第9話 心は弱い女の子、最終兵器は二度刺す

 テスト開始のアナウンスが聞こえて、俺とファンの子?、ネガティブちゃん、アネゴはA組の攻撃学部と合流するために走り出した。


 彼女たちをあだ名で呼ぶのに理由なんてありません。

決して、名前を忘れたからじゃないよ?

その・・・ね、最初から名前呼びは馴れ馴れしいと思うからです・・・。以上。


「待ってくださいアストさん!」後ろから声がした。


 俺たちが走り出した直後、ファンの子が俺に過剰なほど声をかけた。

驚いた俺が振り向くと、俺に同行していた3人全員が立ち止まっている。


「どうしたの?なにかトラブルでも──」俺は足を止める。


 質問をする直前、俺は彼女達が立ち止まっている理由をだいたい察する。

地面の違和感を抱えながら、俺はゆっくりと彼女たちの付近まで歩き、次の『何かしら』に備える。

どうやら事態は深刻らしい。


──ゴゴゴゴ


「地震ですアストさん!」


 ファンの子は地面に右手をつき、左手に杖を持ってどうにか安定している。

そんな彼女に対し、ネガティブちゃんとアネゴは杖だけに体重を預けており、いつ倒れてもおかしくない。

俺の体は考えるよりも早く動いた。


「2人とも掴まって!」俺は不安定な2人の間に入りフォローする。


「ああっ、ありがとうございますぅ!」ネガティブちゃんが俺にしがみつく。


 ものすごい力で巻き付けられた彼女の腕はブルブルと震えている。

言葉を交えずとも、腕を伝って恐怖を俺に示す。


「助かるよ!ありがとう!」遅れて、アネゴも俺の胴体にしがみつく。


 回復能力はなくとも過去が消えているわけではない。つい数ヶ月前までSランクパーティでヒーラーやってたんだ。

この程度の地震で俺の体幹は崩れねぇよ。


──ピカッ


 地震に俺達が襲われている最中、グラウンド全体が光り出した。

太陽光ではない。なんというか、地面全体が輝いて俺たちを包んでいる。

その光はどんどん輝きを増していき、遂には何も見えなくなった。


「アストさん、だっ、大丈夫ですか?そこにいるなら返事をしてください!」


 光に包まれて何も見えないが、ファンの子の声が右側から聞こえてきた。

声の調子、トーンは変わっていない。しかしほんの少しだけ聞こえる声の震えが、彼女の恐怖心を十分に表していた。


「聞こえてる!キミもこっちおいで!手出すから!」


「うん、ありがとぉ・・・」すでに彼女の精神は限界みたいだ。


 俺は光の中に声を投げ入れて、声の聞こえた方向に手を突っ込む。

音の記憶と感覚を頼りに、とにかくもう1人の少女を探す。何度か光の中で腕を往復させていると、ようやく何かに触れた。

俺はその何かをギュと掴んで一気に引きつける。


光の中からグズグズに泣いている少女が胸に飛び込んできた。


「ううっ、えっぐ、ありがとうございます・・・」少女の体は震えている。


「大丈夫だから。うん、怖かったし、不安だったよね」俺は彼女の頭を撫でた。


 この際『キモい』とか言ってられません。目の前にいる少女は、不安と恐怖で精神が危ういので。

さらに彼女をこのまま蔑ろにしてしまうと、ヒーラーとしてのプライドが傷付きますしね。


 俺たちは光が収まるまで、嵐が過ぎ去るのを待つロックラビットの如く身を寄せ集めて過ごした。


──キュンキュン、カァー


「・・・俺達、さっきまでグラウンドにいたよな?」


光が収まって周りを見渡すと、信じがたい光景が広がっていた。


 周辺は短い草の生えた地面が無限に広がり、地平線まで視える場所もチラホラ。その他は途中で山か湖にぶつかって自然の一部を形成している。

最も無難な表し方は『草原』だ。


 引っ付いていた女子達は俺から離れてこの光景に唖然としていた。


「アストさん、少し理解する時間を下さい」ファンの子は顎に手を当てている。


 アネゴはネガティブちゃんの世話に勤しんでおり、情報処理ができそうにない。ここは俺とファンの子でどうにかするしかない。


「転送魔法かな?いやでも、飛ばされた感覚は無かったし」


 何年かパーティを組んで冒険していた俺でも初めての現象だ。

思いつく可能性を幾つか羅列しても、納得のいく結論は出てこない。


「アストさん、もう少し待ってください。もうちょっとで・・・」ファンの子も眉間にシワを寄せてうーんと唸っている。


 なぜか考え事をしているのではなく、研究者が行き詰まっている様な空気感だ。正直それに違和感を感じることもなかった。

いや、俺には違和感を感じるほどの余裕がなかったと表現するべきか。


「とりあえずここから抜け出さないと・・・」


「アストさん、その必要はないです。どうやらこの空間自体がテストに用いられいるようなので」


 ファンの子は突然そんなことを言ってきた。


