第42話 女騎士
トリエラの今後の大まかな予定が決まっていく。
さしあたってしばらくの間は、領都で教育を受けるのは変わらない。
だが季節に一度、魔境に行くことが認められた。
もっとも以前のように、少数というのは無理がある。
むしろローデック家の兵を鍛えるのと同時に、トリエラも鍛えようという判断だ。
領都から近い魔境は、その魔物のレベルの上限も、それほどのものではないらしい。
それでもレベルが20ぐらいには上がるのだから、普通の身体能力の倍以上には成長するだろう。
そしてから王立学院への入学前に、一年ほどザクセンに滞在することとなる。
これはセリルの両親に、トリエラを会わせるという目的があった。
これまでどうして一度も会っていないのかというと、単純に距離があるからだ。
普通の馬車を使っていては、二ヶ月ほどもかかる辺境の飛び地。
そこに接しているのが、ザクセンの地であり、住まうものがザクセンの民だ。
「セリルの父であるバロは、ザクセンでも最強の戦士と言われている。ミルディアでは学べないことも、あそこなら学べるだろう」
目を離して大丈夫かなどとも思うが、もちろんローデック家からも、屈強の騎士たちを付けていく。
どちらにしろそれは、まだ少し後のことである。
セリルは再び、領都の公邸の中で、家庭教師に学び、書物から知識を得て、疑問点は質問し、そして魔法の訓練を行っていく。
(レベルが上がらない……)
ザクセンにいた頃は、狩にも参加していたランなどは、レベルは20を超えていると言っていた。
ただレベル差というのはそれほど絶望的なものではなく、たとえば当初のトリエラは、ランの油断を突いて模擬戦闘に勝利している。
さすがにここのところは、よほどの何かがない限りは、とても勝てたものではないが。
基本的にこの世界では、対人戦闘が実戦的すぎるがゆえに、逆に精妙な技術が生まれにくい。
一応剣術の流派はあるし、貴族の子女用の特別な剣術もあるのだが、そういったものは決闘などを行う以外には、あまり通用しない。
魔法のある世界であるのだから、その体系が備わっていなければ、絵に描いた餅となる。
体術に関しても基本的に、打撃からの投げ、そしてそこからナイフで鎧の継ぎ目を狙う、というのがおおよその技術になるのだ。
もっとも大規模な戦闘になると、そこまで装備が揃っているのは騎士階級が多い。
単純に喧嘩をランとするならば、トリエラは最初の数回は勝つ自信がある。
しかし自分の持っている技術というのは、基本的に相手を殺すためのものだ。
それが知られてしまっては、結局は本当の殺し合いになった時、役に立たなくなる。
この世界の娯楽の一つに、拳闘がある。
ざっくり言ってしまえば原始的なボクシングであり、実はクラスに拳闘士というものもある。
格闘家、武道家とクラスアップしていくわけだが、要するに殴り合いが、娯楽として存在するのだ。
剣闘士奴隷などといった奴隷制度はないが、借金を背負った人間の子供を、養成所に送ったりすることはある。
トリエラは一度、これを見せてもらった。
クローディスなどはああいったものを、戦争や魔物狩りには役に立たない、子供の喧嘩の延長だ、などとも言っていたが。
確かにトリエラの目から見ても、さほど洗練されたボクシングとは言えない。
そもそもボクシングで禁止されている、背面打ちなどの制限がない。
それゆえにかえって、殴り合いの喧嘩に使うには、向いているのではないかとも思ったが。
選手はバンテージを巻いて、グローブなどなしで殴りあう。
実はボクシングのバンテージやグローブなどは、相手のダメージを考える以上に、自分の拳を守るためのものでもある。
指の骨というのは基本的に、額の骨などよりは折れやすいものであるのだ。
目潰しと、腰から下への攻撃は禁止。
こういったルールは確か、古代ローマの時代にあったボクシングではなかったか、などとトリエラは思ったものだ。
