第8話 神以外の祝福

 トリエラがやがて発見したことだが、この世界は体格の男女差が、前世ほどは少ないとも思う。

 ゲームのように女でも前線で戦わせるためには、どうしても素の力などが必要だろう。

 細くて小さいのにゴリラ、という存在はいないのだ。

 それでもある程度は、男性の方が体格は優位にあるらしい。

 おそらくこれをステータス補正でどうにかし、ゲームのような世界を作り出しているのではないか。

 ならばおそらく、ステータス補正にも、魔素が働いている。


 それはさておき、トリエラはまず魔法についてもっと詳しく、広く深く知ろうと思った。

 家庭教師やセリルに尋ねるのではなく、まずは自分で調べてみる。

 とりあえずこの世界、まだまだ本は貴重品であるらしい。

 ただ図書室の蔵書が揃っているのは、とてもありがたいことだ。

 おそらく魔法によるものなのか、写真に近い絵を掲載した、図鑑のようなものもあったりする。


 ドラゴンがいるらしい。

 飛竜がいて、それに乗る戦士がいるらしい。

 また人間を背負って飛べるほどの鳥もいるらしい。

 植生などは、前世の地球でも見たことがあるようなものもある。

 外国で見たことのある、果物の原種に近いものが、ここにもあるらしい。


 知識の宝庫に触れられるというのは、それだけでアドバンテージだ。

 あとは貴族なりの護身術として、戦闘技術を学ぶことが出来ればいい。

 ただこの世界は、どうやらまだ人間の世界から、知られていない土地が多い。辺境がある。

 それが本当に人間が住んでいないのか、それともこの地図や本にないだけなのか、それは尋ねればいいだろう。


 とりあえず強くなれる手段としては、地道に魔法を使うことだ。

 しかし高度な魔法については、すぐにMPが切れてしまう。

 MPを増やす方法はないのか、とはセリルに尋ねたものである。

「一般的には加護を得れば、それだけ魔力容量は大きくなると言われています」

 レベルアップがMPアップというのは、分かりやすいものだ。

「ただ、単純に加護を得ても、さほど増えないということもありますね」

 どうしろと?


 セリルはそっと自分の胸元から、金属片を取り出した。

「これが鑑定板です。判定の儀を得た全ての人間が、これを持つようになります」

 スマートホンよりは、少し小さいだろうか。

 それにはセリルに関する情報が書いてあった。


 名前:セリル・クローディク・ローデック

 年齢:25

 所属:ローデック公爵家

 身分:ローデック公爵第二夫人

 加護

 能力

 職階

 恩恵

 