 いたって真面目な表情かつ、真っ直ぐとした瞳は冗談を言ったように思えない。どうやら彼女は本気らしい。


「アストさん、これはですね」と言ってファンの子は更に説明を付け加えた。


「何者かが、さっきまでいたグラウンドを『改造』したんです」


 俺は理解が出来なかった。ただ単に『この範囲を覆う魔法』でも世界最高の水準が必要だ。この事実がいかに馬鹿げているかを誰かに伝えるとしたら、俺はこう説明する。


どの参考書にも書かれていることだが魔法には種類がある。


例 『触媒を魔力で覆い、魔力を正しく出力して攻撃』


 これは最も基本的な技術で、小さな子供から大人まで、ほぼ全ての人間が取得していると言っても過言ではない。

主に『攻撃学』を学んだ者達が使用して、使用者の練度が問われる技術だ。


次に『防御学』『回復学』で利用される技術の例を挙げる。


例 『ある範囲を魔力で包んだ後、その範囲内で自由に行動する』


 この技術は『防御学』を学ぶ際、必須になる技術だ。

ここから範囲内の生物に良い効果を与えたり、悪い効果を与えたりする技術へと発展してゆく。


例 『ある部分に魔力を流し込み、記憶された形状へと変化させる』


 これは『回復学』の基礎となる技術で『記憶された形状』とは、最も長く過ごした形を指す。この形状記憶が結果的に傷を癒しているのだ。


──『改造』とはどの技術なのか。


 ハッキリ言ってどの技術かは解明されていない。いや、正しくは全ての技術を駆使した技術のため、ルーツが存在しないと表現すべきか・・・。


「・・・トさん!アストさん!聞いてますか?」


 俺が思考の世界から戻ってくると、ファンの子が頬を膨らませて呼びかけていた。


 「ああっ、ごめん。キミの話の途中だったね」と慌てて取り繕うが、少女は不機嫌そうに会話を続けてくる。


「この『ユイちゃん』の話を聞き流すなんて心外です!バツとして私に回復学を教え──」


 突如ユイちゃんが俺の背後を指差してガタガタと震え出した。突然背筋が凍るように冷たくなり、只者ではない殺気を感じ取る。しかもなぜだろう?この殺気には覚えがあるような・・・


「ユイナちゃん、俺振り向きたくないから何が見えてるかだけ教えて?」


「えっ、えっ、エレナちゃんが・・・アストさんを・・・睨んでます」


 俺の背中から漂ってくる殺気は常人のそれではない。エレナがいると言うのは本当だろう。今日の朝の出来事が走馬灯のように流れてくる。


「エレナ様、今日のことは水に流してくれないでしょうか?二度と、『重い』などという失言を繰り返さないと誓うので・・・」俺は振り向かずに交渉してみる。


──スチャリ


 背後から聞こえて来たのは『何かを構える音』で、俺の期待していた優しいお言葉はいただけなかった。俺の視界にはユイナちゃんと草原、快晴な空と戯れる山々が映っているが、きっと振り向くと地獄が広がっているに違いない。


「ユイちゃん、『エレナの方』を回復してくれるとありがたい。詳しい話は後でするから、今は目を瞑ってて」


「アストさんをじゃないんですか!?もしかして勝てるんですか!?」


 ユイちゃんそんなふうにガヤガヤと騒いでいるが、律儀に目を瞑ってくれている。根っから真面目な彼女が愛おしくて仕方がない。


「アストって名前よね?ずいぶんと余裕があるみたいでよかったわ」


 背後から身の毛もよだつ魔女の声。正直『この体の関係』になっているとは言え恐怖を抱く。


──記憶喪失は本当だったんだ


 それならあの『制約』も本当だよな?そうだよな?


「エレナ、念のため忠告しておくぞ?俺に攻撃しない方がいい。キミの火力が高いなら尚更ね」


「へぇ?雑魚のくせにハッタリなんて言うのね?」


 エレナはピシャリと凍りつくような言葉を背中に浴びせる。たしかにハッタリかも知れないが、それは俺が半信半疑なだけ。それに今回の出来事はきっと、俺とエレナの仲を進展させてくれるだろう。


俺はそう確信していた。


 「それじゃあ」とエレナが言って、俺の背後ではヒュンと長い物を振り上げる音がした。


「大丈夫、きっと大丈夫・・・」俺はうわ言のようにブツブツと繰り返す。


 正面に立っているユイちゃんは瞳を閉じて震えていた。きっと空気を感じ取ったのだ。ただこの空間に流れる時間はゆっくりと流れてゆく。



「・・・」エレナは話さない。


ヒュンと今度は振り下ろす音が聞こえたと同時に・・・


──ブッシャー


赤き雫が宙を舞う。俺の痛みが収束し、背中にかかるは命の雫。


禁忌の術の制約 そのふたつ


『術の使用者』が受けた傷は『蘇生された者』へ。逆もまた然り

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