第8話

 朝食に最後のパンとミルクを平らげた後、二人は市場に向かった。

 繁華街より街の中心部にある広場には朝からたくさんの店が営んでいる。

 クレイはアリアにもっといい服を買ってあげるつもりだった。

 だがアリアが選んだのは奴隷服とさほど変わらない安い麻の服だった。

 売れ残りを選んだせいで谷間がくっきり見え、ほとんど胸がこぼれそうになっている。

「それでよかったの?」

「はい。わたしにはもったいないくらいです」

 屋台で買った食事を食べながらアリアは微笑んだ。

 クレイが買ってあげたストッキングのおかげで足は太ももまで隠れたが、それでもまだところどころに傷跡が見えた。

 食事を終えるとクレイは財布の中身を確認した。

 一人で生きていくのも大変だが、二人だと予想以上のスピードで財布が軽くなる。

 クレイが溜息をついているとアリアが太ももをもじもじと摺り合わした。

「どうしたの?」

「いえ、その、ちょっと……」

「もしかしてトイレ?」

 アリアは恥ずかしそうに頷く。

「トイレなら広場の出口にあったはずだよ」

「亜人用のもですか?」

 人と亜人では施設が区切られている。

 パラメニアの中でもリンカーは進んでいる都市だが、百年前からの風習がまだ残っていた。

「うん。隣にあったはずだよ。行っておいで。待ってるから」

「そ、それじゃあお言葉に甘えて……」

 アリアは一礼すると急いでトイレに走っていった。

(わざわざ許可なんて取らなくてもいいのに)

 クレイは僅かに悲しくなった

 クレイがアリアを広場の中心にある噴水で待っていると見慣れた人影を見つけた。

 後ろからでも見えるほどの胸を持つ女性はこの街でも多くない。

「エレノアさん!」

 クレイはエレノアに駆け寄った。

 名前を呼ばれたエレノアは特大の胸を揺らしながら振り向く。

「ああ。クレイ君。来てたの」

 エレノアの態度はいつもより素っ気なかった。

「はい。その、すいません。いきなりだったから挨拶もできなくてえ」

「気にしてないわ」

「そ、そうですか……」

 クレイが苦笑いを浮かべるとエレノアの後ろから背の高い若い男が現れた。

 色黒く、筋肉質で派手な金髪の若者だ。

 クレイが見たことない人物だった。

「どうしたの? エレノアちゃん」

「なんでもないわ。ガルム君」

 エレノアはガルムという青年に優しく笑いかける。

 ガルムはクレイを見下ろして口角を上げた。

「可愛い子じゃん。エレノアちゃんの知り合い?」

「あなたの代わりに出て行った子よ。男の子だけど」

「え? なんだよ。男かよ」

 ガルムは鬱陶しそうに舌打ちをする。

 だがすぐにやついてエレノアの肩に腕を回した。

「ほら。本部からの呼び出しも終わったんだし、早く帰って遊ぼうよ」

 ガルムはそのまま無造作にエレノアの胸を鷲掴みにした。

「あん♪ もう我慢できないんだから」

 エレノアは顔を赤らめる。

 ガルムはニヤニヤ笑った。

「そう言いながらも固くしてるじゃん」

 ガルムの手はエレノアのドレスの下をまさぐっていた。

 それを見ていたクレイはいたたまれなくなってガルムに殴りかかった。

「離せ! 嫌がってるじゃないか!」

 だがクレイのパンチはむなしくガルムに受け止められ、そのまま投げつけられた。

「ううぅ……」

 地面に転がるクレイをガルムとエレノアは見下ろした。

「よわ。こんな弱い奴がブラッドファングにいたのかよ」

「しょうがないわ。戦闘員じゃないんだから。紋章使いだもん」

「ああ。そういえばそんなジョブもあったなー」

 ガルムはクレイをあざけり笑い、そして今度は空いていた手でエレノアの大きなお尻を鷲掴みにした。

「やん♪ いきなりなんだから♪」

「いいだろ。あんたを好きにしていいっていうのが入団の条件なんだから。だからよそでエース張ってた俺が来てやったんだ。大体そう言いながら濡らしてるじゃねえか」

 ガルムの手がドレスの下で怪しく動くと、じゅぼじゅぼと水っぽい音がした。

 エレノアは気持ちよさそうに腰をくねらせて言った。

「んっ……。そうよ。わたし強い人が好きなの♪ 弱い人なんてどうでもいいわ」

 エレノアは顔を赤くしてクレイを見下ろす。

「分かったかしら? ここでは強さが全てよ。強者は全てを手に入れ、弱者は失うわ。あなたも望むものがあるのなら力を手に入れなさい。それが無理なら諦めて田舎に帰るのね」

「エレノアさん……」

 クレイは悔しそうに見上げるとエレノアは冷たく言った。

「じゃあね」

 ガルムは笑いながらドレスの下から濡れた手を引き抜く。

「ほら。早く俺の部屋に行こうぜ」

「そうしたいけどダメよ。報告してからじゃないと」

「Cクラスモンスターくらい守備隊がどうにかするって。いいから行くぞ」

「もう。強引なんだから❤」

 二人はそのまま市場の方に消えていった。

 自分の弱さに打ちひしがれるクレイ。

 そこにトイレからアリアが戻ってきた。

「どうなされたんですか?」

 心配するアリアに情けないところを見られ、クレイは立ちあがった。

「なんでもないよ。ちょっと転んだだけ……」

「そう……ですか……」

 アリアは異変に気付いていたが、それ以上聞かなかった。

 それからクレイは落ち込んだまま新しく借りる部屋がないか探し回った。

 だが無職のクレイに貸してくれる者は誰もおらず、途方に暮れた。

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