第36話 家庭内学習

 ゲームの主な攻略キャラの一人でありながら、影の薄いのがクレインである。

 これは他の攻略キャラが神器継承者であるのに対し、彼だけはそうではないという条件があるからだろうか。

 トリエラは知らないことだが、クレインルートは爽快感に欠け、病みルートなどと呼ばれていたりする。

 その原因となったのは、やはり自分なのだろうな、とトリエラはゲームの中のトリエラのことを考えていた。


 ゲームにおける敵のキャラというのは、おおよそが不愉快な性格をしていた。 

 逆に高潔であるがゆえに、自らの信念に殉ずる者もいた。

 他のルートでは仲間になったり、そうでなくても友軍になったりというキャラは、確かにいたのだ。

 トリエラが詳しい事情を知っていれば、幼年学舎で一人とは接触出来たであろう。


 この世界はあの男たちによる、ゲーム補正がかかっていることは、ロザミアの件で明らかであった。

 ひょっとしたら神々というのは、あの男たちのことを示しているのかもしれない。

 だとすればトリエラがすべきは、シナリオへの徹底的な反逆だ。

 他の転生者はルイしか知らないトリエラであるが、彼もまたあまり前世にはこだわっていないように見えた。

 詳しくは聞けなかったが、人を殺し、人に殺された経験があるとするなら、あまりいい人生は送ってこなかったのだろう。

 日本から転生してくるような人間が、あの快適な生活を忘れることが出来るだろうか。

 それに実際、既に多くの転生者は死んでいる。


 現代日本においてさえ、昭和の初めごろまでは、一つの夫婦が作る子供は五人ぐらいは普通であったのだ。

 それだけ子供は、幼少期に死にやすいものだったと言える。

 また貴族や富裕な商人でなければ、その食生活は大変に貧しい。

 もっとも食料の保管に関しては、魔法があるため近世よりはマシであると言えるのか。


 トリエラが知る、己を鍛えるということ。

 それは一つには、良く学び、良く食べ、良く眠るということであった。

 だが同時にもう一つ、自分を追い込むという手段もある。

 前世で養父はトリエラを、人間の世界ではない自然の中へ、連れて行くことがあった。

 もちろんそこは危険はないはずであったが、それでも文明は己の身につけたものばかり。

 ああいった経験がなければ、おそらくこの世界の一般庶民の暮らしには、なかなか慣れないものであろう。


 転生者たちは、いずれも前世に問題を持っている可能性が高い。

 それを転生後も引きずるのか、それとも新しい生として受け入れるのか。

 どちらにしろ目的とするのは、生存することではあろう。

 生きることに絶望しているなら、そもそも転生など望まないであろうから。

 いや、リセットとして考えるなら、それもありうるのか?




 トリエラの提案を、クローディスは受け入れた。

 クレインの使用人たちは、伯爵家からの付き添いだ。

 ロザミアが死亡した時、何人かは伯爵家に戻ったが、クレインが懐いている使用人は、公爵家に残ったのだ。

 クローディスがそれを許したのは、ロザミアの殺害をうやむやにする代わりに、こちらも伯爵家との付き合いを切らないぞという意思だ。

 いずれはトリエラにもこういった、腹芸を憶えてもらう必要があるだろう。

 さすがにまだ七歳の子供には、早いであろうと思っているが。


 クローディス自身による、公爵家の過去に関する話。

 とりあえず初回は、当たり障りのないところから話していく。

 当主だけに伝えられる過去の歴史は、血に塗れていると言ってもいい。

 基本的には口伝で伝えられるが、当主の急死などもある場合も含めて、特別に保管された一室に、そういった資料は集めてあったりする。


 トリエラの知識欲は、それにも向かったようであった。

 だがこれはまだ早いのだと伝えると、ではどれぐらいになれば、と問い返してくる。

 14歳かな、とクローディスは答えた。

 自分が知ったのも、その年であったので。


 14歳というのは、トリエラが王立学院の貴族院に、正式に入学する年のはずである。

 ゲームではそう明確には言われていなかったが、一学年上のトリエラが、14歳で入学したヒロインより年上の15歳だったはずだから、これは間違っていないだろう。

 トリエラはセリルが残した知識によって、一般の七歳児どころか、ミルディアの人間では分からないような、魔道に関する知識を得た。

 これに公爵家に伝わる禁忌の知識を手に入れれば、より強くなるであろうことは間違いない。

 ただこれが他のキャラにも当てはまるのなら、ラトリーなども相当にトリエラよりは強くなっているはずだ。

 魔法だけで彼と敵対するのは、かなり危険であろう。




 何もトリエラは、必ず転生者と敵対しようとは考えていない。

 だからこそクレインを、こちらに引き込もうと考えているのだ。

 関係が険悪にならないために、緩衝材としてクレインが必要になる。

 またそれでも敵対した時に、神器継承者以外の転生者なら、クレインのスペックで対抗できるだろうと考えたのだ。

 このあたりは、少し、トリエラは考えが甘い。


 いざ、クレインと一緒に父の話を聞くことになる。

 外見は父に似て、髪は鮮やかに赤いが、その顔立ちはおとなしいものだ。

 ゲームの主人公とは同じ年齢であるが、内気な性格であった。

 他のルートを進むと、普通に仲間になるキャラである。

 ただ神器を持っていないため、絶対的な戦力とは言えなかったが。


 この年頃の一年の年齢差は大きい。

 最初はおどおどとしていたクレインであるが、果たしてその理由はなんであったものか。

 おそらくは周囲の使用人から、トリエラの悪い噂でも聞いていたのだろう。

 だがそれはクレインにとっても、悪手でしかない。

 将来トリエラが公爵家の当主となった時、自分に反抗的な弟をどうするか。


 クローディスはそれを見越して、クレインの周りの使用人を代えるのかもしれない。

 味方がいなくなった中でのクレインは、間違いなく心細くなっていたであろう。

 そんなところに主人公がやってきて、彼の心に寄り添うことになる……はずだ。

 実際は他のキャラとくっつけて、カップリングを成立させることも出来た。

 ゲームにおいてはキャラ同士の友好度が高いと、戦闘パートで色々と有利になっていたはずなのだ。


 ゲームの中のキャラが、そのまま敵対したとする。

 だがトリエラならばおそらく、どのキャラにでも勝てる。

 味方最強の魔法キャララトリーは、トリエラとだけは相性が悪い。

 ただしこの世界は、あまりゲームを再現しきれていない。


 重要なのは、とにかくレベルを上げることだ。

 レベルこそパワー。ただしトリエラがいくら鍛えても、地球にあったような物理的限界は、そう超えられないような気がする。

 少なくとも体をいくら鍛えても、開発初期の銃を止めるのは、鎧が必要になるだろう。

 ただ装備できる鎧の重量は、前世よりも筋力の違いで、重くなっているとは思う。


 普通にクレインと共に父の話を聞き、二人の間の緊張感は和らいだ。

 そしてクローディスは提案する。

「トリエラも少し、クレインと一緒に家庭教師の話を聞いて、分からないところを教えてやりなさい」

 トリエラとしては問題ない。家庭教師の授業の時は、一緒に使用人も控えている。

 クレイン側の使用人ばかりであれば困るが、こちらにもランがいてくれればいい。


 とりあえずクレインが、トリエラに怯えるようにならなければいい。

 本当なら戦争が起これば、トリエラの弟として、一緒に戦ってもらわなければいけないのだから。

(まだずっと先のことだけれど)

 準備を早めておくに、こしたことはないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る