第26話 5月5日 対決(3)

 俺たちは明日の決戦に向けて俺たちは作戦会議をした。これでアイツらを晒しさえすれば、千照の問題は解決するだろうか。

 だとすると、優理とはもう一緒にいる理由が無くなる。それは少し寂しいかもしれない。


 きゅるるるる。


 誰かのお腹がかわいく鳴る。優理だな。そういえば、もうすぐお昼だ。


「あっ、す、すみません!」


 顔を赤くして謝る優理に、俺は笑いながら答えた。


「そろそろ昼ごはんにしようか? えーっと食べに出かける?」

「いえ、私下準備だけしておいたので、少しだけ待って貰えたら作れますがいかがしましょうか」

「そうなんだ。じゃあ、頂いてもいい?」


 優理の手料理か。それは楽しみだ。

 お弁当も作っていたし、その時も美味しかった。十分に期待できる。


「じゃあ、少し待っていて下さい。持って来ますね」


 そんな期待をしながら待っていると、本当に10分程で出てきた。


「お口に合うといいのですが……」


 そういって出されたものは卵焼きに唐揚げにハンバーグなど、色とりどりのおかずだった。どれも美味しそうで食欲を誘う。

 さらにご飯まで炊いてあったらしく、それも出してくれた。

 もちろん白米もあるけれど、どうやらおにぎりにして持ってきてくれたようだ。海苔付きである。

 お椀には味噌汁もある。至れり尽くせりとはまさにこのことだ。


「いただきます」


 まずは一口目として卵焼きを食べる。ふわっとした食感でとても美味しい。味付けも良い塩梅で好みの味だ。

 次に唐揚げを食べてみる。これもジューシーで肉汁が溢れてくる美味しさだ。しかも冷めているのに衣がサクッとしていて、これもまた良い感じだ。

 ハンバーグもまた、肉汁たっぷりでソースなしで美味しい。優理はよいお嫁さんになるだろうなあ。


「たつやさん、どうですか……?」


 不安そうに聞いてくる優理を見て俺は素直に答えることにした。


「すごい美味しい。毎日食べたいくらいだ」


 本心を言うと、優理は安心したように微笑む。


「じゃあ、学校での席もお隣ですし、これからお弁当毎日作っていってもいいですか?」

「いいけど、毎日って俺、そんなにしてもらう理由ないよ?」

「私がしたいと思ったので。いろいろ、お世話になってるから……イヤじゃなければ」


 押しが強い。さっきからグイグイ来るけど、これが俺と一緒にいた変化なのだろうか。

 良い方向に変わっているといいけど。どうなんだろう?


 俺が「嫌じゃ無いよ、嬉しい」と答えると「やりました」と小さく優理はつぶやいたのだった。


 その後2人で後片付けをした。しようと言ったのだけど、皿洗いはさせてもらえなかった。

 さて午後はどうしよう、そんな話をしようとしたところ……。


 ピンポーン。


 玄関の方からチャイムが鳴った。優理は誰だろう、と不思議そうに首を傾げながら見に行く。すると玄関の方で、優理と誰かが言い合いを始めたようで、急に騒がしくなる。

 何だろうと思って様子を窺おうとすると。


「ほう、娘をたぶらかす男がどんな奴かと思って来てみれば——」


 ドスの効いた低い声と共に現れたのは40代後半くらいの精悍な男性だった。俺から見ればおじさんという風貌だけど、きっちりと整えられた髭を見るとダンディという言葉が似合うような人だ。

 スーツの上からでもわかるほどガッシリとした体つきをしている。そして何より威圧感があった。正直怖い。

 だけど、どこかで見た覚えがある顔だ。そうだ、この人は——。


「あ、お父さん!  今日は帰らないって言ってたのに!?」


 やっぱりそうか。優理の父親だ。っていうか、俺も優理と同じ気持ちだ。

 どうして急に?


