第33話 側近の選び方

 将来の側近になりそうな、貴族の子弟と会っていくトリエラ。

 だがそれが本当に役立つのは、ゲームシナリオを無事に終えてからであろう。

 自分の息子、あるいは娘を連れてやってくる貴族たちを見ていると、クローディスのやっているこれは、社交であり政治なのだなと分かる。

 前世での自分は、どちらかというと対人関係は苦手な方であったと思うのだ。

 しかしトリエラとしては生まれてから、母や使用人、そして教師などと接したために、コミュニケーション能力が普通に育っている。

 幼少期の家庭環境の大きな変化というのは、そのあたりにも大きな問題を残すのだろう。

 果たして自分はトリエラなのか、それとも前世の自分が本質なのか。

 考えてみてもなかなか分からない。


 そんなトリエラは幼年学舎には通いつつ、授業にはほとんど出ない。

 魔道に関しては少し学んだが、それも既に自分のやっていることの方が上回る。

 理論的なことはセリルからはさほど学んでいない。

 だが実戦で使えれば充分なのだ。


 古代語の詠唱によって、魔法を使うことが出来る。

 そして古代語の詠唱を変化させることで、魔法も変化させるのだ。

 繰り返すことによって、詠唱は必要ではなくなり、発動句も省略できるようになる。

 トリエラはこれを、不思議なものだとは思わない。

 こういう世界を、あいつらが作ったのだろう。

 そしてこれは、物理法則と同じで、誰でも再現可能なのだ。


 王立図書館にも、禁書庫というものがあるが、神殿にもまた王宮にも、そういった隔離された書物があると聞いた。

 トリエラはその知識がほしい。

 肉体がまだ成長していない今は、戦闘手段は圧倒的に魔法の方が有利だ。

 魔力にしても成長はするのだが、トリエラの場合は既に、並の魔法使いを超えた魔力を持っている。

 前世由来の技術を、その魔法にプラスする。

 トリエラの戦闘スタイルは、まさに魔法戦士となる予定である。




 前世では勉強など好きではなかったが、この世界は勉強も苦ではない。

 それは学ぶことの内容が、現実とあまりつながっていなかったからであろう。

 基本的な義務教育の範囲で、おそらくミルディアの教育はカバー出来る。

 そしてミルディアの貴族としては、魔道や礼儀作法、法律などの統治者として必要な知識が、主に学ぶことになる。


 芸術に関してまで、貴族の基礎教養となっている。

 ただトリエラは前世でも、美術や音楽といった授業は、それなりに得意であったのだ。

 自然科学系の知識は、トリエラはかなり重視している。

 なぜなら物理法則と、この世界の法則を考えれば、より強力な理論が立てられるのではないかと考えているからだ。

 庶民の生活はともかく、貴族の生活はこの世界では、それほど前世と変わらないレベルである。

 それは電気や水などのインフラ要素を、魔力で動かしているからだ。


 そんなトリエラは今日、公爵邸を出て、自らの意思で訪問する場所があった。

 ルイの実家である、バランス商会を訪れたのだ。

「ようこそいらっしゃいました」

 トリエラに同行しているのは、外出用の服に着替えたランのみ。

 ただ少し離れたところから、追跡している気配は感じていた。

 屋敷を出たところからいるので、これはおそらくクローディスによる護衛であろう。

 ラン一人では心配というのは、公爵として当たり前のことだ。


 そしてトリエラは会長のグイスではなく、ルイに色々なことを聞いていた。

 さすがに子供なので、大丈夫かな、とグイスは思っていたのだが、護衛として同席するランとしては、よく分からない事態になっていた。

 なぜなら二人が、日本語で会話をしていたからだ。

 ラン自身はさほどの教養もないので、古代語か大陸外の言葉なのかな、と思ったぐらいであるが。

 この世界には一応、古代語以外には共通語の国家しかない。




 トリエラがルイと話したかったのは、他の転生者の動向。

 そして側近を選ぶことに対しての、ルイからの助言というか、常識を知りたかったのである。

「今の段階では、他のキャラとの接触は難しいかなあ」

 トリエラもルイも、終盤にキャラを選んだので、ゲームキャラの誰が選ばれているかは、おおよそ知っている。

 ただ忘れてしまった部分もあった。特にトリエラは。


 転生というものを人生のやり直しと、安易に考えることは出来なかったのだ。

 むしろ自分が死ねば、ゲームの世界は無事に終わると考えていた。

 しかし今ではゲームのシナリオ通りなど、そんなことは許せなくなっている。

 何よりそれは、あの男たちの思い通りという気がして癪なのだ。


「側近選びか……」

「出来れば命を捨てるぐらいの忠誠を、公爵家じゃなく私に対して示してくれる人間がいいな」

「どうかな。やっぱりこの世界では、それは家族ぐらいしかないと思うし」

「孤児は向いてないかな?」

「農村の三男四男あたりなら、家族のためにも頑張るかも。あと孤児であっても孤児院に感謝してるなら、それを人質みたいにしたり」

「私たち、悪いこと考えてるなあ」

「こんな世界だと仕方ないと思う」

 二人はそして笑うのだ。


 この世界においては、二人の間には絶対的な身分差がある。

 それにトリエラは気づいていないが、ルイの方はトリエラの、かなり特殊な思考に気づいていた。

 人を殺した人間しか、転生させていない。

 確かにルイも、人を殺してはいる。

 だがトリエラは転生後も既に、人を殺しているのだ。


「領内の孤児院の環境を良くして、自分に対する忠誠心を高めて、そこから選んだらいいんじゃないかな? 平民でも将来、冒険者や傭兵や、騎士になることに憧れているのもいるし」

「結局は人物を見て決めるわけか。私は苦手なんだよなあ」

 裏切れない状況を作ったとしても、人間は場合によっては裏切る。 

「まあ戦国時代の武将なんか、そのためにホモやってたってのもあるしな」

「おいおい……」

「もちろん公爵家の令嬢が、そんなことするわけには」

 軽口のつもりであったのだが、トリエラはピコーンときていた。

 確かにトリエラが、体で男をつなぎとめるなどというのは無理である。

 だが女だったらいいんじゃね?


 ルイは気がつかなかったろう。

 トリエラの邪な感情が、火を噴いたことに。

 将来的にトリエラの毒牙にかかる少女たちのことを考えれば、ルイはここで切腹するべきであったかもしれない。

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