第49話 嗜虐

 どうしてこうなった、と、本当にいいのか、という思考の間をジョルドは繰り返している。

 傭兵団の天幕が張られたその中央は、話し合いをするための広場となっている。

 そこに穂先を外してさらに先端を綿で包んだ槍の柄を持ち、レイニーが立っている。

 彼女のクラスは『弓兵』であるが槍の訓練も積んでいる。

 さらには騎乗の技術もあるので、確かに同年代であれば、これまで無双していてもおかしくはない。

 男女の対格差は、やや女子の方が早熟なのは、この世界でも同じである。


 対するトリエラは、木剣を手にしていた。

 槍と剣ではそもそも、槍の方が強いのである。

 長槍と短槍でまた扱いは変わるのだが、レイニーの手にしているのは短槍だ。

 突きが急所に入れば、防具を付けていても危険である。


 トリエラは相手が遠慮なく突いてこれるように、ちゃんと防具をつけている。

 危ないから手加減したのだ、などと言われたら困るからだ。

「剣でいいのかよ。一対一なら槍の方が強いぞ」

 対人戦闘であるならば、確かにレイニーの言うとおりである。

 単純に剣術よりも、薙刀の方が強いのだ、などという話も前世では聞いた。


 実際の戦場においては、相手の防具がどの程度のものかによって、適切な武器とは変わってくる。

 ただ日本において剣術が強かったのは、江戸時代の研鑽によるものだ。

 この世界のように、武器庫や鞘といった、収納系のスキルなど存在しない。

 世界が違えば法則が違う。

 もっともこの世界においても、抜刀術は有効な技術であると思う。




 トリエラは両手で剣を構えた。

 本当なら反りのある木刀の方が、持っている技術はふんだんに使える。

 だがこの世界においては、曲刀というのはあまり一般的ではない。

 一応場所によってはかなり普及しているのだが、基本的には直剣がメインである。

「盾はいらないのか?」

「ええ」

 レイニーの言葉に短く返し、トリエラはわずかに膝を弛める。


 古流というのは本来、江戸時代の生活風俗が基本となって存在するものだ。

 今のトリエラは移動のために、ズボンを履いていたりする。

 これは足捌きが相手に見えてしまって、本当はよくないことなのだ。

 だが技術が根底から違っていると、その意味も相手には分からない。


 子供同士の対戦だと、周囲の大人は適当に声をかける。

 基本的にはレイニーの味方が多いのだろうが、けしかけるような声も多い。

(槍の相手は……)

 トリエラが思い出すのは、自分の方が槍代わりの、棒を持っていた稽古である。

 技を試すために養父やその友人は、トリエラには槍術まで教えていたりした。


 この世界でも一般兵士などは、基本的に槍を持つことが多い。

 ただレイニーの持っている槍は、やや長さが短い。

 これは集団戦ではなく、乱戦になった時に、取り回しのしやすい槍なのだ。


 トリエラはじりじりと、地面を刻むように動く。

 正眼に構えたその姿から、分かる者はトリエラが、しっかりと剣術を学んでいるとは分かるだろう。

 単純に稽古であれば、レイニーには勝機はない。

 だが戦場において、武器だけで相手を倒すというのは、それこそ現実的ではない。

 組み合うことが出来れば、レイニーに勝機もあるだろう。


 ただそこまで、レイニーはまだ見る目がない。

(どうするかな、とりあえず手元に当てて剣を落とせば)

 実力差が隔絶していると、それにも気づかない。

 安易に突きを繰り出した。

 そして手に走るのは、今までに感じたこともないような衝撃。

 からんと地面に落ちる、槍代わりの棒。

「拾って。続きをしましょう」

 そう言ったトリエラは、笑いをこらえるので必死であった。




 トリエラはサディストである。

 これはもう前世から、隠しようのない性癖であった。

 ただ幸いと言えるのは、彼女が嗜虐心をそそられるのは、社会的に見て立派であったらい、カースト的には上にいるような、普通ならば「いじめ」られないタイプであったのだ。

 そしてまた彼女は、肉体的に相手を痛めつけることには、さほどの快楽を得ることもなかった。

 望ましいのは精神的な屈服。

 それも完全に屈服させるのは、トリエラの好みではない。


 ぎりぎり自分に反抗心を持っている、それぐらいのところで止める。

 もっともそれも、トリエラの好みに合うかによる。

 前世においてトリエラは、周囲から恐れられるような男子生徒などを、ぼきぼきにプライドは折っていた。

 それはもう完全に、なんの躊躇もなく。

 トリエラが壊れるか壊れないか、そのぎりぎりを見定めるのは、精神が高潔な人間である。

 あるいはプライドが、高ければ高いほどいい。


 その中でも一番好みなのは、周囲に慕われる少年っぽさを持つ少女。

 少なくとも性欲の対象には、一番そういうタイプがなっていた。

 いや、あれは性欲と言ってもよかったのだろうか。

 だが確実に、美しいものをあえて汚すことに、喜びを覚えていたのは確かだ。

 そしてそれを自分以外の人間が実行したことが、トリエラの前世の死因になってしまったものだが。


 何度もトリエラに、槍を落とされるレイニー。

 いくら強く握っていても、全く意味がないのだ。

 皮製のグローブをしているのに、衝撃は骨を通してくる。

 それでもトリエラは、レイニーが槍を握るのを許した。


 どこまでプライドを折ってしまうか、それは重要なことである。

 ここまでトリエラの好みの容姿に、そして折れない心。

 逆にだからこそ折ってしまいたくもなるが、大切にしたくもなる。

 だがさすがにそろそろ、腕の方が限界だろう。


 47回目の、レイニーが槍を落としたとき、トリエラはそれを踏みつけた。

 そして膝から崩れ落ちたレイニーの顎を、指先でクイと上向かせる。

「私と共にくれば、今よりもずっと、強くなれることが出来ます。私に迫れるかは、あなた次第ですが」

 悪魔のように囁くトリエラの瞳には、涙ぐんだレイニーの顔が映っている。

「私と共に、来ますね?」

 その問いに、レイニーは力なく頷く。

 トリエラは心から晴れ晴れとした笑みを浮かべ、思わずレイニーはそれに見ほれてしまったのだった。

「これであなたは私のものです」

 耳元で囁かれたその言葉は、レイニーの脳髄を強く揺さぶる。

 そして彼女は、その衝撃でもってようやく、気絶することが出来たのであった。

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