ラスボス兼任悪役令嬢

草野猫彦

プロローグ

第0話 悪役令嬢を選んだ彼女

「……まだ生きてる?」

 自分の意識があることに、少し驚いた。

 そして声を発して、それが随分と遠くから聞こえたような気がした。体が動かない気がするが、痛みも感じていない。

 光源の分からない、白い空間にいる。

 病院とは思えない。隔離されたような場所だろうか。


「さて、何か聞きたいことはあるかな?」


 自分の顔を覗き込んで、男がそう言った。

 無個性な服装に、特徴のない顔。

 それよりここは、白い空間なのか、それとも白い部屋なのか。

 それを見ている自分の視点すら、定かではないことに気づく


 自分は、本当にまだ生きているのか。

 男は聞きたいこと、と言った。

 ならばまず第一に問うべきだろう。


「あたしは死んだの?」

「そうだね」


 予想していたが、やはりそうであったので安心した。

「今後どうなるの?」

 死を呆気なく受け入れた彼女に、男は少し戸惑った。

 だが、期待通りだ。

「さて、人間は死後、どうなると思っていた?」

「完全に消えるか、自然の中に溶け込むと思っていた」

 男の質問に即答する彼女は、自分の生死にすら無頓着に見えた。

 だが、その生涯を思えばありうるだろう。


「まあ、そういうルートもあるんだけどね。君に関しては、ちょっと例外的な措置になる」

 彼女はそれに、なぜだとは問わなかった。わざわざ焦らしているのだから、質問の必要はない。

 だがさすがに、男が取り出した物を見て驚いた。

「君にはこの世界の登場人物に転生してもらおうと思っている」

 男が目の前に出したそれ。

 それは彼女もプレイした、乙女ゲーのパッケージであった。




 懐かしいな、とは思った。

 それほど前のことではないが、楽しい思い出の中の一つである。

 別にゲーム自体を面白いと思ったわけではないが。

 そして懐かしさより疑問が勝る。

「あたしはそんなにプレイしていないけど、それでもいいの? それと、記憶まで引き継ぐの?」

「あまりに知りすぎていても、どうせ世界は変化する。このゲームの世界であっても、それはあくまで原型であって、完全に再現したものではない」

 男はそう言って、やや大仰に手を広げた。

「限られた未来の知識をどう活かすか、それを見物するのが醍醐味なのだよ」

 誰にとっての醍醐味なのか、は言われなくても分かる。

 当然この男にとって、以外の何者でもないだろう。


 ただ、少し考えなくてはいけない。

 あのゲームは攻略キャラによって、大きくシナリオが分岐した。

 それの主人公に転生しても、あまり望んだ人生は送れないと思う。

 少なくとも自分にとっては地獄だ。


 しかし次に見せられたのは、ホロビジョンのようなキャラクターシート。

 外見と名前と簡単な説明がされた、ゲームのキャラクターの一覧だ。

 そしてそのうちの何人かは、グレイアウトしている。

「これは、まさか他にも誰かを?」

「君一人が特別だと思ったのかな?」

 特別かどうかというのは、どれだけのことをなしたかであろう。

 短い人生で自分がやったことは、他の誰にでも出来ることではなかった。

 ただ、全地球規模で見れば、それほど珍しいことではないのかもしれない。


 それにこのシートは、作中の登場人物の中でも、一部でしかないように思える。

「同じ年頃のキャラに絞ってあるの?」

「そうしないと先に生まれた人間が、色々と有利すぎるだろう?」

 このゲームは恋愛乙女ゲームであるが、かなり政治的な内幕がどろどろとしていて、シナリオ次第で戦争も起こるし人も死ぬ。

 攻略ルートによっては、他の攻略キャラを殺すというルートもあるのだ。

 なるほど確かに、早めに生まれたほうが、色々と準備の時間は取れるだろう。


 煌びやかな貴族の生活を描いてはいるが、陰湿で非情なストーリーも展開する。

 ストーリーのバランスがかなり、シリアスよりではあるのだ。

「参加者は……21人?」

「いや、47人の予定だね。君は45人目だ」

「すると23人は誰を選んだの?」

「誰も選ばず、新しいキャラを作った」

「ああ、メイキングシステム」

 このゲームには、ゲームパートのみで使用するキャラが、自分で作れるようになっていた。

 基本的にシナリオには関連しないが、ルートの後半には戦争が起こる。

 その中で使えるキャラを、アドベンチャーパートで取得したポイントで、作成することが出来るようになっていたのだ。


 考えてみれば面白い選択だ。

 ゲーム中のキャラに転生するなら、ある程度はその枠の中で行動しなければいけなくなるだろう。

 だが自由に動けるということは、一つのアドバンテージだ。

 与えられた役割を演じるのは、つまらないことだろう。

 

