第12話:とあるフェチとお化け屋敷
「おつかれ、3人とも」
「か、神田、その格好は……!」
現役女子高生女優・
「どう? 似合ってるかな?」
「お、おお……」
エンジ色に白いラインが入っているだけの、機能性に振り切ったその衣装は、他の人が着たら野暮ったくもなってしまうだろうが、さすが神田玲央奈。神々しいまでに似合っている。
「平河が好きかなって思ってロッカーの方で着替えてきた。どうかな?」
「な、なんで俺が好きって……!」
やばい。直視できない。
目を向けてしまえば、体操服特有の厚手のTシャツをたしかに持ち上げているあの膨らみに視線が行ってしまいそうだし、神田はそれを一瞬で見抜くだろう。
視線を逃す俺の顔を、背中で手を組んだ神田がイタズラな表情で覗き込んでくる。
「平河って、中高一貫の男子校でしょ? わたし、人間観察っていうかプロファイリングの真似事を、演技のために勉強をしてたことがあってさ。それで、男子校の生徒が一番好きなコスチュームは、女子の体操服かなって。違う?」
「それは、たしかに……」
街を歩けば、制服の女子を見かけることはある。だが、中高一貫の男子校生にとって、体操服の女子というのは、街で見かけることすら珍しい、神格化された存在なのだ。
共学校に通う男子の中には、『ジャージは芋っぽいんだよなあ』などと言うやつがいるらしいが、あいつらは何も分かってない。
「そして、こういう袖が好き。違う?」
彼女はジャージの袖で手のひらの根本を少し隠して見せてきた。
「も、もえそで……!」
「あはは、こんなに結果が目に見えるとなんだか達成感があるね。この服で参加したら、わたしは一歩リードかな」
「ありがとうございます……」
「あはは、お礼を言われてる」
策が成功したからか、したり顔で笑う神田の横で、
「いやぁ、なんていうかぁ……」
「シン、あんた、サイコーに気持ち悪いわ……!」
めちゃくちゃドン引きしている2人がいた。こいつらも何も分かってないな。
「ていうかちょっとぉ! 次はりぃの番なんだけどぉ! 玲央奈ちゃん、余計なことしないでよぉ!」
「あはは、ごめんごめん。ここまで効果があるとはあたしも思わなくて」
「ほらぁ、いくよぉ、女子の体操服好きの変態くん!」
ということで、息巻いた莉亜と一緒にジェットコースター型のアトラクション、ビッグライトニングマウンテンに乗ったのだが。
「だいじょうぶぅ……?」
「ああ、すまん……」
俺が情けなくもコースター酔いをしてしまい、出る直前の冷房が効いているベンチに座って少し休憩することになった。
「ねぇ、ストレスホルモン出てるぅ……?」
「その可能性はあるな……」
「だよねぇ……」
莉亜は顔をしかめた。
そりゃ、ジェットコースターというパークの花形を選んだのに、それが
3人に1回しか回ってこないタイミングでマイナスポイントを加算してしまったとなっては、焦るものだろう。
「自分がコースターが苦手だって、知らなかったんだ。すまん」
「真一くんは悪くないけど、でも……どぉしたら……んーやっぱり……」
そう言いながら莉亜は、俺の左ももの上に右手を置く。
慣れない感触に、反射的に身体がぴくりと反応してしまい、
「……お?♡」
それを彼女は見逃さなかったらしい。
何を思ったのか、もう片方の手も添えて、マッサージするみたいに揉んでくる。
「お、おい、莉亜……!」
「
「い、いや……」
たじろぐ俺を助けるようなタイミングで、
「ちょっと! コースターが止まったの見えてるわよ!」
「お。
ユウと神田の声が聞こえた。どうやら、出口から逆流して来たらしい。
「あーあ。ハガシの人来ちゃったぁ、残念♡」
莉亜は言葉とは裏腹に、舌なめずりしながらその手をぱっと離す。
「それで、レオナの番だけど。何に乗るわけ?」
出口付近で、ユウが神田に問いかける。
「うーん。あたし、ここに来たの初めてで、どれが2人乗りかさっぱり分からないんだよね。なんか演技とか見られて、涼しいのがいいんだけど。何がいいかな、渋谷?」
詳しくない割には、よくさっきのイッツ・ア・ミニマム・ワールドの出口が分かったな?