 俺は慌てて立ち上がり、頭を下げた。


「こんにちは……俺は高橋さんの同じクラスの友人で西峰達也といいます」


 そう言うと父親は俺をギロリと睨む。ひえっ、こわっ!? この人絶対堅気じゃないよね? 普通の人はこんな顔するか?

 思わず震え上がりそうになるがなんとか堪える。


「まあ、そこに座りなさい。優理も、す、座りなさい」

「……はい」


 優理は、毅然と答える。

 前聞いていた話だと、とても厳しいお父さんで優理のスマホややりとりするメッセージ、そして交友関係にチェックを入れていたらしい。

 男とやり取りをしようものなら、電話したり圧力をかけ遠ざけていた、そう話していたと思う。


 俺が感じた印象を正直に言うと「思っていたよりヤバいのが出てきたな。どうするんだ?」である。

 この様子だと、優理に近づく男は簀巻きにして海に沈められたか、土に埋められたかどちらかじゃないだろうか?

 まあ、そのおかげで優理は純粋無垢で、汚れることもなくこれまでやってこれたのだろう。


 そして、それが一ヶ月前、急に緩くなったらしい。だとしたら、俺も見逃してくれると良いのだけど、そうはいかないようだ。

 まずは優理が口を開く。


「お父さん、たつやさんとは何もやましいことはありません。それに、とてもいい人ですし、何の問題もありません」

「う、まあ、そうなんだが——」


 あれ? 急に優理に対して物腰が柔らかくなった。優理の話なら聞いてくれるのか?

 とはいえ、やましいこと……一緒にタオル一枚同士で風呂に入ったことがあったな。俺はその時、優理の姿を見て若干、身体が反応してしまった。

 一緒にお風呂に入ったことは果たしてやましいことになるのか? ——なるよなぁ。まあ、黙っていればいいか。


 優理のお父さんは俺の方に視線を向けた。そこには、絶対に敵を殺すと誓ったような表情があった。


「さて、西峰君と言ったな。優理とどこまでやった?」

「え?」


 いきなりそんなことを聞かれても戸惑う。っていうか、聞くか普通?


「もう、お父さん! たつやさんにそんな失礼な——」

「どうかね、西峰君?」


 俺は、息を整え答えた。


「どこまでも何も、キスも、それ以上のことも何もしていません」


 まあ、一緒に風呂には入ったけど。バレたら、海の底か土の中だな。とても言えない。


「ほぅ、では手を繋いだり抱き合ったりもしていないということか?」

「手は繋いだことはあります。抱き合ったりはありません」


 もっとも、優理から抱きつかれて抱き返したことはあるけど、そういうことを言っているわけでは無いだろう。


「ふむ。優理、西峰君の言っていることは正しいのか?」

「はい。たつやさんの言っていることは正しいです」

「そうか。まあ嘘は言っておらんようだな」


 よし。なんとか誤魔化せたようだ。このまま、お父さんにはここを出ていただくか、俺が帰ればこの危機を脱出できる。

 と、思ったのも束の間。


「だけど一緒におふ——」


 優理がお風呂に——と正直に言いかけたのを察した俺は、慌ててその声に上書きする。


「オフ、つまり休日も御一緒させて頂くことがあります」


 き、厳しいか……? 俺はもしかしたら海に沈むのか?

