第6話


「でしたら私が行って来ます」


 その日ユスティーナが教会に行くと、シスターサリヤ以外の大人達は出払ってしまい買い出しに行く人手がないと困っていた。なのでユスティーナは自ら買い出しに行くと申し出た。


「いえ、流石にユスティーナ様お一人にお任せする訳には……」


 だが、サリヤは渋り中々了承してくれない。確かに自分一人に任せるには不安かも知れない。そもそも行くと申し出たが、一応公爵家の娘であるユスティーナはこれまで市場で買い物をした事がない。必要な物、欲しい物は全て使用人が用意してくれる。なんなら商人を屋敷に招いて直接買い付ける事も珍しくない。

 たまに気晴らしに街に買い物に行く時も、侍女やら侍従等を引き連れて行き、自分で金銭のやり取りをした事もなく……改めてそう考えると少し不安になって来た。


「……」


 いやしかし、平民は自分よりも遥かに年下の子供等だけで買い物をしている。なんなら親を早くに亡くして子供達だけで生活している者達もいると聞いた。……買い物するくらい、自分にも出来る筈! 多分大丈夫だろう。変な所で楽観的なユスティーナはそう結論付けた。


「大丈夫です、私にお任せ下さい!」


 根拠のない自信に満ちたユスティーナに、サリヤは益々不安そうな表情になった。


「やはり、ダメです。ユスティーナ様に何かありましたら、どうしら良いか……」

「大丈夫ですよ、僕が一緒に行きますから」


 ユスティーナが振り返ると笑顔のヴォルフラムが立っていた。






 沢山の露店の間を人々が犇めき合い賑わう。


「……」


 市場に辿り着いたユスティーナは生まれて初めて見る光景に大きく目を見開き呆気に取られ立ち尽くす。別に怖気付いた訳では断じてない……。


「ユティ、行こうか」

「え、あ、あのっ」


 暫し立ち尽くしているとヴォルフラムに声を掛けられた。

 何時の間にか愛称で呼ばれている事にも驚くが、さり気なく手を繋がれ更に驚く。反射的に彼を見遣るが、しれっとしていた。


「あ、もしかして……僕と手を繋ぐの、嫌だった?」


 誰かと手を繋ぐなんて幼い頃以来であり、少し気恥ずかしい気もするが別に嫌ではない。だがもし嫌だと思っても相手は王太子だ。嫌だなんて言える筈がない。

 牢、取り潰し……頭の中にそんな単語が浮かんだ。思わず顔が引き攣る。


「そうだよね……僕なんかじゃなくてレナードが良いよね……ごめんね」


 何故そこでレナードが出てくるのだろうか……ユスティーナは首を傾げた。まさかこれも、何かの罠⁉︎ 嫌な汗が背を伝うのを感じる。そして何も言わないユスティーナに、彼は見るからに肩を落とす。このままでは不味い! だがこの場合何が正解なのかが分からない。


「ち、違います! 嫌じゃないです! ただ、少し恥ずかしかっただけでして……」

「本当に? それなら良かった」


 瞬間彼は花が咲くようにパッと笑顔になった。そして握られている手にも少し力が加わるのを感じた。


「まあ、嫌って言われても離さないけどね」

「⁉︎」


 彼は次の瞬間には、たまに見せる意地悪そうな顔で笑った。それを見たユスティーナは揶揄われたのだと恥ずかしくなりそっぽを向いた。

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