ユウは「難しいこというわね……」ともごもごしてから、何かを思いついたみたいにニヤッと笑って、オススメを口にする。
「『ホーンテッド・パレス』とかいいんじゃない? キャストもかなりの演技派よ?」
「へえ、良さそうだね。それにしようかな」
「2人で行ってきなさい。別ライドだと動画も撮れないタイプのアトラクションだし、アタシは何か次に連れて行くところをリハーサルするわ」
「りぃもそうするぅ♡」
ユウのニヤリ顔と莉亜の上機嫌さが妙に引っかかったが、神田は意に介さなかったらしく、2人きりでホーンテッド・パレスに乗ることになった。
並んでいる人がいないから、するすると入り口までたどり着く。やけに陰気なスタッフが暗い顔をして「ようこそ、私共の宮殿へ……」と、出迎えてくれた。
「なんかここのスタッフ、やけに顔色悪くないか? さっきまで会ったスタッフは全員ハイテンションだったのに。……って、そうか」
自分で言ってから、俺は思い当たる。『
つまり、ここは。
「なるほど、お化け屋敷だからってことか」
「……なるほど、してやられたね」
その言葉に反応して、神田が額をおさえる。
「神田? どうした?」
「ああ、うん……渋谷の策にはめられちゃったなって。そもそも、お化け屋敷って、恐怖感っていう一種のストレスを楽しむものだから、ハッピーホルモンが出るってことはないでしょ? むしろマイナスポイントが生まれる可能性すらあるってことだよ」
「たしかに……」
「ねえ、平河。引き返さない? あたし、実はお化け屋敷って……」
神田は額に脂汗を滲ませ、頬を引きつらせて、来た道の方に後退りする。が、ちょうどその時、ギィィィー……バタン、と、入ってきた大きな木製の扉が閉まった。
「出られなくなった……」
「……ようこそ皆様おいでくださいました。ここはホーンテッド・パレス……。わざわざこんな
「呪われてるなんて知らなかったんだもん……!」
やけに子供っぽい話し方になる神田。陰気なスタッフが語りを続ける。
「……それでは、この先へ進んでください。……もう、会うことはないと思いますが」
入ってきたのとは別の扉が開き、そちらに進みながら、神田がつぶやく。
「よくもまあ、怖いセリフを怖い演技で言えるもんだね……。女優にでもなったらいいんじゃないかな、あの人」
「神田玲央奈のお墨付きはすげえな……」
「……ねえ、平河。なんかこういうの、あざといって言われちゃうかもしれないけど……」
神田は、涙目で俺の左腕にしがみつく。
「こうしてても、いい……?」
演技の可能性があると分かってても、相手は国民的美少女だ。彼女の潤んだ上目遣いでのそのセリフはさすがにちょっとクるものがあって、
「……分かったよ」
と、なんとか一言捻り出すのが精一杯だった。
『ホーンテッド・パレス』は、蓋を開けてみれば、お化け屋敷というには全く怖くないアトラクションだった。
暗がりの中を進むライド。そこに様々な陽気な幽霊がやってきて、「ハロー!」とか「ヨーホー!」とか言ってくるだけだ。(ヨーホーは海賊では?)
それでも神田は、俺の左腕をぎゅっと抱きしめたまま。
「さっき言いかけてたけど、神田ってこういうの苦手なのか?」
「……まあ、得意ではないかな。あたしの映画デビュー作、知ってる? 『怨念少女』っていうんだけど」
「ああ、ホラー映画の」
そういえば、彼女は少女の幽霊役で脚光を浴びたんだった。
「そう。あの作品、実は、キャストにいなかった女の子が映ってて、脚本にないセリフが聞こえるんだよ。『助ケテ……!』って。ホラー映画の中に紛れ込んだノンフィクションの心霊映像ってことで、ちょっと話題になってね。それ以来、幽霊って怖くて……」
「なるほどな……」
「そうだ、平河」
「ん?」
ぷち、という音と同時に、手首が少し軽くなる。
スマートウォッチを外されてしまったらしい。
「この方がいいと思うんだ。平河がストレスを感じたとしても、あたしのマイナス得点になるのって渋谷にはめられたあたしとしてはちょっと納得いかないし、もし平河があたしとくっついててハッピーホルモン出したとして、なんだかそういう色仕掛けみたいなのって不公平でしょ? ルール的には問題ないはずだけど、平河的には望ましくないっていうか」
「うーん……」
半分はうなずける部分があり、俺は少し考える。
いや、でも。
「……ダメだな」
俺が首を横に振ると、「そっか、分かった」と言って、彼女はまた俺の左手首にスマートウォッチをつける。
提案した割に素直に従うんだな、と思ったその時、神田の真意に気付く。
暗がり。恐怖。やけに細かい条件。
「……さすがは名女優だよ」
俺は呆れ目で彼女の左手首を掴む。
「……あ」
そして、暗がりの中、彼女を見つめた。
「神田。1つ、取引をしよう」
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