優しき世界にゼロ点を 〜Sランクヒーラーだった俺、美少女を蘇生した代償に回復能力を失いました〜

七星点灯

第ゼロ話 白転百起

 

 焼け爛れた手足がそこら中に散乱し、パチパチと焦げた血液の匂いが辺りに充満する。全身が血の色に染まっているドラゴンは、バサリバサリと遥か上空からオレを見下ろしていた。


今日、この瞬間、俺は初めて死体を目にした。


「いつか殺してやるよ、クソドラゴン」


 俺の遠吠えが、いつしか現実になるように。今は空に消えてゆくこの言葉も、いつの日かアイツに届くように。強くなってアイツを殺す、それが俺の生きる意味になっている。





 ──大事な試合だってのに最悪だ。


 過去の映像が走馬灯の如く流れていたが、俺は今、ようやく現実に戻ってきたらしい。


「よっわ……俺、アイツと戦ってれば入学出来たかも……」

「いやいや相手が悪いんだって。エレナちゃんだぜ?」

「でもさぁ──」



「一回勝ったら入学でしょ?」

「うん。だからエレナちゃんは確定!あんな強い子が後輩かぁー」

「まだ分かんないって。あの人が勝つかもじゃん」

「ないない!絶対ない!」

「えー?でも、私は頑張ってる子を応援したくなっちゃうなぁ」


 ──やかましい。


 スタジアムのど真ん中、芝生の上。俺は腹をスパッと切られて一瞬気絶していたようだ。

 俺はうずくまり出血部に右手を添えながら、左手だけでどこかに転がっている剣を探す。


「なに?もう終わり?アンタってこの程度なの?」足音と共に、声がした。


うずくまっているオレの元に少女が歩み寄る。


「これを探してるんでしょ?」


 トシャリと少女は近く何かを落とした。発言から察するに、俺の剣を渡したいのだろうか。

 一瞬、罠かとは思ったが、俺はゆっくりと音のした方に左手を伸ばす。彼女の言った通りそこには俺の剣が落ちていた。

 

 俺は剣を左手でしっかりと掴み、右手に魔力を込める。そして右手を腹の傷の部分にあてがい、魔力を流し込む。


 ──ヒール

 

 腹を一瞬で完治させ、立ち上がる動作と連動した攻撃を放つ。剣先は少女の地面から脳天まで弧を描くように走り、完璧な奇襲となった。


 攻撃後、遠心力に身を預けつつも、俺は彼女の体勢を確認する。


 彼女は一瞬よろけただけで、数歩後退するごとにバランスを立て直す。立ち上がった俺と彼女は、剣を構えて向き合って……ここから仕切り直し。


「さすがはエレナ、貧乏くじ……。強いなぁ」俺は落胆する。


 『冒険者学園』の入学トーナメント優勝候補にして、一番の貧乏くじ。この学園に足を踏み入れたくば一回戦突破せよという形式上、最も引いてはならないカード。


「へぇ……随分と小賢しいマネするじゃない?」


「今の攻撃、けっこう自信あったんだけどな」


俺はスラスラと彼女の体を見渡すがしかし、外傷なんて見当たらない。


「男らしく必殺技とかないわけ? その奇襲だけで戦うとか、アンタ恥ずかしくないの?」人を見下し慣れた口調で少女は嘲笑する。


「弱い奴の必殺技は奇襲なんだよ。皆んなキミみたいに才能が──」


「才能……なにそれ? わけわかんないっ!」


エレナは一息でオレの懐に潜り込み横一閃し、剣先で弧を描く。

 

俺はギリギリで反応。後ろにステップ。空間にまだ余裕があることを確認。


なんとかエレナの剣の軌道から外れる。


「うろちょろ、うろちょろ。まるでファイアーバードだわ!」


そのまま彼女は距離を詰める。腰から短剣を引き抜き、即刻の二連撃。


 俺にはそれも見えている。後方ステップを多用し逃げ回る。


避けなくては。エレナの攻撃は全て即死級、本命の一撃。


 俺は上に剣を放り投げる。不可解な行動でエレナの視線を誘導させ、その隙に魔法を唱え──


「……うわっ!」


 しかしエレナは想定内だったよう。彼女は懐から短剣を出し、流れる様な動作で投げつけた。


その後、軽くのけぞった俺に剣を振り下ろす。容易く剣先は俺の体を切り裂く。


プシッと腹部から血潮が舞う。しかし彼女は攻撃をやめない。


「ヒールを……」俺は回復しようと腹に右腕を伸ばす。


それを拒む剣先が通過して、俺の腕は切り落とされる。


視界の端でヒュルリと右腕が空中を飛んでいるのが見えた。


ドシャリ!!