 優理ぃぃぃぃ。頼むっ! 俺は優理に視線で語った。


「そ、そうです。オフの日もこうして黒猫のクロちゃんのことで相談に乗って頂いているのです」


 よし。なんとかミスをカバーできた、かもしれない。


「フン、そうか。私はまだその猫を見ていないのだが、たかだか猫のことで手を煩わせることもない。もう、西峰君にはお帰りいただいていいだろう」


 たかだか、猫、ねぇ。俺はなぜかカチンときた。


「猫は繊細です。優理さんもそうです。過保護にしておいて、いきなり放りだして具合が悪くなったらどうするんです?」

「たかだか高校生が私に説教か」

「あなたのおかげで、優理は……とてもつらい目に遭——」


 俺は言葉を飲み込む。

 タイムリープ前の状況——最後に見た優理は今の艶やかな髪の毛や肌の輝きが失われ、憔悴しきったボロボロの状態だった。

 俺の想像ではあるけど、須藤先輩と付き合い、処女を奪われ弄ばれ、捨てられた。彼女なりに、あの男を好きになろうと努力したのかもしれない。尽くそうとしたのかもしれない。人を疑わず、悪い奴につけ込まれた優理はボロボロにされたのだろう。


 しかし、それを知っているのは俺だけだ。

 何年も一緒にいたヒナでさえ、身体を重ね心を通じさせてようやく俺の言葉を信じたのだ。

 初対面の俺が言う突拍子なことなんか信じてくれるはずがない。


「なんだ? 言いたいことがあるのなら言いたまえ」

「極端なんですよ。優理さんを散々束縛しておきながら、急にケアもせずに放任して——忙しいのは分かりますが、もし……俺が悪い奴だったらどうするのです? 今頃、身も心もボロボロになっていたかもしれませんよ?」

「ぐッ……」


 もしかしたら、自覚があったのだろうか。

 あるいは、優理やお母さんに指摘されたのかもしれないな。意外と、話が通じるのかもしれない。


「人の親になったことがない高校生が何を偉そうに。じゃあ、聞くが……君はその『悪い奴』でもなくて私ができなかったケアとやらをできるというのか?」

「はい」


 あっ。自信満々に答えてしまったけど、これはもしかしたら……言わされた?

 まさかな。


「ふむ。確かに……君が奴だったらさっきの質問に対する答えは違っていただろうな」


 よし。もしかしたら、これは……危機を抜けられたのか……?


 にゃーん。


 そう思っているところに、開けられたままだったドアからクロが入ってきた。

 その姿を見て、優理のお父さんの表情が変わる。


「こ、これがクロ——な、なんと可愛らしい姿よ」


 さっきまでの威厳のある姿はどこへやら。デレデレになって、だらしない顔をしている。

 な、なんだこれ?

 優理はその父の姿を見て、顔を振り溜息をついた。


「お父さん、いつも遅いから。やっとだよ。クロ、こっちが私のお父さん」


 クロは優理からそう言われて、威厳を失った単なる猫好きのおっさんの方を見た。

 おっさんは緩くなった口元を隠さず、クロを手招きする。猫好きなのか、クロに魅入られたのか。


「クロちゃーん。この家の主ですよぉ。こっちにいらっしゃい」


 ……。俺がさっきまで話していた怖い人はいったいどこに行ったのだろう?

 このデレデレになったおっさんは、両手を向けてクロの受け入れ態勢を取った。


 しかし、クロはぷいと横を向きスルー。とてとてと歩いてきて俺の膝に乗り、にゃあおんと気持ちよさそうに鳴いた。

 俺は嬉しくなり、クロを撫でてやる。


「なっ……。ど、どうして?」


 猫好きのおっさんは愕然とした表情を示し、しょぼんと肩を落とす。

 勝ったな。


「そりゃあ、たかだか猫とか言ったり、クロを見つけた優理やそして、俺の敵に見えるからじゃないですか?」

「くっ……に、西峰君……。今後も来ても良いから……」


 口ごもるお父さん。

 恐らく、そこからの言葉はプライドを捨てる必要があるのだろう。

 もっとも、単なる猫好きオジサンとなった人に、プライドも何も無いのだろうけど。


「優理のことはともかく、この家に来ることは、ゆ、許そう」


 それって必然的に優理と接する時間が長くなるわけだけど、既にIQが5くらいになっているので矛盾に気付かないようだ。


「だから、その……可愛いクロちゃんを……抱かせてくれないか……仲良くする方法を教えてくれないか? 頼む、この通りだ」

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