第28話 神殿

 ミルディア王国の王都が世界の中心と言われるのは、それなりに理由がある。

 おおよそ確認されている、人類の生存圏のほぼ中心ということだけではない。

 また最大の国力を持つ、ミルディア王国の首都だからというだけでもない。

 王国の管理する迷宮があるということが一番であろう。

 そしてこの迷宮の管理のために、神殿が存在する。


 神殿にも位はあるのだが、これが現実の地位とクラスによって異なっていることが、面倒なことになっている。

 たとえば神官というクラスはあるが、神殿で働く神官は、別に神官のクラスに就いていない者も多い。

 だが何か用があって呼ばれる時の神官は、クラスとして祈祷術が使える神官なのだ。

 この神官という位が、神殿の中では最下位であるが、逆に神殿での神に仕えるのは、全員が神官であるとも言われる。


 神官の上にある位が、侍祭である。

 基本的にクラスとして神官の祈祷術を使えるのは、年齢が青年に達すれば侍祭になれる。

 ただ神官のクラスに就いていなくても、色々な実績や年齢を加味されて、侍祭になる者も存在する。

 その上にあるのが司祭であり、基本的に平民出の神官は、ここまでが最高の到達点である。

 これ以上に出世するには、神官のクラスの上級職である、司祭にならなければいけない。

 つまり位と言うか役職というかそういうものは

 神官→侍祭→司祭 となるのに対しクラスは 神官→司祭 となるのがややこしいのだ。


 なお位については、司祭の上が高司祭であり、高司祭の上が司教であり、司教の上が大司教であり、大司教の中の数人が枢機卿となり、その枢機卿から神殿機関の最高峰の教皇が選ばれる。

 もっとも実際の神殿の行動に関しては、王都大司教の話し合いで決定することが慣例となっている。

 緊急時には教皇が神殿に対して指揮権を発動するが、教皇が動けない時には普通に大司教の誰かが指示をする。

 この1600年の間では、そんなことは数度しかなかったが。


 ちなみにクラスに関しては、司祭の上に高司祭はあるが、これ以上となると伝説上のクラスしかなくなる。

 司教というクラスは存在しないのだ。なお高司祭のクラスの神官は、自動的に高司祭にまではなる。

 やや方向性の違うものに、高司祭と最上級クラスに導師というものがあるが、これは学問的な意味合いの方が強い。

 実際には大司教や枢機卿であっても、クラスは神官であったり、そもそも神官系クラスでなかったりするが、そこは政治との兼ね合いだ。

 ただ伝説では、聖者、聖女、救世主といったあたりがあるし、トリエラの先祖である初代ローデック家の者は使徒とも言われた。

 このあたり呼び名が使徒であったのか、クラスが使徒であったのか、おそらく後者なのだが微妙であるのだ。

 神に選ばれた戦士であり、聖戦士というクラスは確かにある。

 ただローデック家に伝わる神器は、魔道の神器であるのだ。

 それを考えれば最上級クラスの大魔導師か、これまた伝説級クラスの魔道王であったと考えるのが妥当である。


 


