第28話 5月5日 対決(5)
「それ、さっきの人のだよね」
「そうだな」
「……どうするの?」
素直に返すのもなんか嫌だし……まあこのままここに置いておこうか。
ロックはもちろんかかっているし。恐らく開くのは難しいだろう。本当は容赦しない方が良いのかもしれない。
「ロックもかかってるし、ここにおいておけば取りに来るでしょ」
「そうだよね。こんなの持ってても仕方ないし」
俺はそのまま地面に戻そうとした。
「ん?」
ブルッと手に持った須藤先輩のスマホが震える。
ロック画面に通知が表示された。
俺は、その画面を睨む。そこには——。
『花咲:Mは順調。明日の朝に会う。NCは応答無し、別の手段が必要。他は動きなし』
俺はその画面を自分のスマホで撮影する。
……これって。M=真白? NCは……まさか西峰千照……?
そして何より差出人の名前だ。花咲? まさか俺と優理がネカマして誘き出したyoutuberと、須藤先輩がつながってんのか?
いや、たまたま、偶然の可能性もある。しかし……。
「タツヤ、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
俺たちはそこを立ち去る。
しばらく歩いて振り返ると、須藤先輩が遙か遠くに戻ってくるのが見えた。
すぐ気付いたらしい。
「なあ、ヒナ、あいつは何をしてくるか分からないんだよね。何かあればすぐ俺に相談して欲しい」
「分かった。でも大丈夫だよ。だってタツヤがいるから」
「でもさあ、相談してくれないと気付けないからなぁ」
「うん。今日だって行ったから来てくれたんだもんね。でも……弱みって何だろう?」
ふと、タイムリープ前を思い出す。
告白して付き合い立てで、でもそれっぽいことはほとんどして無くて。
「もし告白して付き合ってて、でも何もしてなかったとするよ? そんな時、例えば、ヒナがアイツに何かされたとしたら、俺に黙っておいて欲しければ従えとか言われたら、ヒナはどうする?」
寝取られものというジャンルがあって、俺がたまたま読んでしまったそれと似たようなシチュエーションだ。
もっとも、途中で脳が破壊されそうになったから、その先は読まなかったが……読んでいれば耐性がついたのだろうか?
ヒナはむーっと眉を寄せて考えて言った。
「そんなの……もしそうなったら、隠すかも」
ああ、やっぱりそうだよなあ。
「やっぱり、そうだよね」
「でもね、今は違うよ? だって……タツヤとは最後までしちゃったし。隠すこと何てなにもないもん」
嫌なことを思い出す様子もなく、ヒナは屈託のない笑顔で言った。
もう、完全にあの嫌な映像の記憶は、上書きされたのかもしれない。
そう思えるほど清々しい笑顔だった。
☆☆☆☆☆☆
ヒナとそのお母さんと一緒に食事をとった。お父さんは仕事らしい。とはいえ、もう少ししたら帰ってくるそうだ。
優理のお父さんと違い、優しいし俺に良くしてくれる。
それにしても、相変わらず美味しい料理だ。すうっと身体に染み入るというか安心する。
「タツヤくん、お風呂沸いてるから入ってきなさいな。服は洗っておくからお父さんの着ちゃって」
え。もしやこの流れは……。
ここで帰っても不自然だし。と思う間もなく、ヒナのお母さんにほぼ強制的に風呂場に連れて行かれる俺。
うーん、やけに強引のような、前からこんな感じだったような。
俺は流されるように風呂に入る。
タイルの一つ一つを見ていると、ヒナと一緒によく入ったなあと小学生の頃を思い出す。
あの時は、無邪気にお互いに気兼ねなく遊んでいたな。
「ふうっー」
湯船に浸かると思わず声が出た。リラックスできるし疲れが取れていく気がする。今日は色々あったからな。っていうか、タイムリープしてから色々ありすぎた。
優理とも、そしてヒナとも。
ガチャ。
浴室のドアが開く。そこにいたのは、一糸纏わぬ姿のヒナがいた。
そして、何食わぬ顔で入ってきて、身体を洗い始める。
「前よく一緒に入ったよね。でも、高校生になって再会してからは全然だったけど。久しぶりだよね」
「まあ、そりゃね。子供じゃないわけだし」
「うん。それから……大人になった……私も、タツヤも」