 ゲームの世界で自由に生きるなら、確かにそちらを選択すべきで、彼女もそれを少し意識した。

「少し見てみるかね?」

 男がそう言うと、マネキンのようなものが浮かび出る。どうやらそれから、外見を作っていくらしい。

 他にも色々なものを加え、自分を作り出していくのだろうが、選ぶものが多すぎる。

 また個性を出すためか、生来の才能について、ステータスやスキルという表示まであった。

「指定されたポイントを使って、来世の自分を作るんだ。どうだい?」

 そう声をかけられ、シートの中にはどれだけのポイントで、どういったキャラが作れるかの予想がついた。


 しかし彼女は気づく。

「これだけしか選べないの?」

 その質問に、男は白々しい笑みを浮かべた。

「外見に家柄、それにステータスにスキルと、かなり自由度は高いと思うけどね」

「……」

 なるほどゲームのキャラクターなら、そのあたりを考えれば充分なのだろう。

 だが転生するというのは、ゲームを基にした世界であるのだ。

 セーブやロードの存在しない、死ねば終わりの世界。

 その中でこれだけしか選択肢がないなら、すぐに詰みかねない。

 ゲームの舞台設定は、文明的には中世から近世にさしかかったところではなかったかと思う。

 しかし神が実在し、魔法の存在する世界で、注意しなければいけないことは多いはずだ。


 戦う手段はいくらでもある。

 だが見せられた中に、生き残りやすくなるものはほとんどなかった。

「ゲームの世界を基にしていても、ゲームと違ってリセットはない」

「その通り」

「それにキャラメイクも、当然ながらやり直しはきかない」

「生まれた後から変更なんて、出来るはずもないしね」

 ならこのキャラメイクは、大きな罠だろう。


 選べるキャラクターの中では、確かに選ばれやすそうなキャラはいなくなっている。

 しかしこの世界というならば、あのキャラクターは選択できないのだろうか。

「彼女は?」

「うん?」

「選べるキャラクターが、同年代が近くても少なすぎる」

「ほう?」

 男の出したシートが大きくなる。

 そしてその先頭に、そのキャラがいた。


 彼女だ。

 まだ誰も、彼女を選んでいない。

「この子を誰も選ばなかったの?」

「そりゃあ彼女は、どのルートでも死亡する悪役令嬢だからね」

「だからこそ逆に、選択は広がると思うのだけど」

 男はふむ、と頷いてみせる。


 その唇の端には、面白そうな笑みが浮かんでいた。

 それを気づかれているのも、おそらく承知の上だろう。

「彼女を選ぶのかい? その人生は壮絶なものだ。君が思っている以上に」

 人生が壮絶であるのには慣れているつもりだ。

 それに死んでもいい覚悟があるなら、過酷なシナリオも恐れることはない。

 彼女は乙女ゲームのキャラクターになるには、あまりにも不適格な人間であった。

 そもそも幸福になれるとは思わない。幸福を知らない。


 それでも。

「運命は自分の力で切り開いていく」

 彼女の死ぬまでの人生を考えれば、そんな言葉が出てくるのも当たり前だったのかもしれない。

 それに苦難に対して、屈しないだけの精神力を持っている。

 何よりそのキャラは、自分に似ている。

 何が、とは言わないが。


 男は軽く頷いて、説明を始める。