そして殴り合いはこれとして、組み打ちという技術もある。
ヨーロッパでも日本でも、普通にあった甲冑同士の対決。
相手を倒して馬乗りになり、鎧の隙間から刃物を入れる。
洋の東西を問わずに存在した実戦の武術であるが、この世界では比較的発展していない。
それは魔法があるからだ。
前世との比較をするなら、この世界は魔法による強化で、打撃や斬撃の効果が、圧倒的に高い。
向こうの防具や肉体も、かなり強化はされるのだが、それでも攻撃力が主に上回る。
格闘技であれば、極め技はそれから逃れるために、こちらも武器を使えばいい。
なので投げ技にしても、一瞬で相手を投げないのなら、投げられる間に刃を突き立てられるのだ。
以前からある程度は聞いていたが、トリエラは次期当主として、近衛の訓練なども見ることがあった。
次の当主が美少女とすると、励む者もいれば怠ける者もいる。
だがどちらにしろ、近衛は隊長が訓練を見ているのだ。
驚いたことにというか、原作のゲームでは確かにいたのだが、女性の騎士というものもいた。
確かにこの世界、男女の体格差は前世ほどではなく、ランやセリルも背は高かった。
それでもやはり平均的に男性の方が体格は大きく、そしてその中でも特に体格に優れた者が、専門の戦闘職になる。
ただしここでも、スキルやクラスの補正があるので、ある程度は女性も活躍出来るというわけだ。
そもそも女性騎士というのは、職務的に需要がある。
貴族女性の護衛などにしても、男性の入れないところにまで向かうには、女性の騎士が必要になるのだ。
その割合は、およそ二割。
なお日本の女性警官は、新規採用のおよそ一割が女性となっている。
自衛隊はそれよりも、やや割合は少ない。
戦争などに出るのは、やはり男性がほとんどとなる。
それは捕虜になった時など、女性が辱められる可能性を考えれば、当然のことではある。
よってよほど指揮官にまでなっている女性を除けば、戦争は男の仕事となる。
女性騎士は基本、護衛が任務と言っていいだろう。
ただ前世でもそうであったように、特殊な技能を持っていれば、女性でも普通に戦いには出る。
そもそもランがそうである。
冒険者などでは斥候は、女性がやっていることもそれなりにある。
この世界に存在する魔法によって、女性が男性に劣る要因になる一つ、生理を副作用なく止めることが出来るのだ。
これによって長期間の、特殊な準備をいらない移動が可能になって、女性も外で働けるというわけだ。
確かにトリエラとしても、前世にあったファンタジーにおいて、女性の旅人の生理などはどうなっているのだろう、と考えたこともある。
ただ基本的に女性騎士というのは、嫁入りの準備を出来ない貧乏貴族の女子が就く職業、などと思われているところはある。
需要はあるので専門に、王立学院の騎士学院でも、女性枠はあるのだ。
また接触の機会が多いため、出会いから結婚をして、退職するという場合も多い。
特に下級貴族の男などは、男のことを理解してくれている女性騎士は、それなりに結婚相手として好評であるらしい。
それでも女性の最大の役目は、子供を産むこと。
まあ実際に、血をつなげていくという意味以外にも、それなりに発展途上のこの文化では、老人は最後には、子供に見取ってもらうしかない。
それを思えば出産と育児は、前世の日本よりもずっと、切実なことなのかもしれない。
トリエラは男ばかりでも、特に問題はないと考えていたが、自分の名代として出せる、女性の騎士もいた方がいいかな、と思い直すことになる。
もっともそのためには、実際に男と対等に渡り合えるような、腕っ節も必要になるだろうが。
別にフェミニストでもないトリエラは、女性に対して過剰な期待などはしていない。
それでも仲間の内には、前衛戦闘職ではないにしろ、女性も一人は入れていた方がいいな、と思ったのである。
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