 クラスについては一般的な『農民』や『商人』は一般職階と呼ばれることが多い。

 ただ農民でもそこから上級の『開拓者』にクラスアップすることはある。

 ただ一般のクラスには、最上級のクラスは見つかっていない。

 農民スキルや学者スキルでも、さらに上のものはあると思うのだが。


 魔法戦士は最初から上級のクラスである。

 能力値の成長補正は、ほぼ満遍なくどの能力にもあり、穴がないように見える。

 ただゲームの戦闘においては、基本的に味方はパーティーを組んで戦っていたのだ。

 その場合は盾、遠距離攻撃、魔法攻撃、近接攻撃、援護魔法など、いくつもの役割があった。

 あくまでもゲームの中での話では、突出して能力値の成長に補正がかからない魔法戦士は、むしろ器用貧乏で使いにくい。

 肉弾戦も魔法攻撃も行うというのは、ソロで戦うことを念頭に置いている。


 ゲームにおいてソロで戦えるのは、接近戦が主だが遠距離攻撃も出来て、そして回避力が高いキャラであった。

 ラトリーなどは遠距離攻撃が主だが接近戦も出来て、そして回避力が高いというキャラなので、それに一番近い。

 あとはまさに、トリエラである。

 基本的に魔法職は、筋力や頑健のパラメータの伸びが悪く、一撃を食らったら死ぬことも多い。

 実際に今のトリエラも、頑健の能力値が一番低いのだ。

 ただし魔法攻撃に関しては、精神の能力で弱めたり耐えたりすることが出来る。

 同じ魔法職でも、神官系は特に精神の能力値は高くなりやすい。


 ただゲームでは素早く相手の攻撃を回避し、切り結んで倒していた軽戦士。

 実際のこの世界では、魔物相手の戦闘ならともかく、戦争にまでなったら防具が足りなくなる。

 そして弓矢での攻撃を防ぐために、魔法の物理障壁も作らなければいけない。

 魔法であれば己の魔力や精神力で相殺しても、物理的な攻撃は魔力を物理的な効果にしなければいけないのだ。


 また戦争であれば、弓矢を大量に使ってくることが考えられる。

 ゲームであれば弓兵といっても、一対一となる。

 ただこの現実世界には、範囲攻撃というものがあるのだ。

 盾を、特に大きな盾を持つクラスが、戦争では重要になるだろう。

 また魔力で強化した盾であれば、魔法すら防ぐことが出来る。


 前回の魔境での戦闘ならば、魔物の数はそれほど多くもない。

 だが魔物は時々、群れとなって魔境を出てくることがある。

 さらに魔境の奥にいる魔物が、他の強い魔物に追い出されて、さらに弱い魔物が追い出されてくるのだ。

 集団戦になった時、一方向からの攻撃を防ぐための盾は、必ず重要になってくる。




 色々とゲームと現実の違いを考えていたが、今回神殿にやってきたのは、まず顔をつなぐためである。

 公爵家のその特徴上、トリエラは将来的に、神官系のクラスではなくても、神殿での位を持つことになる。

 神々の神器を使うのであるから、これは当然のことでもあろう。

 中世キリスト教の世界であると、世俗の権力と教会の権力は、融和することもあれば対立することもあった。

 だがこの世界には神が間違いなく存在し、その力と血統を継承するのが貴族である。

 神の権力と権威、そして世俗の権力と権威というのが、完全に一致しているのだ。


 トリエラとしては前世の感覚から、これはまずいのではないか、と思うのだ。

 あまりにも王族や貴族というものに、力が集まりすぎている。

 ただ歴史を見てみれば、貴族と言えども食事はする。

 農民反乱に、ちょっと強い傭兵などが加われば、小さな国や貴族の領地が、平民に奪われるということはない。


 それでも貴族の持つ力は、クラスが戦闘系になりやすいことからも、かなり数の不利を覆せる。

 逆に貴族に生まれても、その務めを果たせないのなら、貴族扱いされないくもなる。

 女の場合はまだしも、その血統が次代に出るかもしれないため、第三夫人や第四夫人あたりになって、どこかの年の離れた貴族の後妻になったりもする。

 これは男尊女卑のように見えるが、実は嫡男や、自分で自分の立場を得られなかった男は、まともに妻を迎えることも出来ない。