「人間の脳の構造上、生まれてすぐには記憶は全て戻らない。五歳まではどこか違和感が覚えながら生きていくことになるだろう」

 おおよそものごころがつくころまでだ。

「そこで高熱を出して数日寝込み、記憶は完全に戻る。しばらくは記憶が重なっているから、奇妙に感じるだろう」

 なるほど、そういう仕組みなのか。まさに神の業と言うべきか。

 邪神に近いような存在であろうが。

「そして物語には、強制力が働く。物語の登場人物たちは、主人公が14歳になり物語が始まるまで、制約を受けると共に幸運に守られる」

 まるで駒のように、人間を見ているのか。


 理不尽だな、と思った。

 男はその考えを読んだのか、悪魔のように囁いた。

「だが彼女を選ぶつもりなら、その幸運は必要だと思うよ」

 そう言われなくても、決意は変わらない。

「選べるなら、あたしは彼女を選ぶ」

「そうこなくっちゃ」

 本質的な邪悪さと言うよりは、純粋無垢の悪意を感じる。

 子供が虫に感じるような、絶対的な残虐性。

 それを嫌うほど、自分は清廉潔白な人間でもない。


 男の説明は続く。

「ゲームにもあったように、君たちには一人に一つ、特別な力が与えられる。ゲームの中では個人スキルと言われていたものだな」

 キャラクターの性格付けと、ゲームとしてのユニット差別化のために与えられたものだ。

「それは君たちが選ぶことは出来ない。しかし君たちの資質に合ったものだ。活用するかは自分次第だね」

 これは当たり外れが激しいのではないかな、と思った。

「他に注意すべきは、前世のことやこのゲーム世界のこと、我々の存在を一般人に積極的に話すことは禁止だ。違反したら大きなペナルティとなる。なおペナルティの内容はその都度決める」

 事前にリスクとリターンを計算して、秘密の公開を実行することは出来ないということだ。

 ゲームの登場人物になって、好きなように動かされる感じがして面白くない。

「ただ前世のことを知っている転生者同士なら、このペナルティは発生しない」

 それはいい。


 ゲームシナリオなら敵として戦う相手であっても、既にリストを見て転生者であるという者が分かっている。

 自分の選んだキャラは強さを基準にしたが、それは敵だからこそ許された強さとも言える。

 それが味方として使えるなら、とても戦力的にはありがたいものだ。

 主な転生者は、主人公ヒロインの攻略者、あるいは協力者の立場を選択している。

 ただそこでもう一つ気づいたことがある。

 主人公であるヒロインが、キャラクターシートにいない。

 元々好みではなかったので、選択する気もなかったが。


 その考えを読んだかのように、男は説明する。

「主人公はね、メイキングシステムで作られた、誰かになっているよ」

 このゲームの主人公は、魔法を使えるが下級貴族の養子であったはずだ。

 しかしそこにこいつらの意図があるのか。

 ゲームを基にした世界。だがゲーム通りではつまらない。

 強制力と自由度、それを見ながら楽しむというわけか。


 気に入らないが、全てが束縛されているわけでもない。

 どうせどんな世界であっても、人間を縛るものは存在する。

 彼女はそれに抗って、今この状態にあるのだから。

 生きることの辛さは、もう充分に彼女は体験している。

 

