第3話『いきなり話が物騒になってるんですけど?!』



「コレって、どういうことなの?! 説明してよ!」


「んなこと、俺が知るわきゃないだろ」


 スマホの検索結果に、澪は大いに戸惑った。

 先のお色気作戦などどこへやら、今はもう、完全に頭が切り替わっているようだ。


 卓也の父・神代孝蔵は、十年前に亡くなっている。

 そして家業であった零細企業・神代重鉄鋼株式会社は、それより更に二年前に倒産している。

 前者はともかく、後者については、その後更に検索を進めたことでようやく情報の裏付けが取れた。

 理由は、経営不振。

 言うまでもなく、中東アジアや欧米になど進出はしておらず、また同名の別会社も存在していない。


 この時点で、澪の語った話は全てガセ確定となったが、更に追い討ちが加わる。


 卓也は、夕べかけた父? の携帯に、再度架電してみたのだが、



『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。

 番号をお確かめになって、もう一度おかけ直しください』


 という、例のガイダンスが流れて終了だった。

 入力間違いではなく、リダイヤルでこの結果だ。


 卓也は、ジト目で澪を睨みつけた。


「な、何よっ! ぼ、ボクが嘘をついてるっていうの?!」


「でもなあ、実際俺の言ったことのが正しかっただろ?」


「うっ」


「さてオカ……ニューハーフメイド君。

 どうしたもんかねえ?」


「ニューハーフじゃないってば!

 ボク達は、こういう風に生きるように育てられた存在で……」


「そうそう、そういえば。

 君は、イーデルの製品って言ってたけど、それなら本社に問い合わせてみれば?」


「え、いや、そ、それは――」


 その言葉に、突然澪が狼狽し始める。


「どうしたのさ、それなら確実だろ?

 もしかしたら何かの手違いで、同姓同名の別人の所に来ちゃったとか……って、それも変か」


「ごめんなさい、ボクから問い合わせることは出来ないの」


「は? なんでさ?」


「えっとね、話すと長いんだけど――」


「あ、だったらちょっと先にトイレ」


「どうぞ」


 卓也は、すり足でトイレへと移動する。


 数分後、「ふぅ!」というでっかい溜息が、リビングまで聞こえて来た。




 

「お待たせしましたー!

 さぁ、話を聞くぞ、どうぞ!」


「な、なんか、急に雰囲気変わってない?」


「気のせいだろ! わっはっは」


 憑き物が晴れたような清々しい笑顔で戻って来た卓也は、先程までのしどろもどろ感はすっかり消え失せていた。

 まるで賢者が宿ったような落ち着きぶりに、澪は、小首を傾げるしかない。


「あのね、ボク達ロイエは、この状態になるともう所有者の管轄になるの。

 つまり、イーデルの管理下にない扱いだから、いわばもう縁を切られてるようなもので」


「だから、問い合わせ出来ないってこと?」


「そうなの。

 実はね――」


 澪の話は続く。


 イーデル社の生み出したホムンクルス“ロイエ”は、同社が極秘裏に開発した試験薬の被験者実験に用いられた後、希望者に向けて高額で販売される。

 しかし、いくら人権を持たない存在とはいえ、これはれっきとした人身売買であり、無論違法だ。

 イーデルは、そのような非合法な売買を行っている事を必死に隠そうとしており、その為にはあらゆる秘密漏洩の可能性を排除する。

 その中の一つに、販売後のロイエに対する対応があるのだ、という。


「――ロイエは、ご主人様には絶対服従なの。

 だから、一旦派遣された後に、実は違いましたって話は一切通用しないの」


「でも、実際に違ってるんだから」


「それはともかく、よ!

 イーデルの方でも、顧客情報はしっかり調べてある訳だし、秘密を漏らさないように厳重なチェックをした上でボク達を出荷しているの。

 でももし、それが間違いだとわかったら」


「わかったら?」


「ボクは処分されるわ。

 殺されるの」


「……は?」


 いきなり、話が物騒になる。

 卓也は、思わず口をアングリ開いて硬直した。


「んなバカな!

 送り先間違えたってだけで、何もそんな」


「本当よ!

