最期の銀シャリ

DITinoue(上楽竜文)

前編

「ふぁぁぁっ」

 下の階級の兵士、すなわち一士の小柴弦こしばげんはあくびをしながらノートを開けた。

 ――いつ来るか分かんねぇから備えとけって言われても、こねぇもんはこねぇじゃん。

 この静岡の梅雨の海には特に何も来ない。ヒマだ。

 頭の中で次々と愚痴を吐きながらノートを開ける。取り合えず、事の成り行きを確認しておかねば。まだそれほど大した知識がないのにこんな現場に頬り出されるのは正直面倒くさい。



 ***


 陸自で頑張る弦のノート


 二三世紀、二二五五年の夏、東北地方の幅広い地域に大量の何かが降ってきた。何かとは最近アメリカ、カナダ、フランス等で確認された未確認生物。頭は漫画で出てくるようなドラゴン、胴体は前脚と鎧が付いたワニ、下半身は魚のようだと評される生き物。

 SNSではうおのようなドラゴンということで、ウオドラと呼ばれるようになった。

 どんどん日本中の海に広がって、魚を食い荒らして漁業被害が出て、船に穴を開けたり、海水浴客を襲ったりすることがあるそうだ。

 大井川おおいがわ首相は被害の甚大さを見て、駆除を決め、各地のボランティアに頼んだが全くダメ。そこで自衛隊に撲滅令を出した。

 海自が海で魚雷打ったり網ですくったり陸に追い立てて窒息させたりして、陸自は万一に備えて銃を持って待機する。


 ***




「あ、シバセン。勉強っすか? いやぁ、偉いなぁ。やっぱ将来の自衛隊エース候補は違う」

 ノートを流し読みしていると、後輩の最下級である二士の柳原やなぎはらが声を掛けてきた。彼は迷彩の帽子を逆にかぶってる。

 ちなみに、“シバセン”とは“小柴先輩”の略である。

「自衛隊にエースなんかねぇだろ。てかギハラ、お前はなにほっつき歩いてんだ。南原なんばらと勉強でもしとけよ」

「……なんか呼びました?」

「おわっ! お前、いつからここに」

「たった今さっきですけど」

 南原はひたすら影が薄く、ボーっとしているやつだ。なのに、なぜかチャラ男の柳原と行動を共にしている。

「隊長が呼んでますけど」

「あぁ、そうか」

 少しは暇潰しになればいいが。俺は海岸の砂利から立ち上がった。


「おぉ、シバ。なんか呼び出しか」

「あ、シロやん。お前もか」

「そ」

 大城おおしろは数々の現場で行動を共にしてきた、いわば“戦友”だ。イケメンで俺と同じ妻持ちだが、天才的な料理下手のため、嫁さんから度々愚痴が飛んでくる。

 少し談笑しながらテントの中に入ると、そこには隊長が気難しそうな顔して口ひげをいじっていた。

「呼ばれましたけど」

「ああ、シバとシロか。良いのか悪いのか分からん知らせだ。海自から連絡があってな。ウオドラに関する新情報だ」

「はぁ」

 隊長は本名は長永おさながと言い、自衛隊の一番下の階級「士」の一番上、士長だ。デブで出世の欲しかないが、大城と対照的に料理と狙撃が得意で、場を凍らせるダジャレを持ち合わせている。

「どうやら、あれは陸地でも生きることができるらしいぞ。つまり、これからおそらく、陸地にたくさんのウオドラが流れてくる。覚悟しとけ」

「……マジすか。銃、準備しとかないと」

 大城が慌ててテントを出て行く。

「あ、シロやん……隊長、他の奴らにも応援要請したんですか」

「そりゃあしたさ。が、やっぱりなんも起こらんのに来るやつなんかいない」

「……そうですか」

 この隊で流れ着くウオドラを殺すには限界がある。すぐにでも応援に来て欲しいんだけど。

 俺は仕方が無く大城を追いかけることにした。


「シバセン、ヤバいっスよ。ウオドラめっちゃ来ました。どうします」

 テントを出て銃と弾を置いている車へと駆けていた時に、“ハラハラコンビ”が登場した。

 一体何があったのか、南原の顔は砂だらけだった。

「海の砂は歩くのに苦労するよなぁ。それでこけたのか、南原」

「えーと、普通に波打ち際歩いてたら石に躓きました」

 ……いつもボーっとしてる南原なら不思議じゃないか。

「て、んなことどうでもいいっしょ。ウオドラ来たんですよ? 首絞めても生きてるんですよ? ね、ヤバいっしょ!」

「柳原、うるせぇ」

「いや、怖いじゃないっすか! なんか未知の毒とか火炎放射とかするかもしれないっしょ? 俺らヤバいじゃないっすか! 死ぬのは嫌ですよ! エース候補どうにかしてくださいよ! シバセンに俺の命かかってますよ?」

 ――お前が自分で銃で撃てばいいんじゃないのか?

 と思ったが、顔を真っ青にしてこの世の終わりとばかりに騒いでいるやつに言っても無駄か。

「とりあえず、今シロやんが銃取りに行ったから、それで柳原、お前が撃て」

「はぁっ? 嫌っすよ、そんなの撃ってて怪我したらヤバいじゃないっすか! 相手は口から火を吐くんすよ? すごい大きな口で全てを食らうんすよ? できるわけないじゃないっすか!」

 ――おい、何も火を噴くとか大口とかいう情報ねぇのに。銃は天才なのになんでこんなビビりなのかな……。




 二十分ほど波打ち際でウオドラを待ち構えていたが、一向に現れる気配はない。

 待つ間に念のためのバリケードをハラハラコンビは作り始めたほどだ。

「バリケードなんかいるかよ」

 大城が言っても

「んなもん何があるか分かんないじゃないすか! 火炎噴射でもうダメかもしれませんけど、やらないよりやる方がマシでしょ! んなもの分かんないんすか?」

 柳原が取り乱し、南原が黙々と作業をする。

 ――いや、んなのも分かんないのかってそもそも火炎噴射なんかしねぇって。


「おい! 何匹か来たぞ!」

 と、砂浜のテントで構えていた隊長が大慌てで出てきた。

「え? ウオドラ……」

 と、さっきまで無駄なバリケードを作っていた南原がフラフラと海の方へ向かって行く。

「いや、やめろ! 危ない! 火炎噴射されるぞ! 食われるぞ! 凍らされるからやめろ!」

「南原! お前さっきまでドライだったのになにウオドラの方行ってるんだ!」

 柳原がキイキイ声で叫び、隊長がさりげなくダジャレを交えて叫ぶ。

「あ……すんません」

 南原がはっとした表情で戻ってきて、銃を構えた。彼はボーっとしているうえに、時々意味の分からない行動に及ぶ。まさに、“ハラハラ”だ。


 と、急に大波が目の前に現れ、声を出す間もなく服を濡らした。

「え……?」

 と、目の前にはイルカほどの大きさがある鎧をまとった生き物が鋭い歯を見せて迫っていた。

「ウオドラ!」

 銃を構える間もなく、そこには大口が迫っている。

 ――終わりか?

 と、思ったその時。


 バキューン!


「大丈夫っすか、シバセン。焼かれてないですねっ?」

「……さすが銃の天才」

 柳原がオロオロしながら目の前にいた。

 と、同時に何か背中にヌメヌメした感触を覚えた。

 カエルを触っているかのような感覚。なのに、なにかゴツゴツしている。


「クカーッ! グルルル」

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