 一部の男が多くの女を抱えるというのは、地球の歴史ではずっとあった話であるし、なんなら現代日本であっても、愛人を抱える金持ちは多いだろう。


 貴族であっても男も女も、その生活を維持して子供を持つためには、それなりの努力が必要になる。

 ただ生まれつきの魔力が高ければ、それだけである程度の繁殖用貴族として生きることが出来る。

 えげつない世界の事実であるが、幸いにもトリエラには関係がない。


 貴族はともかく平民に、しかもシナリオ補正のない平民に転生した人間は、さぞかし生きにくいのではなかろうか。

 ルイなどのように戦闘に向けたキャラメイクを考えなければ、上手く生き残ることは出来るのだが。

 戦闘職ではなく生産職。

 そう割り切って考える者なら、むしろうまく生き残れるのか。


 ゲームキャラとそれ以外のキャラ。

 あの男が言っていた、主人公はオリジナルの中から自動的に選ぶというもの。

 それ以外の人間は、転生したことを悔やんでいるかもしれない。

 前世日本に比べれば、相当に裕福な貴族であっても、この世界は生きていくのが面倒であるのだから。




 本日トリエラが神殿にやってきたのは、王立学園の図書館にもない、神殿に伝わる知識を欲していたからである。

 また同時に顔つなぎという面も持つ。成人すれば即ち、神殿での位を得ることになるのだから。

 そしてクローディスが言っていたのは、判定の儀とはまた異なる、トリエラの能力値の算定である。

 判定の儀で作られる鑑定板にあるよりも、さらに詳細の情報を、神殿にある魔道具で調べることが出来るのだ。


 鑑定板で分かるのは、様々なことである。

 レベルやクラス、スキルに能力補正値といったあたりは、そのまま戦闘力に直結している。

 だがそれ以前のレベルで、戦闘力を示すもの。

 それはマスクデータとなっている、本来の身体能力である。


 だがこれに関してトリエラは、かなり懐疑的なのだ。

 一応はセリルに話し、そういったものも測定できるはずだとは言われた。

 クローディスに話しても、確かにそういう物はあるので、一度ぐらいは計測をしてもいいかと言われたりしたのだ。

 ただよく考えてみれば、これにはあまり意味がないと分かる。

 特に現在のトリエラは、まだ子供であるのだ。

 肉体の成長による身体能力の増加の方が、レベルアップやスキルによる身体能力の増加よりも、ずっと大きいものであるはずだ。

 

 そもそもこの数字というのは、何を基準としているのか。

 いや、たとえ筋力などが正しいとしても、どこの筋力なのか、それとも標準値なのか。

 腕は鍛えてあるが、足はそれほどでもない、あるいは逆という人間もいるのではないか。

 基本的に武術であれば、どこか一箇所が極端に鍛えられる、ということは少ない。

 だが握力は武器術において、かなり重要な要素となる。


 神殿の奥深く、トリエラはクローディスと一緒に進んでいく。

 この先は貴族と言えど、使用人などを連れて行くことは出来ない。

 案内する神官に、荷物などを運ぶのも神官。

 ただクローディス自身も神官の身分を持っているあたり、神器継承者はやはり特別なのだ。


 左右に神々の像が並ぶ。

 その中に一つ、トリエラが見慣れた物がある。

 ローデック家に伝わる混沌の指輪。その混沌を司ると言われている男の神である。

 トリエラが少し不思議に思ったのは、この世界においては神々に、名前がないことだ。

 前世の地球であれば、それこそゼウスだのオーディンだのアマテラスだの、多くの名前が神にはあった。

 だがこの世界の神々は、まさになんらかの概念を表しているのだ。

 ただその割りに、神にも男女ははっきりとあるらしいが。




 案内の神官に連れられたその場所は、部屋自体が一つの魔道具となっているようであった。

 その中央にまた、他の場所から魔道具が持ち込まれる。

 それ自体が魔力を持つそれは、紙か布か判別がつきにくい。

 だが広げてみれば、魔法陣が描いてあった。

(これは、古いものなのでは?)

