第16話

 朝になりクレイが目を覚ます。

 そしてぼんやりとした頭で昨日のことを思い出し、顔を赤くさせた。

(そうか。僕、お風呂で気絶しちゃったんだ……)

 今でもクレイはアリアの胸の感触を覚えていた。

 柔らかく、それでいて先端は固くなっている。

 朝だというせいもあり、考えただけでクレイは毛布を膨らませてしまう。

恥ずかしがっていると入り口のドアが開き、アリアが入ってきた。

「あ。起きていたんですね」

「う、うん。今起きたところ」

 クレイは慌てて毛布の膨らみに手を置き、静まれと念じた。

 アリアの手には紙袋が持たれている。

 良い匂いがクレイのいるベッドまで漂ってきた。

「朝の食事を市場で買ってきたんです。お食べになりますか?」

「うん。ありがとう」

 クレイはお礼をすると気まずそうに尋ねた。

「そ、その……、昨日のことなんだけど……」

 アリアは紙袋の中身を取り出しながら謝った。

「申し訳ありませんでした。その、クレイ様に喜んでもらおうと思って」

(喜んだかどうかで言えば嬉しかったけど……)

 クレイは苦笑いする。

「でも無理にあんなことしなくても大丈夫だから」

「無理をしているわけではないです。わたしにできるのはあれくらいですから。それともわたしじゃだめですか?」

「そういうわけじゃないけど……」

 クレイは困りつつもベッドの上でもぞもぞと動いた。

 するとお腹がぐーっと鳴った。

 二人は互いに顔を見合わせ、笑い合う。

「話の続きは朝食を食べてからにしようか」

「そうですね」

 クレイが着替えると二人は小さなテーブルの上でアリアが買ってきたパンやサンドイッチなどを広げて遅めの朝食を取った。

 食事を取りながらクレイはアリアを見つめる。

 傷が消え、楽しげな彼女だが、やはり一昨日のことは不可解だ。

 どう考えてもビッグマウスを一人で倒せるようには見えない。

 しかし同時にそれが現状を打開するための要素となるかもしれなかった。

(聖刻印のこと、もう一度調べてみるか)

 クレイはまだ温かいパンを食べながらそう考えた。


 朝食を終えるとクレイとアリアは本部に向かった。

 望み薄だが募集に応募が来ている可能性もある。

 しかし受付嬢からは非情に伝えられた。

「残念ながら応募は一件もありませんでした」

「そう……ですか……。うう……。また薬草集めないと今日の宿代が……」

 クレイは肩を落とした。

「大丈夫です。わたしも頑張りますから」

 アリアは慰めるが、誰か一人入らなければ金銭的に破綻するのは目に見えている。

 このままでは田舎に戻るしかない。

 本部から出るとクレイはとぼとぼと歩いた。

「もういっそ賞金の大半を渡す代わりに誰かに入ってもらうしかないかな? でもそれだとお金をもらったらすぐ抜けられる可能性もあるし。そうなると結局二人でクエストを受けないといけない。僕ら二人でやれるクエストなんて今とあんまり変わらないし……」

「クレイ様はどうしたいんですか?」

 アリアは尋ねた。

「僕? そりゃあできれば強いギルドを作りたいよ。そうすればみんなの収入も安定するし、亜人だからって差別もされないでしょ? 誰もが安心できる場所を作れれば理想だけど……」

 それがどれだけ難しいかを考え、クレイは苦笑いする。

 現状ではまだギルドすら作れていない。

 だがアリアは微笑んだ。

「ステキですね。そうなればとても嬉しいです」

「あはは……。そのためにはもう一人見つけないといけないけどね」

 クレイは苦笑いしながらアリアの笑顔をなんとか守りたいと思った。

 そのためにはやはりせっかく得た賞金をある程度失う覚悟は必要だ。

 ギルドを作れば当然建物などが必要になる。

 それ以外にかかる諸経費に賞金を充てるつもりだったが、このままではなにもできないままただ時間だけが浪費されてしまう。

 路地を歩いていたクレイは覚悟を決めた。

(ギルドを作ればお金がなくてもなんとかなるかもしれない。とりあえずここはできるだけ安く新メンバーを雇えるか考えないと)

 方向性が決まったクレイは冒険者達が集まる酒場や広場に向かおうと角を曲がった。

 するといきなり正面から来た人物に抱きしめられる。

「むぐっ!」

 クレイの顔は亜人特有の大きな胸の谷間に埋まった。

 反射的に手が出て柔らかい胸に指が食い込んでしまう。

「だ、誰?」

 クレイが慌てて顔を上げるとそこには泣き出しそうなマリイがいた。

「マリイ……?」

 マリイは涙を流しながら呟いた。

「本当にいた………………」

 マリイはクレイをぎゅっと抱きしめる。

 顔を胸に埋めて苦しそうなクレイの後ろでアリアは不機嫌そうだ。

「誰ですか?」

 クレイはマリイの胸を甘噛みしながら答える。

「前のギルドで一緒に働いていた子。と言っても僕はサポートでマリイは戦闘員だったけど」

 今度はマリイがムッとした。

「その子は?」

「え? えっと……」

 答えづらそうにするクレイの代わりにアリアが首輪に触れて答える。

「わたしはクレイ様の奴隷です」

「奴隷って……」

 マリイはクレイをじとりと睨んだ。

 クレイは慌てて首を横に振る。

「い、いや、べつにそういうわけじゃ!」

「どういうわけよ?」

 マリイは溜息をついてクレイを離した。

「でもまあいっか。こうしてまた会えたんだし」

「あ。僕を探してたの? なんで?」

 マリイは気まずそうにそっぽを向き、答えた。

「……実は、ブラッドファングから逃げてきたの」

 衝撃的な発言だった。

「え?」

 クレイは目を丸くし、そして叫んだ。

「えええええええええええええぇぇぇ!」

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