第28話 ワガママ四天王ワルキューレ

「『これから仲間を増やす』ことが狙い……? それはいったい、どういうことです?」

「言葉の通りだよ、エキドナ。俺がいま考えているのは2パターンだ」


 まず1つ目。【これから1国じゃなくなる】パターン。前提として敵が大軍では無いとしたら、という視点で考えてみる。


「敵軍が自らを大軍に見せかけたい理由を考えればいい。それはその大軍に対抗できるだけの戦力を、こちらに準備させる時間を設けさせることだ」

「準備させる時間……つまり、時間稼ぎということでしょうか」

「そうだな。このパターンの場合に考えられるのは、実はすでに地上では対魔界連合軍が各国によって形成されており、他国軍の到着と展開を待っている……というシナリオだ」

「連合軍……! ならば、静観していてはマズいですね……」

「そう。だからこの場合の俺たちの正解は【早めに殴って追い返す】だな」


 連合軍の集結を指で咥えて待っているのは悪手だ。早々にこちらから叩いてその布陣を崩す必要があるだろう。


 そして2つ目。ただの【ハイキング】のパターン。


「ハイキング……その意味がまったく分からないのですけれど?」

「要は戦争に発展させる気がない軍事行動をしてきてるってことだ。例を上げれば俺たちや他の国々に対して自国の武力を見せつけるための軍事的示威活動とか、だな」


 示威活動、それは前の世界でもよく行われていたものだ。敵対国との国境線付近における軍事演習などを定期的に行うことで、自国の武力や立場を国際的にアピールすることができる他、【強い国家】を信奉する国民たちの世論のさらなる後押しを得ることができる。


「ただその場合は向こうに実際に開戦の意思はないだろうから、やはり自分たちの示威行為を済ますまで俺たちに攻撃してほしくはないはずだ」

「それを防ぐための時間稼ぎとして、やはり大軍に見せかけた陣の敷設をしているという訳ですね……」

「そう。そしてその場合の俺たちの正解は、やっぱりこちらも【早めに殴って追い返す】だな。何の対応も取らなければナメられて、他の国々を勢いづかせる羽目になって厄介だ」

「……どちらにせよ、こちらから早々に打って出るというのがアリサワの考える最適解、ということは分かりました」


 おお、よかった。エキドナは納得してくれたみたいだな。


 ただの嘘……とまではいかないが、これらはあくまで【誰かさん】のシナリオ通りに物事を進ませるための【こじつけ】理論だったんだけどね。俺たちは俺たちの都合上、この戦いでゼルティアを戦場に出す必要があるのだ。


「……それじゃあさっそく俺とゼルティア様は軍を率いる準備をするから、もう行くぞ?」


 悪いな、エキドナ。お前の協力も必要だから、後でちゃんと話すけど……この場は騙されておいてくれ。この場で誰かさんに勘繰られるわけにはいかないものでね。


 内心で謝りつつ、部屋に背を向けようとすると、


「──ちょっと待ちなさいのことよっ⁉」


 俺とゼルティア様を呼び止めたのは、深紅のゴシックドレスに身を包んだ金髪ブロンドの美少女。


「その決定には異議がありましてのことよっ!」

「……異議って……なんだよ、ワルキューレ」


 ここでお前が邪魔してくるのか……。俺はため息を押し殺しつつ、魔界地下第2階層守護者であり、四天王のひとりであるブラッディ・ワルキューレへと振り返る。


「今の話で、あたかもアリサワとゼルティア様が敵軍を迎え撃つかのような雰囲気になっていましたが……やっぱりそれはダメですのことよ」

「ダメって、なにが?」

「戦場には……わたくしが行きますのことよ!」


 ブラッディ・ワルキューレがそう言って平坦な胸を張る。……面倒だな。コイツがどういうヤツかは召喚されてからこれまでの3カ月でだいたい掴めてる。


 まあ何を言いたいかは検討がついてる。コイツに限って俺の考えを見抜いたなんてことはあり得ないから、その点はぜんぜん心配はしてない。


「いいこと、アリサワ? 敵は大軍じゃないかもしれないけれど、それでもやっぱり危ないことに変わりありません! ゼルティア様ではなく、ここは四天王最強とも名高きこのわたくしに任せるべきですのこと!」

「いやいや、なんでゼルティア様を出すべきかについてはさっき説明したろ? ゼルティア様自身が戦功を立てる必要があるってことをさ。こちらが時間をかけて準備を整えるだろうって敵軍が油断している今なら、こちらから仕掛けるリスクは最小だ」

「そんな難しい話は置いておいてっ!」

「いや、『置いておいて』って……お前な」

「わたくしだってっ!!! そろそろ戦場で暴れたいんですのことよっ!!!」


 そう。コイツは……頭が残念で、ワガママで、そして非常に短絡的な戦乙女ワルキューレ


「召喚されてからまだ1回も人間の血を浴びれてないんですのことよっ⁉ 早く浴びたい早く浴びたい早く浴びたぁぁぁぁぁいっ!!!!! もう我慢の限界ぃぃぃっ!!!」


 ワルキューレが叫び散らかし泣き始める。


「……またか」


 この癇癪かんしゃくは、先月の防衛戦略会議以来1カ月ぶりのもの。まるで幼少の子供のように机に突っ伏して足をジタバタとさせている。


 ──血に溺れた戦乙女、ブラッディ・ワルキューレ。彼女は前世で血を渇望するあまり、自らが仕えていた主神を殺してその強力な槍を奪い、人間たちの戦争に単身乗り込んで1万を超える戦士を殺し回ったのだとか。


 結果として他の神々によって拘束されて罪を咎められ、数千年に渡る責め苦を受けていたところ、魔王様からの召喚契約を持ちかけられたとのことだった。

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