 セリルは基本的に、詠唱での魔法を重視していた。

 しかし魔法の中には、沈黙や静寂といった魔法がある。

 それによって声を封じられた時、必要になるのが魔法陣の魔法だ。

 とは言ってもこれは、かなり特殊なもののようである。


 神殿でありながら、神の奇跡以外に、特殊な魔法も伝わっている。

 やはりこの世界は神の存在が、極めて実学的に存在するのだ。

「トリエラ、靴を脱いで、その布の上に。線は踏まないように」

 そしてトリエラに渡されたのは、鑑定板のようなものであった。

「はい」

 神官たちは何かをクローディスに渡し、その場を去っていった。

 ただ控える神官だけは、部屋の隅で目を伏せている。


 おそらくこの魔法は、ある程度の秘儀なのだろう。

 あるいはここから明らかになる、貴族についての情報がそうなのか。

 クローディスは片手に宝珠を持ちながら、紙に書かれた呪文を詠唱する。

 おそらくこれは改良の余地があるのでは、とトリエラは思った詠唱であった。


 そこそこ長い詠唱が終わると、判定の儀の時と同じように、トリエラは各種ステータスを声に出していった。

 もっともその内容は、特に能力値に関わるもの。

 そして現れた数字は、明らかに鑑定板の能力値とは違う。

 筋力が能力値よりも、ずっと低くなっている。

 それに対して魔力ははるかに高く、あとは器用と精神もずいぶんと高い。


 これが素の能力値なのだろうか。

 ただそうであっても、何を基準にすればいいのか。

「トリエラ、その数字は成人男性の平均が100になっているらしい」

 らしいというのはどうなのかと思うが、この数字を明らかにしないからであろうか。

「今のお前は主に、魔力ぐらいしか100を超えるものはないかもしれないが」

 いや、一番突出しているのは精神で、その次が器用であり、魔力も100は軽く超えているが、三番目の高さである。


「あとはお前の、技量転換という祝福についてだが」

「技量転換」

 結局判定の儀では、分からなかったトリエラの持つギフト。

 それについてこの特殊な鑑定板では、ようやく詳しいギフトの内容が分かった。


『MPを消費することによって隠しパラメータ<技量>が身体能力パラメータに追加される』


 ああ、なるほどと思った。

 セリルと話していた時も、一般的な能力値以外に、体の柔軟性や反応速度の速さなど、数値化すべきものはあるのではと思っていたものだ。

 技量というのがいったいどういうものなのか、それは検証の必要があるかもしれない。

 だがトリエラの前世知識から、技量についてはなんとなく想像がついている。


 この世界には魔物という、現実的な脅威がある。

 そして大規模な戦争は起こっていないが、辺境での反乱や盗賊などは、それほど珍しくもないという。

 またザクセンなどでも、身内同士で争うことはあったらしい。

 人間相手に使える、戦闘の技術。

 それを示すのが『技量』ということなのだろう。




 詳しい説明を聞いても、クローディスにはよく分からないようであった。

 彼は魔法使いであるし、わずかに経験した戦闘などでも、後衛から魔法で攻撃するのが基本であったからだ。

 ただトリエラの魔法戦士というクラスにとっては、これは重要なことだと、本人は理解していた。

 トリエラの現在の弱点は、明らかに子供の肉体による、低い身体能力だ。

 それをさらに補正できるというなら、前世で学んだ武術の技術が活かせる。


 なるほど確かに、これはトリエラのためのギフトであろう。

 おそらく他の転生者でも、それなりに格闘技などをやっている人間はいる。

 転生の条件を考えれば、人を殺したり殺されたりという、そんな現場に居合わせたというはずだからだ。

 しかしその中で、トリエラほどに武器術を合わせた武術をやっていた者は、まずいないと思うのだ。


 今のところ低い筋力を、これで補うことが出来る。

 だがそれを試すのは、領地に帰ってからになるだろう。

 おそらくは一般的な、身体強化にも似たもの。

 しかし転生者にのみ備わるギフトが、それだけとも思えない。


 強さを求めるトリエラにとっては、まさにありがたいギフトであることは間違いなかった。

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