一通り身体を洗い終わると、立ち上がるヒナ。顔を赤らめて、少し恥ずかしそうな素振りを見せるけど、意図して隠さないようにしているみたいだ。
無邪気なあの頃のように。
でも、その身体つきは大人の女性のものだ。
ラブホテルの時は、無我夢中でハッキリ全身を見る事は無かったけど、改めて見るとやはり大きい胸にくびれた腰、そして大きなお尻に太もも。スタイル抜群の身体だ。
お互い、タオルも何も巻かずに湯船に浸かっている。お互いの色づいたところとか形とか全て丸見えだ。
まあ、当然俺の身体は黙っておらず……ああ、本当に節操ないこの身体が恨めしい。
「ねえ、タクヤ……今日も甘えていい?」
そういって俺に寄りかかるヒナ。肌の感触がダイレクトに伝わるし、胸の感触やお腹の柔らかさが伝わってくるし、何より肌が触れ合うのが気持ち良い。
「そ、それはともかくとして、のぼせる前に上がらない?」
「くすっ。うん。そうだね」
必死に欲望と戦っているのがバレたのだろうか。俺の顔を見て笑うヒナ。だってしょがないじゃん。言い訳はしないけど。
当然というか、なんというか。
泊まる流れになってしまい俺は逆らえない。
あれか? 園田家は、俺の精神力を試しているのか?
家族総出で俺を留まらせようとしているのは気のせいだろうか?
いや、そんなわけないよな。多分、普通に娘と仲良くしてくれて嬉しい的な感じなのだろうな。
俺のことは、ヒナのご両親も熟知している。それにしたってやり過ぎじゃないか?
「じゃあ、二人ともゆっくりね」
「は、はい……」
俺は布団の敷かれたヒナの部屋に寝ることになった。なんでだよ……。
嫌では決してない。子供の頃、同じ部屋で寝たことはあったし。でも俺たちはもう子供じゃないんだよ。
さすがにヒナはベッドで、俺は床に敷かれた布団だけれども。
いやそれでも十分おかしいだろ。なんで同じ部屋で一緒に寝ること前提なんだよ。
「タツヤ、明日は用事があるの?」
電気を消したヒナがベッドに寝そべりながら聞いてくる。
「うん。朝から色々とね」
「そっか。忙しそうだね」
「まあね。だから、早く起きて朝のうちに家に戻りたい。ヒナは何してるの?」
「分かった。私は千照ちゃんと遊ぶよ」
「仲よいなあ」
ヒナはヒナの友達と遊ぶことも多いようだけど、そうじゃないときはウチの妹、千照と仲が良い。
「だって、千照ちゃんめっちゃ可愛いんだよ。ああ、私にも千照ちゃんみたいな妹いないかなあ」
「お父さんとお母さんにお願いしたら?」
「それは……なんかイヤ」
そういうものなのか? とはいえ、分からないこともない。
「まあ、それはいいとして、俺よりヒナの方が千照と仲が良いような気がするんだよな」
「そうかなあ? 千照ちゃんもタツヤと仲が良いって言うか、タツヤのこと好きだと思うよ?」
「いやいやいや。千照のやつ、俺を道具か何かとしか思ってないんじゃないのか?」
俺は以前、俺の身体を使って気持ちよくなっていた千照の姿を思い出す。
「そんなことないよ。いつもタツヤの話してるし。大好きなんだと思うよ?」
「そういうもんかな。ヒナ、千照の様子も気にかけて貰えると嬉しい。どうも、千照の方からは何かあっても、相談されなさそうな気がする。距離があるというか」
「好きな人だからこそ、言えないことってあると思うよ?」
「そういうものなのかな……どうすればいいと思う?」
「うーん。私は好きだけど、タツヤなら何でも言えるけどね」
そう言って、ヒナはベッドを出て俺の布団に侵入してくる。
「タツヤになんでも言えるのは、多分最後までしたからだと思う。だから、千照ちゃんとも——」
「おいぃぃぃ! ダメだろ! 兄妹だぞ? それにヒナは俺が他の人としたらイヤだろ」
「うーん」
ヒナはそう言って俺の身体に足を絡めた。柔らかな感触と甘い匂いが鼻腔をくすぐる。そして更に距離を詰めて、顔を俺の顔に近づけて言う。
「千照ちゃんいい子だし、よく知ってるし。してもタツヤを取られる感じがしないし、タツヤを束縛したいって思わないからそんなにピンとこないかな。どっちかっていうと兄妹でするっていう方が気になるかも」
そんなものなのか?