「さて、それじゃあ転生させるけど、まだ何か質問はあるかな?」

「一番肝心なことがまだでしょ」

 彼女の言葉に、男は首を傾げた。本当に分かっていないらしい。

「そちらの遊びに付き合うことに対する、報酬は?」

「本来なら死んで終わりの人生を、また最初からプレイ出来るんだ。それが不服なのかい? なんなら別に、他の人間を勧誘することも出来るんだけど」

「なら、どうしてそうしないの?」

 脅すような男の言葉にも、彼女は動じなかった。

「別にあたしは、その世界でもう一度やり直す必要を感じない」

 それは本心であった。


 ゲームの世界観からして、文明レベルから生活のレベルもある程度は想像がつく。

 貴族に生まれればかなりのアドバンテージはあるだろうが、ただ生きていくだけなら現代日本の方がイージーモードだろう。

 平民の描写などはあまりなかったが、奴隷も存在する世界だ。

 今の日本の記憶をもって、そんな世界で生きるのは難しいはずだ。

 そもそも他に何十人も、こんな転生を受け入れたというのが、彼女にとっては理解しがたいものであった。

 日本の国外から、候補者を選んだのなら分からなくもないが。


 駆け引きなどをするつもりはない。だが目の前の男が自分で遊ぶなら、それなりの対価は必要だ。

 そしてその対価に、人生のやり直しなどは値しない。

 ゲームの世界に転生して、それでどうして満足出来るのか。

 自殺したわけではないが、もう一度人間として生きるなど、特に嬉しいことでもない。

 ゲームの世界観は、おそらく現代日本よりも生活レベルが低い。

 自分はそれでも構わないが、普通ならばそんな世界で、もう一度人生をやりなおすなど、苦痛でしかないとは想像していないのか。


 今時の日本人は、剣と魔法の世界に、無条件に憧れるものなのかもしれない。

 あるいはやり直せる、というのが男の言うとおりに魅力なのかもしれない。

 だが自分は、そういう人間ではないというだけだ。

「転生する者に与えられる能力などは、全て一定に定められている。君だけを優遇することだけは、絶対に出来ない。それは前提条件なんだ」

「別にあたしは、これ以上何かを欲しいとは思わない」

 むしろ持ちすぎだ。貴族の令嬢として生まれるのは、平均と比べれば、はるかに有利なことだろう。

 そしてどのみち、そんな程度では自分は幸福になれない。

「だから、元の世界の方を、どうにかしてほしい」


 聡い男は、彼女の記憶を遡る。

 彼女が死ぬ原因となったことを考えれば、何を願うのかも推測出来る。

「君の友人のことかな?」

「……あの子を普通並の人生を送らせるようにしてほしいんだけど、出来る?」

「出来るかと問われたなら、まあ出来るのかな」

 男は少し考えた後、それでもしっかりと頷いた。

「元の世界への干渉は、特に制限されてない。その希望を叶えよう」

「ありがとう」

 そこで初めて、少女は感謝の言葉を口にした。




 彼女を送った男は、おおよそ期待通りの成り行きに満足していた。

 本来ならばあのキャラは、選ばれるはずのないキャラであったのだ。選ぶことが自殺行為であるのだから。

 だが男はあえて、あのキャラを選ぶような人間を探していた。

 そして見つけた。あのゲームをクリアしていた人間の中では、驚くほどの精神性を持つ彼女を。

 それに彼女は、ゲームの知識の表面的なことしか知らなかった。

 男は他のプレイヤーに連絡し、そして大きな称賛を受けた。

 男達は強大な力を持っているが、その精神性は力を持った幼児のそれだ。


 それにしても。

「最後まで、僕の正体を質問しなかったなあ」

 他のプレイヤー達は、全てその質問を受けたものだが。

 加えて彼女は、他にも質問が少なかった。

 転生者たちのほとんどは、必死で情報を得ようとしたものだが。

 まるで死んでもいいと思っているかのような。

 そうでなければあの転生を選びはしなかっただろう。


 他の転生者はまた、選抜された理由も、知りたがった。

 これもまた現代の日本では、少ない条件であったろう。

 最初は二つの条件があったが、二つを持つものは極めて少なかった。

 なので当初に比べれば、ある程度は条件を緩和して、転生者を集めたものだが。


 その中で彼女は完全に二つの条件を満たし、来世に対してさほどの執着も見せなかった。

 ゲームの中では断罪されて、破滅するキャラクター。

 それなのに未来には関心を持たず、もう自分とは関係のない、失われた世界のことを頼んだ。

「面白いことになりそうだ」

 男は苦笑しつつ、ゲームの開催を待つのであった。







「ここ、本当に異世界?」

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