 思っていたよりも多くのことが書いてあり、そして多くが空欄になっていた。

 セリルが操作すると、他に勲章、称号、状態、種族、賞罰、武勲、血統などといった項目が出てくる。

 しかしこれも空欄であった。

「鑑定板は神々の力によってその身を証明されたもので、空白にすることは出来ても、偽りを書くことは出来ません」

 なるほどこれは、身分証明書にもなるわけか。

 どうやら操作をするのは、本人にしか出来ないらしい。

「たとえ家族や、または夫とする人間であっても、この全てを晒すことはしません。するとしたらそれ以上の、魂のつながりを求めるということです」

 なんだか義兄弟の契りとか、永遠の愛の誓いの代わりに、使えそうなものである。


 加護はレベル、能力はパラメーター、職階はクラス、そして恩恵はスキルか。

 いかにも神に守られている、というような感じを受ける。

「これは判定の儀と共に神殿の者が行いますが、実は単なる魔法の一つに過ぎません」

 そう言えば魔法の中に、鑑定というものがあったか。

 ただこの母の発言は、問題があるのではないだろうか。


 宗教的権威に対する否定的な言葉。

 この世界には神の存在を証明する、祈祷術という祈りが存在する。

 人々の信仰心は大きく、たとえ神官の中に悪徳神官がいても、神殿や神自体に対する疑いなどは持たないだろう。

 もちろんトリエラは例外であるが。

 多神教の神々は、おそらく転生の折に会った、ああいった存在のはずだ。

 世界を作ったというなら、確かに神にも匹敵するものであるだろう。


 神を信じなければ、祈祷術は使えない。

 だが信じなくても、魔法は使える。

 そしてセリルは、ステータスを示すのは、単なる魔法の一つだと言った。

「私の力も鑑定出来るのですか?」

「そうですね。やってみてもいいですが、どうします?」

 セリルは家族であっても、ステータスを晒すことはないと言った。

 その前言の通りに、トリエラにもわざわざ、こうやって確認をしてくる。


 トリエラは誰も信じない。

 そもそも母であるセリルが、信じてはいけないと言っていた。

 いや、信じるのと晒すのは、別のことであろうか。

 この人なら、この母なら、信じてもいいのかもしれない。

 トリエラは母を知らなかったのだから。

「お願いします」

 誰かを信じることはトリエラにとっては難しい。だからこそ誰も信じないような、トリエラというキャラを選んだ。

 だがこの母はゲームの物語にもいたのだろうか。

 もしいたとしても、おそらくは物語の開始までに、いなくなっていたのだろう。

「庶民は主に木の板などを使います。我々貴族や身分証が頻繁に必要な者は、金属製のものにしますが」

 そう言って母が出したのは、木の薄い板であった。

「紙や布ほどの薄さでは使えませんが、具体的にどれぐらいの厚みが必要かより、固さの方が重要のようです。この木は早いうちに燃やして消してしまいなさい」

 なるほど、あるいはプラスチックのような、薄いものでも可能になるのか。

 実際にセリルのプレートは、あまり分厚いものではない。


 燃やしてしまえば消えるのならば、おそらく金属も鋳潰せば機能を停止するだろう。

 果たしてその場合、どのぐらいの損傷でそうなるのだろうか。




 また何度もステータスを確認することによって、自分の頭の中には自分のステータスが浮かぶようになってくる。

 トリエラは誰かに言われる前にそれに気付いたし、そしてそのステータスも、人によって表示が変わることも分かっている。

 筋力、敏捷、器用、頑健、魔力、精神などといったパラメータ項目があるが、これは一般的なカスタマイズされていないもの。つまりあのゲームのテンプレートだ。

 だがステータスプレートは本人の意識によって、そのステータスの表示を変えていく。


 ゲームにおいては敏捷はあるのに、筋力はあまりないキャラというものがいたものだ。

 だが常識的に考えた場合、敏捷性を出すのは筋力だ。

 ただ筋肉についても、その質というものは確かにあった。

 またトリエラは頭の中で、自分のステータスについても細かく分けている。

 敏捷とは別に、反応という項目を作った。

 これは反応速度を示す。

 単純に速く動くのではなく、相手の動きに対して、どう反射的に動けるかというものだ。

 また他に柔軟という項目も作っている。

 これも文字通り肉体の柔軟性を示すもので、稼動域などから使える技術が増えていく。


 トリエラが頭の中で作成した、ステータスはしっかりと分かれている。

 もっともこれは、他人には見えないものだ。

 本来のステータスプレートは、他人も見ることが出来る。

 基本的にはこれは、見せたくない情報を隠すことは出来ても、偽りの情報を表示することは出来ない。

 だから身分証明書代わりになるというものだ。

「頭の中でステータスを確認するのは、便利なようでいて実は問題もあります」

 セリルはトリエラに対してそう言った。

