ですか。――『彼』もついてきているのですか?」


 そう言って、細い銀縁眼鏡を指で整え直した騎士は、副団長セドリックの補佐官であるユリシス・フォーシスだった。


 明らかに貴族出身と思わせる美しい指先と、洗練された品ある仕草を持った、二十代中頃のこれまた絶世の美貌を持った青年だ。やや長い栗色の髪に、薄い水色の鋭い眼差しは、ニコリともしない美貌もあって冷やかに見える。


 ラビは、初対面時から、自分を常々チビだの品がないだの言って馬鹿にしたユリシスを睨みつけた。彼とはとことん馬が合わないし、再会した際にも「やはり小さいですね」と言われて、いつかぶっ飛ばしてやると改めて心に決めたところだ。


 とはいえ、親友の存在を思い出されたラビは、少しだけ怒りを鎮めた。こうして苛立ちを我慢して馬車に揺られているのも、彼に「旅行みたいで楽しいんじゃね?」「騎士団から金が出るんだし、王都で美味いもんでも食おうぜ」と宥められたからである。


 ラビには、昔から他の人には見えない親友がいた。


 名前はノエル――彼は、人の言葉を話す黒大狼である。幼い頃に出会ってから、ずっと一緒に過ごしていた。


 ノエルは、通常の大狼よりも一回り以上大きな大型種の狼だった。氷狼の事件の際に、彼本人から『妖獣』という存在なのだと教えられたが、ラビは特に気にしていなかった。ノエルは大切な家族で、親友で、人の言葉を話してなんでも食べる、知識豊富で賢いとても頼りにもなる最高の相棒だ。


 ラビがその背に跨って乗れるくらい、害獣でも稀にないほどノエルは大きい。


 妖獣は、不思議な力を持っているのだという。一度だけ、尾の数が増えて町の建物よりも巨大化し、黒い炎まで放った事があったが、その後にはちゃんと普段のサイズで落ち着き、今も相変わらず漆黒の豊かな毛並みを揺らせている。


 セドリックとユリシスの視線を受け止めたラビは、自分が馬車に乗り込む直前のノエルの様子を思い返して、こう答えた。



「馬車の上」



 先日に、初の馬車旅をした時と同じである。


 セドリックとユリシスは、一度だけ見た事があるその光景を思い出して、複雑そうな心情を表情に滲ませた。


 当初と同じように、今は姿も見えなくなってしまっている口の悪い立派な黒大狼が、馬車の屋根に収まりきらない身体の四肢と尻尾をはみ出させて、呑気にうつぶせている様子が何故だか容易に想像出来た。

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