腕はどこかに落ちる。


「ガァッ!!! ゴッホォ!」遅れて激痛が襲って来る。


目の前が一瞬チカチカして、グラリと体は傾く。


しかし俺は、ぼんやりと見えるエレナのシルエットをどうにか追う。


右、左、彼女の動きに合わせて視界を動かす。


しかし、そんな俺に見向きもしないエレナはもう一度剣を振り込む。


──悪魔め


俺はバランスを崩しながらも、ようやく剣の軌道を目で捉えた。


足に力を入れて、鍔迫り合いまでもっていく。


「──ヒール」


右腕がどこからか飛んできて結合し、腹の傷も癒す。

 

「自己回復はめちゃくちゃ魔力を消費するんだよ……」


「なんで……なんで?」俺の言葉は聞こえていないらしい。


エレナは俺の回復力に放心して、ブツブツと独り言を言っていた。


また仕切り直しだ。


エレナは赤い瞳、赤い髪の同級生。


ツインテールになった髪は腰まで伸びている。


「弱いくせに……なんでヒーラーにならないのよ! 私が馬鹿みたいじゃない!」


鍔迫り合いの最中、エレナが感情をぶつけてきた。


ヒステリックに、シリアスに叫ぶ彼女からエゴの塊。


 ヒーラーと言われ、あの時のドラゴンが脳裏をよぎる。残虐な光景が連続して流れる。しかし、俺は記憶を一蹴し、噛み付くように言い返す。


「そんな葛藤は終わったんだよ! 俺はアタッカーとして戦いに来たんだ!」


「ヒーラーがでしゃばるのも大概にしなさいよ! アンタには他の居場所があるはずよ!」


「俺は何の役にも立たないんだ! 仲間が目の前で死んで──」


「役に立たないなんて言うな!」エレナはスタジアムに怒号を響かせた。


 俺が言い終わる前にエレナが癇癪を起こす。押される力が強くなり、両手で剣を支えているだけでも辛くなった。


「アンタがいれば助かった命だってあるでしょ!」


 エレナは一度距離をとり、再び突っ込んでくる。俺は、この数瞬の動きによって、前のめりによろける。しまった、力を入れ過ぎた。


エレナを見る。


さっきの切り裂く動きとは異なって、剣先は俺に向いていた。


理解するのが精一杯。俺の体は動かなかった。


突かれる!


そう思った瞬間にはエレナの剣が腹部を貫通した。


ジュズリ!!!


「ガアッ、ヴヴァッ!!」冷たい、熱い。


何が何やら分からない。


俺は彼女にもたれかかっていた。


力が入らない。


呼吸も浅い。


「残念ね、せっかく会えたのに……」エレナは剣を俺から引き抜いた。


俺の腹には穴がポッカリと開いている。


残りの魔力的にも完治は難しいだろう。


ドシャリと俺の全身は地面に転がる。


 スタジアムの天井は開いており、空には薄く雲がかかっている。そしてひょっこりと、エレナの顔が俺の視界に映った。


 「……」エレナは俺のことを黙って見下ろす。冷徹な呆れた赤いその瞳は、俺のことをどう思っているのかわからない。ただ弱者を見下ろしていた。


 遠のく意識の中、恩人の言葉が反響する。スタジアムから見える空はもしかすると綺麗なのかもな。


── 強者はハリボテ、弱者になれなかっただけ


「おい……アイツ死んでないか?」

「審判?何してるの?早くしないとあの人死んじゃうよ?」

「あそこまでするかよ普通……」


ザワザワ


 仰向けに倒れているとスタジアム全体がよく見える。全身に力は入らないし、もう痛いとか考える脳の容量すら残っていなかった。


けど、まだ負けてないよな?


 ──ヒール


「グハァッ! ゴハァッ! ゲホォ!」血潮にまみれた俺は立ち上がる。


 中途半端な魔力だから、俺は体を動かす神経だけ治した。出血も、目眩も、どんな状況であっても気にしない。俺の体さえ動けばそれでいい。


今この瞬間、戦えるだけでいい。


ああよかった。全身から痛みを感じる。


「アンタ……まだやる気? えっ? ちょっと!」エレナは剣を構えていない。

 

足を切られれば最低限の回復。


腕が落ちれば神経だけつなげる。


痛みを全身で受け止め立ち向かう。


ゾンビなどと罵られようとかまわない。


最後の最後にとっておいた反撃の狼煙。


──これしか出来ないから。


 こんなゾンビみたいな戦い方が一番心地いいんだ。


 どんなに泥臭くても、俺は何も出来なかったあの時よりかはマシな生き方をしているんだ。


 快楽、悦楽、狂乱の舞。ただひたすらに立ち上がる。


何度も何度も何度も何度も何度も。


七転八起?


違うね『白転百起』だよ。


──ヒール、──ヒール


「アンタどうかしてるって! もうやめてよ!」


 エレナは怯えながらも冷静に俺を斬り続ける。シュパシュパと俺の肉に切り傷は刻まれて、その都度死にたくなるような痛みが襲う。


フラフラになっても立ち上がる俺は、彼女に傷ひとつつけられない。


 ──ヒール


ザワザワ……観客席がうるさくなって来た。


そうか、聴覚もいらないか。


俺は自身の鼓膜を再生しなくなった。そして聴覚分の魔力を微量ながら加える。

 

どうせ後から回復できるだろう。今はいらない感覚だ。


 聴覚を失うと、目の前の映像がコマ送りみたいに進んでいく。エレナの動きが緩やかに見えて、さっきよりも軌道が追える。


 ──ヒール


ああ。心地いい。全身が切られる感覚、痛み、血の匂い。


痛い痛い痛い……けど、今が一番生きてるって気がする!


 ──ヒール


 あれ?目の前が真っ暗になった。突如投げ出された先は虚空。上も、下も、左右すら分からない。


肉がまた斬られる。痛みは全身を包み込んだ。


まだ痛い! まだ生きてる!


遠のく思考、どこかで誰かがこう言った。


「ようこそアスト、優しき世界へ」


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