「魔法によって能力が看破された時、それが相手に伝わってしまう場合があるのです」

 なので対人戦闘を考えるなら、鑑定板を確認して調べる方がいい。

 もっとも魔法によって、それも隠蔽は出来るのだとセリルは言う。


 魔法の万能さは、ゲームとはやはり違う。

 まだまだこの世界の法則については、学ばなければいけないことが多い。

 だがそれよりも先に、その日はやってきた。

 判定の儀。

 普通の人間であれば、初めてステータスを確認され、そしてその後に人生の岐路が待っている。

 職階……つまりクラスを選択するのである。




 ゲーム中でも存在していた、クラスというもの。

 日本語で表現するなら、ゲームの範囲内では兵種や職業とでも言えばよかったのか。

 しかしこの転生後の世界では、クラスはその説明では合わないだろう。

 少なくとも兵種ではない。なぜなら戦闘職ではないクラスもあるからだ。


 ゲーム中でのトリエラのクラスは、登場時に既に魔導師。

 魔法系の上位クラスである。

 ローデック家のクラスは代々、魔法系が多い。

 ただゲームのシステムが働いているなら、それは経験が魔法系クラスを得るのに偏っているからだ。

 熟練度システムによって、学問系の技能を伸ばしていくと、魔法系クラスになれる。

 貴族の子弟にはそういう教育が出来るから、比較的魔法使いが多い。


 農民の子供は、農民になることが多い。

 それは子供の頃から、農業に従事しているからだ。

 ゲームではなかったが、おそらく農業という部門の熟練度が上がっているのだろう。

 だからこそ選択するべきクラスに、農民が出てくるわけだ。

 農民と言っても生産職だ、と侮ってはいけない。

 労働に耐えるだけの肉体補正が、ちゃんと入ってくるからだ。


 幼少期から魔法について学んできたトリエラには、魔法系のクラスが出現するのだろう。

 もしそうでなくても、学問系や芸術系のクラスが出ることが、貴族には多い。

 村や町の平民であれば、一律で10歳の祭りの時に、それを判定される。

 だが貴族は六歳になると、誕生日のたびにそれを確認するのだ。

 それまでの人生でどういう経験をしてきたかが、将来への選択肢となるのだ。


 クラスを得ることで、人はようやく人として認められる。

 そのクラスになることで、成長の補正を受けるのだ。

 だが例外もあって、トリエラもその一人だ。

 ゲームでは魔導師(ウィザード)であったが、この現実においては違う。

 そう、トリエラは既に、クラスについている。


 稀にいるのだ。そういう人間が。

 神からの天啓によって、生まれた時から、あるいは判定の儀の前に、クラスに選ばれる者が。

 原作のトリエラは、最初から魔導師という上級クラスであった。

 これを現実に当てはめるとすれば、15歳の段階で既に、魔導師に相応しいだけの経験を積んでいたということになる。

 普通は魔術士(メイジ)から始まって、それから魔導師へとクラスアップする。

 魔術士というクラスが魔導師になるための経験や、成長を補助してくれるクラスなのだ。


 なおゲームでもそうであったが、魔法系のクラスの適格者は少ない。

 現実に当てはめるならば、必要な経験の熟練が、知識階級でなければ学べないものであるからだ。

 平民にはそもそも、魔法を学ぶ機会がない。

 頭が良くてもせいぜい学者であり、これは原作ではないクラスだ。

 学者になってさらに魔法の研究をして、魔術士にクラスチェンジという選択もある。

 ただ頭が良くても魔力が低ければ、MPがあまり伸びないので、やはり戦闘系の魔法職になるのは難しい。

 もっともゲームと違ってこの世界では、魔法系のクラスの人間が圧倒的に少ない。

 ゲームであったからこそ、戦闘系の魔法職が多かったのだろうが。


 魔法系のキャラが、比較的身体能力のステータスが低いのは、肉体を鍛える機会が少ないからでもある。

 もっとも高位貴族ともなれば、時間を上手くやりくりして、護身のための技術も学ぶことは出来る。

 そしてトリエラの場合は、生来の肉体的な素質も関係していた。

 前世では特に頭がいいわけではなかったが、学問の必要性が全く違う。

 いや日本においてでも、本来学問は重要なはずだったのだが。


 日本における義務教育などというものは、少なくとも平民にはないらしい。

 子供であっても、それなりの労働力にはなる。

 対して貴族は、育成に金と時間をかけることが出来る。

 なので学問系や魔法系のみならず、戦闘専門系のクラスが選択肢に出てくるということだろう。




 六歳の誕生日まで、またそれ以前の記憶が完全に戻るまでにも、トリエラは父親と対面した記憶がない。

 さすがに赤子の頃の記憶は、残っていなかった。

 おそらく一度か二度ぐらいは、会っているはずである。

 だがここまで捨て置かれているというのは、母親の立場とも関係があるはずだ。


 使用人の言葉を拾っていけば、おおよそ正確な情報は手に入る。

 セリルは側室であり、王国辺境を接する部族の族長の娘であった。

