第36話 リラクゼーション

第36話 リラクゼーション


「じゃあ、この輪を潜って」


「シルさん、酔っ払ったんれすかー?そこはお部屋じゃないですよー。プフフ!早うお部屋に案内しろ〜!」


 既に夢と現実の区別がついていないのか朦朧とした意識で乱れる。というか、一体どんな夢を見ているのかも定かでは無い。


「お望み通りそうしてあげるんだよ?歯、食いしばっつてね!」


(え?)


 お父さんが小さい子供を抱き抱える様にひょいと持ち上げ投球!強引な火の輪くぐりをさせる。



 チリチリと焦げる匂いが鼻腔を一瞬くすぐり、火の温度が僅かに肌に伝わる。


「かーべーー!ぶつかる!!」


 風が激しく顔に打ちつけるのだが失速することを知らない。それどころか、益々スピードが上がり壁に当たってペシャンコになってしまうイメージが脳裏に浮かぶのだ。


 激突する寸前、身体に力を込めて鱗鎧を発現させようと意識を集中させる。一気にむらなく身体が鱗に包まれるのだが、次の瞬間にはボフッと柔らかい布団の中に居た。


「どう言うこと!?痛く無い!?」



 辺りを見回すと畳が敷かれた12畳の広い和室。部屋につけられた丸い窓からは夕日に沈む太陽が見えていた。



 砂漠で飽きるほど見た夕焼けとは一味違う暖かさを含んだモノに一瞬心が奪われてしまう。


 

 しかし、その後すぐに現実に引き戻された。



「もう夕方?どんだけ時間が経ったの?」


「どう?部屋は気に入った?」


 シルの声がするのだが、姿は見えない。



 キョロキョロと見回して行くうちに部屋の真ん中に縦長に結ばれた先程の紐の輪がゆっくりと姿を表し、嵌め込まれた鏡面の様な膜にシルの姿が映り込んでいた。


「実験的に作った空間の扉なんだけど、部屋にちゃんとつながってたね」


「ちょっと、ひどく無い?もう少しで壁に激突する所だったよ!?」


「そうだった?でも、ぶつかっちゃっとしても鱗鎧で身体を守る....。それなら大丈夫でしょ?実際落ちたのは布団の上だし」



「ちょっと!?治療したばっかりでまた身体を鱗を包んじゃったじゃん!?」


「硬いこと言わないで。まさか、うまく空間魔法が作用しないでもう少しでシイナの身体が真っ二つになる所だったなんて言えないんだから」


「ちょっと!とんでもないセリフが聞こえてきたよ!?」


「部屋に直行できたんだからいいでしょ?」


「もう、今更鱗鎧はどうすればいいの?消すのに時間かかるんだよ?」


 シルに物申してやろうと火の輪を媒介とした鏡面界を通して手に触れた瞬間、鱗鎧が弾け飛び姿を消した。


「え?」


「シイナの事、誰が治療したと思ってるの?やるときはやる三人がしっかり治療したんだから、鱗鎧も今まで以上に扱いやすくなってるから大丈夫!」


「いや、でもこれ強度とか大丈夫?こんなに一緒で剥がれ落ちたら魔物とかにも一瞬で蹴散らされそうなんだけど」


「まぁ、それはご愛嬌!あ、次のお客さん来たからまたね。夕飯になるまでしっかり休んでてね」


「ちょっと、逃げるな!」


そう言った時には完全に紐が空気に溶け込み、シイナとシルを繋いでいた空間の扉も完全に消えていた。


「はぁ、言われなくてもせっかくの休みを満喫しちゃおうかな」


ボフッ!


 再びフカフカの布団にダイブし、手足をバタバタと動かして雪で遊ぶかの様に感触を確かめる。すぐにそれを辞めると、仰向けになり暫く天井を見つめているのだが、何かしっくりと来ない。


「お腹減ってるのかな?」



 長机の上にあった温泉饅頭を一つ口の中に入れるのだが、砂漠での淡白な食事に慣れてしまったせいか餡子が甘ったるく感じてしまって仕方ない。



「はぁ〜、この分じゃ楽しみだった夕飯もちょっとガッカリしちゃいそう」


 窓から入ってくる夕日を竹で編まれた涼しげな椅子から眺め、今までの徒労を感じさせる。長いため息を吐きながらゆっくりと瞼を閉じていった。



 そして、お客さんを部屋に送り届けたシルが髪留め紐を掌の上に乗せ、チリチリと焦げ続けているモノを見つめる。



「あーあ。こんな事になるんだったら空間設定ケチるんじゃなかったな。もっと繋ぎやすいところを選べば紐も反動で焦げなかっただろうし....。これ治すのに二度手間で魔力必要だし....。これを元通りなおすとしたらどれだけ魔力必要なんだ?」


 空間を結んでいた紐を掌の中で握りつぶし、鎮火する。それをまた髪の毛を結える為に軽く繊維を髪の毛で補強し結び直した。


「シイナさんの治療は終わったんですか?」



 後ろから聞き慣れた丁寧な声が聞こえる。いつもお淑やかな所作の雛野の声だ。


「取り敢えず、今できる事はやったよ。二人が腐った魔素を分解しておいてくれたお陰で楽に仕事ができたよ。ありがとう」


 聴き慣れた声がする方に身体を向けるとグデングデンに酔いつぶれたリンに雛野が肩を貸しているのだが、二人とも何も着ていなかった。


 見ただけで、上の温泉でたらふくお酒を飲み、楽しい時間を過ごしたかが容易に想像できる。


 自分が働いていたのにも関わらず、この2人は働く事なく遊んでいたと思うと滅茶苦茶羨ましく感じてしまうのだ。





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