どさくさに紛れて、すごく近いところまでやってきたヒナ。俺が襲われそうだ。
もっとも、怖くないしむしろ期待するのが俺の煩悩だ。
「ねえ、タツヤ——我慢してる?」
俺からは指一本触れないようにしている様子に気付いたのか、ヒナが聞いてくる。
「うん。そりゃ、ヒナとしたくないわけじゃないけど——付き合ってもないのにって考えるといけないような気がする」
「タツヤは優しいね。それ私のことを気遣ってるんだよね。でもね、それは優しさとはちょっと違うと思う」
ヒナがドキッとするようなことを言った。確かに、俺は、してしまうことでヒナが傷つくとか、そういうことではなくて俺自身が罪悪感を抱いたり、後悔することの方を心配しているのかもしれない。
「そうなのかな」
「うん。それが悪いとは言わないけどね、でもね……女の子の方からしてっていうの、勇気がいるんだよ」
そういって顔を近づけてくるヒナ。吐息がかかるほど近くなる。キスしてしまえるほどに距離が縮まった。そして、彼女は言ったのだ。
「だからね、我慢しなくていいよ」
そう言うとヒナは唇を……身体を重ねてきたのだった。
☆☆☆☆☆☆
翌朝目覚めると、ヒナは隣で俺に抱きついて眠っていた。流されてしまった感がある。
しばらくその寝顔を眺めていた俺だったけど、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、と目覚ましが鳴った。
午前7時。休みなのに、こんな時間にセットしたのは、俺が用事があると言ったからだろうか。
などと考えていると、ヒナが目を覚ました。目をこすりながら寝ぼけ眼でこっちを見てくる。
「おはよう」
「おはよう、タツヤ。ありがとうね」
そう言って無邪気に微笑むヒナ。昨日の行為については何も言わず、ただ感謝の言葉だけを述べた。
ヒナがこんな調子なのだ。俺がぐだぐだ言うのは無しにしよう。
「タツヤ、用事があるって言ってたよね。朝ご飯食べても間に合う?」
11時待ち合わせだ。あと4時間もある。朝食を食べて家に帰って着替えて出かけても十分だろう。
「うん。間に合うから、頂こうかな」
「そっか、よかった。じゃあ準備しちゃうね」
そういうと布団から出て着替え始めるヒナ。俺も着替え始める……けど……裸を見てるはずなのに、気恥ずかしいのかお互い背を向けて着替えたのだった。
そして朝食を食べ、俺はヒナの家を出る。
「ヒナ。そろそろ帰るよ」
「そうだね。タツヤ朝帰りだね」
くすっとニヤニヤして笑うヒナ。
朝帰りと言っても、当然親には電話していて許可を貰っている。しかも馴染みのヒナの家。
まあ、俺は男だし女の子より心配はされにくいのだろう。
「うん、そうだな。なんか色々懐かしかった。今日はヒナは千照と遊ぶんだよな。何か気になったら教えて欲しい」
「分かった。大丈夫だよ、タツヤ。じゃあ、ばいばい」
「ばいばい」
そう言って俺たちは別れる。
どんな関係になっても変わらない、いつもの俺たちだ。
☆☆☆☆☆☆
家に戻り着替え、そして優理との待ち合わせ場所に向かう。
【花咲ゆたか】を撃破できる。
千照を狙う不届き者だ。ひょっとしたら須藤先輩との繋がりもあるかもしれない。
一網打尽に出来れば最高だ。
先に待ち合わせ場所に来ていた優理と合流する。
今日が決戦の日だ。
————
【作者からのお願い】
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