 政略結婚により、このミルディア王国屈指の有力者である、ローデック公爵に嫁いだ。

 そして生まれたのがトリエラだが、とても都合が悪かった。

 トリエラはローデック公爵の、長子として生まれてしまったのだ。


 他の貴族家であれば、正室の子を嫡子とするなり、男子を嫡子とするなり、方法があったろう。

 しかしローデック公爵家は、嫡出も男子も関係なく、一つの条件だけで継承者が決定する。

 それは神器を使う、血統が発現しているかどうか、ということだ。


 1600年前に起こった、神代の時代の戦争。

 その折に神に選ばれた、12人の聖戦士。

 12人が使ったという12の武器を、使えるかどうか。

 それが他の要素全てを覆す、最大の条件であるのだ。

 一般的に長子が、その血統に発現することが多い。

 これも判定の儀で分かることなのだ。


 トリエラはこれを、客観的に見ていた。

 国外の血が入った側室の長女に、公爵家の継承がなされるということ。

 別に前世でやんごとなき身分であったわけでもないトリエラだが、これがもっと下げて名家同士の結婚と考えれば分かる。

 いわゆる上流階級同士の結婚は、日本においてもあった。

 本来ならばトリエラではなく、弟が長子になっていた方が良かったのだ。

 乙女ゲームにおいては、攻略対象の一人であった弟に。




 母と共に馬車に乗り、屋敷を出る。

 公爵家の本邸において、判定の儀はなされる。

 トリエラにとっては初めてと言ってもいい、父との対面となるだろう。

 果たしてあの原作ゲームと、現状はどれぐらい同じなのか。

 もっともゲームのトリエラのこの年齢の時、果たして親子関係がどうだったのか、今のトリエラは知らない。

(けれど確かゲームでは、王族との婚約が決まっていた)

 ゲームの序盤で主人公ヒロインにちょっかいを出す、くだらない男であったはずだが。


 ゲームを元に作られたという世界。

 だがこの世界には、馬がいる。そう、地球にいたあの馬だ。

 原作では問答無用と言うか、ごく自然と馬がいたが、異世界なのにどれだけ地球と近いのか。

 植物にしても見覚えのあるものがあったが、果たしてどれだけゲーム世界を再現出来たのか。

 出来たとしても、そこで生きる人間を、ゲームのままに再現したのか。

 少なくとも歴史に関しては、ゲームにあった神々の戦いは、実際にあったようだが。


 人の心まで、完全に操作できるはずもない。

 同じ人間であっても、その素質の差によって、与えられた状況から人格形成は変わってくるだろう。

 そんなことも考えたりしたものだが、今のトリエラの最大の関心は、初めて目にする街並である。

 ゲームの背景は、あまりもう憶えていない。

 だが舗装された石畳や、一定間隔で存在する街灯らしきもの。

 建物はここが中心街に近いとしても、かなり立派なものだ。

(ほとんど近代に近いんじゃないかな)

 トリエラがその光景を眺めていると、セリルが説明をしてくる。

「これがローデック公爵領の領都ウーテルよ。人口は八万人ほどだったかしら」

 八万というと21世紀日本の基準で考えれば地方都市でしかない。

「王国の一番大きな街はどれぐらい住んでいるのですか?」

「確か150万人ぐらいだったかしら」

 これが多いのか少ないのか、トリエラには判断の基準がない。

 ただ日本であれば100万人となると、それなりに大きな都市ばかりであったと思うが。


 やがて馬車は頑丈な鉄柵の門を越えて、石畳の道を行く。

 その両脇が整えられた樹林であるので、ここはもう私有地なのだろう。

 行方には巨大な館が見えるが、これが大貴族の屋敷というものなのだろう。

 トリエラが母と住んでいる屋敷も充分に広いが、なにしろあちらは主人の一族が二人しかいない。そのためより広く見えているというところはある。

 しかし馬車を降りたトリエラが見たのは、執事を筆頭にずらりとメイドたちが並んだ姿であった。


「お帰りなさいませ、トリエラ様、セリル様」

 執事の名前を呼んだ順番にも、何か意味があるのかと思うトリエラ。

 だがセリルはドレスの裾を翻し、そのまま門扉へと進む。

 武装した衛兵が両側から扉を開ける。

 そして二人を執事が促した。


 ここからは世界が違う。

 転生して今さら、世界が違うも何もないものかもしれない。

 だが母と使用人、本当にわずかな人間としか会っていなかったトリエラが、表舞台に立つのだ。

 これまでがチュートリアルだとしたら、ここからは本番。

 もっともまだ、死の運命から逃れられる、チートの世界だ。


 元々誰かを、当てにして生きていこうなどとは思っていない。

 生き抜くための力は、前世の人々が教えてくれた。

 トリエラは扉の先、館への中へと進む。

 そこに待っているのが、人の姿をした、己に運命を強いる存在だとは気づいていた。

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