 だからもし、あなたがボクを不要だとここから追い出したとしたら、仮にボクに落ち度がなくても殺処分対象になってしまうわ!」


「こりゃまた、突拍子もない裏設定盛り込んできたな」


「信じないなら、契約書を読んでみてよ。

 本当にそう書いてあるから!」


「おうわかった。

 そこまで言うなら」


 卓也は、昨日澪から受け取った書類を確認する為、自室に移動した。


 その後、彼の顔は青ざめることとなる。






「――これ、本当なのか?」


「紛れもない事実よ」


 奇妙な記述内容に、卓也は思わず声を漏らした。


 三十分ほど書類を読み進め、卓也は、澪の言い分が嘘ではないらしい事を認識した。

 これによると、澪は間違いなく自分に譲渡された「商品」のようだ。


 多国籍企業イーデルは、医薬品や介護用品、各種薬品や生活品まで、人間の生活に大きく関わる物を数多く生産している、大手の製薬会社だ。

 その規模は日本の大企業など足下にも及ばないほどで、全貌は誰にも計り知れない。

 そんなイーデル社は、とある自社開発新薬の臨床実験体として、非合法にクローン人間を作り出していた。

 だが、終了後は特定のVIP向けに実験体を販売しているようだ。


 このクローン人間は「ロイエ」と呼ばれ、戸籍・国籍・人権を一切持っていない。

 それどころか、人間として生活するのに必要なあらゆる資格・権利がまったく存在しない。

 その為、彼等はあくまで「物品」として扱われており、イーデル社もクライアントも、まともな人間としては見ていないようだ。

 極端な話、たとえ殺してしまっても、法律上は全然問題にならないのだ。


 生体的には普通の人間とまったく変わらないが、「物」でしかないロイエ。

 クライアントが不要と判断した場合は、その生死に関係なくイーデル社に回収、処分される。

 書類には、それらの行程についても詳しく触れられており、ご丁寧に「ロイエがお気に召さない場合は、処分の上、すぐに新しい物と交換させていただきます」とまで記されている。

 「殺す」という露骨な単語こそなかったが、文面からは明らかにその意図が読み取れる。


 あらかたの内容を読み終えた卓也は、先程までのもやもやした気持ちがすっかり消えうせ、なにやら不穏なものを感じ始めていた。


 続けて、澪の「取扱説明書」なる書類にも目を通す。

 彼のプロフィール部分には、確かに性別も明記されていた。


“Reue001263Mio 163/49 74-57-87 male

 Anderung投与期間10ヶ月特殊ホルモン投与期間20ヶ月

 身体正常内臓器官正常性病検査済泌尿器及び排泄器官正常

 持病なし病歴なし常用薬なし遺伝性疾患検査済

 生殖能力なし・肛門拡張済・口腔及び咽頭・肛門による性的技術習得済


 家庭内各種業務習得済調理技術・ランドリー技術・清掃技術習得

 英語・フランス語・ドイツ語・中国語・韓国語・ラテン語・イタリア語を就学

 理数・国語・古文等の一般義務教育及び高等教育を就学済

 ……”


 表紙には、イーデル社側の署名と社印が確認できる。

 箔も押され、綺麗な模様の組み込まれた上等な紙質の物が用いられた書類で、偽造にはとても思えなかった。



「ネタで作成したにしては、マジモン過ぎるなコレ」


「信じてくれる?」


「ああ、まぁ……。

 でもそうすると、何がなんだかもう訳がわからないなあ」


「そうね。

 でもとりあえず、こうなった以上、ボクはボクとしての義務を果たすわね」


「あ、はい。

 って、義務?」


「本業はメイドですから」


「それ、コスプレじゃなかったんかい!」


「違うわよ! 仕事着!」


 そこまで言った時点で、卓也は、先程コンビニで買って来た物のことを思い出した。


「ところでさ、さっき適当に買ってきたんだけど」


 袋の中身を出しながら、少し申し訳なさそうな口調で語り出す。


「どういうのが好みかわからなかったんだけど、好きなのを選んでいいよ」


「えっ? もしかしてコレ、ボクのために?」


「ああ、うん」


 小さめのコンビニ弁当に、調理パン、紙パックの牛乳とジュース、そしておにぎりやカップ味噌汁各種。

 更に、新しい歯磨きセットやタオル類、加えてスリッパまである。

 それを物珍しそうに眺めていると、やや照れ臭そうな態度で、卓也が呟く。


「事実はともかく、なんか複雑な事情はあるっぽいのは判ったから。

 こんな汚いとこでよければ、ずっと居てもいいよ」


「……」


「な、何?! お、オレ、なんか変なこと言った?!」


「……」


「な、何か言えよ!」


「……好き」


「えっ?」


「ボク、ご主人様のこと、本気で好きになっちゃった……」


 澪は、顔を真っ赤に染め、潤んだ瞳で真っ直ぐ見つめてくる。

 思わぬ告白に、卓也の胸はバクバク鼓動し始めた。


「い、いやいや! 俺達男だし!

 き、気持ちはまあ、ありがたいけど!」


「ボク、一生あなたに尽くす! 今決めた!

 こんなに優しい人初めて! 愛してるぅ!」


「な、なんなんだぁ! いいから、まず朝飯食ってくれぇ!」



 休日の朝のドタバタは、まだ当面終わりそうになかった。



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