後編

 耳を突き破るような高い声。ウオドラを撃っていた隊員全員が思わず手を止め、上空を見てしまった。

 ウオドラはとんでもない殺気で陸地へ上がっていく。

 慌てて自衛隊も追いかけた。と、急に空が曇った。

「んだ、雨か。あー面倒だな」

「んな時にダジャレうるさいっすよ! 今度こそ殺されるかもしれねぇのに! 隊長も早く撃ってくださいよ!」

 隊長ののんびりとした言葉にパニック状態の柳原が返すが、これは雨雲じゃない。


 影だ。


 巨大な何かが上空に迫っている。

「クエェェェッ!!!! グエェェェッ!!!! キィィィッ!!」

 甲高いこの鳴き声。

「鳥だ!」

 誰かが叫んだ。

「デカい!」

「んだあれ」

「虹色だよっ?」

「だんだん降りてきてるぞ」

「んなことしてる場合か! 早く撃て!」

 誰かが叫んだのを機に、隊員はひたすら虹色の羽を持った一つの池ほどもある鳥を撃った。

「ダメだ! 無理だ! 地対空ミサイルあるだろ? それで撃て!」


 ヒュゥゥゥゥゥ

 ひたすら陸に上がろうとするウオドラを殺していると、何かの音がした。

 だが、そんなことを気にしている暇はない。

 と。

 急に太陽光が遮られ、風が降りてくる。

「おい! 鳥が落ちてくるぞ! 逃げろ!」

 だが、俺は動けなかった。殺気を燃やした白目にひたすら銃弾を撃ち込む。

「弦! 逃げろ!」

 と、普段はシバと呼ぶはずの大城の声が聞こえた。

「シロやん……」

 と、急に視界がグルンと回り、俺は宙を浮いていた。




「シバ! ここは芝生じゃねぇぞ! 生きてんのか? 海を見ろ! シバ!」

 隊長の野太い声が聞こえてくる。時々ツバと冷たいダジャレが耳に飛び込んでくる。

「シバセェェェン!! 死なないでくださいっ!! 俺シバセンのことめっちゃ尊敬してたんすよ!! こんなとこでエースが死んだら自衛隊お終いっすよ! 死ぬなら俺が先に!! 逝かないでくださいぃぃぃ!!」

 と、柳原のヒステリックな声が。

「んだよ! うっせぇな柳原!」

「あ、起きた」

 南原のポケーっとした声。

「シバセェェェン!! 良かったぁぁぁっ!!」

 柳原はすごい勢いで抱き着いてきた。思わず耳を塞いでしまった。

「お前、分かったか? 俺の海を見ろっていうダジャレ」

「……あれ、ダジャレじゃないでしょ」

「海は英語でシーだよな? 見るも英語で?」

「……!」

「どうだ」

 隊長が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 ――分かりにくいけど、確かに上手いかも知れん。やられた……。


「取りあえず、何かから逃げてるみたいだったウオドラはもう消えた。大丈夫だ」

 と、テントをめくって大城が入ってきた。

「あ、シバ! 起きたのか。良かったぁ」

「おかげさんで生きてるよ」

 何か安心して、フゥと息を吐く。

「そういや隊長。あの鳥を解剖したら胃袋から大量のウオドラが出たって聞きましたが」

 胃袋からウオドラが?

「——あの」

「どうした南原」

「あの鳥は南の方からこの静岡にウオドラを食いに来て、それでウオドラは逃げるために陸地の方に来たんじゃないでしょうか」

「……なるほど。筋は通るな。やるな、南原」

 俺は思わずいつもボーっとしている彼の脳を褒めてしまった。

「よし。早速上に報告しようじゃないか」




 それから三日たっても、ほとんどウオドラは上がってこなかった。また元のヒマな日常に戻ってしまった。

 最近は梅雨の影響か、静岡の海岸にも雨が降るようになった。

「上からの知らせだ。あの鳥は南の方から来て、ウオドラを食うらしい。特に小っちゃい子供が好物だそうだ。宇宙から来たのかは知らんが。そして、隊員の証言を照らし合わせると、あそこにある池の方に着陸しようとしてたとのことだ。どうだ、あそこの池、行ってみないか?」

「それは止めてください!」

 隊長の言葉に、本を読む手を止めて思わず反論してしまった。

「……何でだ?」

 彼は不機嫌そうな顔をして返す。

「え、いや」

「じゃ、良いじゃないか。行こう」

 と、全員立って池へ向かって行った。

「……ヤバい」

 思わず俺も駆けだした。


 ――なんで急にこんな展開に。




 少し迷っていたが、もう居ても立ってもいられなくなり、池へ駆けだした。

「お、シバ。来たか」

「あ? なんか波紋が」

「……ウオドラじゃんかよ!!」

「え?」

 みんな池の方へ近づいていく。でも、俺は動けず頭が真っ白だった。

 ――なんてぇタイミングで……シャーリー、何やってんだよ……。

「これだ! 鳥はこの匂いを嗅ぎつけて飛んできたんだ!」

「銃構えろ! 撃て……」

「止めろぉっ!!」

 反射的に俺は叫んだ。目元が少し熱い。

「おいシバ。お前、なんか隠してんのか? まさか、こいつを匿ってるなんかアニメ見たいな展開ねぇよな」

 大城が言ってきた。

「……分かってるんだぜ、なんか隠してんなってこと。説明してくれよ、シバ。お前はいいやつだろ? おい」

「……さすがだな、戦友」

 もう、終わりだ。隊長はどうするか……?

「……シバ、教えてくれ」

 隊長が怪訝そうな顔のまま、静かに言った。




「……なるほどな。シバ動物好きだったからな。こういうとこが甘いんだよ、お前」

「……ああ」

「どうするんだ? シバ。こいつ、どうするんだ?」

「……生かして、おけませんか」

「無理だ。そもそも、お前がこんなことをしている時点で首相命令に背いてる。上はこれを知るとすぐに協議するだろう。もう隠してはおけない」

 一縷の望みは、ほどなく打ち砕かれた。

「殺せ、シバ」

 隊長は言った。稀にみる真面目だが、冷徹な眼差しだった。

「どうしても、匿え」

「シバ! こいつはどんどん大きくなって、やがて世界の海を虫食む。それで、お前を含めた国民が苦しむんだ。蚊を殺さずにマラリアになって死ぬようなもんだぞ」

 ついに大城が怒鳴った。

 ――蚊を殺さないがゆえに死ぬ、か。

「……ちょっと待って」




「シャーリー、美味いやつだぞ」


 弦は涙をこらえながら手に熱い米を置いた。隊長が炊いたブランドの米、銀シャリというやつだ。

 ドラゴン頭は尾びれをピチピチ言わせながら米を頬張る。

 俺はワニの前脚を優しく握った。


「……ごめんな」


 みんなが見守る中、俺はピストルを抜いた。

 シャーリーが最後の一粒をペロリと食べ終わった。

「クエーッ」

 嬉しそうな鳴き声を聞き、頬に大粒の涙を伝わせ、嗚咽を噛み殺しながら、俺は銃口をシャーリーの喉に当てた。そして――。


 ヴァキューン!! ドーン!!

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