2.大変な除霊

「それってどうやったらわかるのさ」

「いつも俺がお前のためにやってる調査をするんだよ」

 とはいってもここはただの民家だ。とすれば仮に何か霊何かがいるのだとしても、この家に関わることくらいだよな。

「草刈さん、この家にいわくとかはないの? 昔人が死んだとかさ」

「大家さんもそこは1番気にしてるんだけどさ、ないんだよ。この家が建ってから誰も死んだりしてないし、建つ前は田んぼらしくてやっぱり何もない」

「ですよね」

 逆城町は古くからの門前町で、なんやかやと曰くがある場所も多いのだが、俺のフィールドワークの知識でもここは江戸時代より前から由緒正しく田んぼだった。遺跡があるとか災厄が起きたとか、そんな過去にも記憶はない。

 けれども太郎はキラキラした目で俺の袖を引っ張る。

「ねぇ、俺さ。音がするの聞いてみたいんだけど」

「はぁ?」

「だって音がして物が動くんでしょう? 誰も住んでないから泊まったっていいじゃんか」

「そりゃぁねぇ、今日明日で鍵返さなきゃいけないってもんでもないけどさ」

「俺は帰るぞ。付き合ってられん」

「えぇ~」


 それに酷く嫌な予感がする。ここにいるとよくないことがわかる。

 俺は訳の分からないことに巻き込まれやすいのだ。『巻き込まれ体質』だとうちのゼミの奴にも言われた。太郎は放っておいても色んな意味で守りが効いているから方っておいても大丈夫なんだろうけれど。

「でも泊まりたいもん」

「太郎ちゃんは仕方ないねぇ。じゃあ後で布団を運んできてあげるよ。あと電気と水は止まってるから夜は真っ暗だし、風呂トイレは近くの銭湯と公園のトイレを使うんだよ」

「えぇ。金井、充電器貸して」

「仕方ねぇな」

 馬鹿野郎帰るぞと怒鳴りつけても構わないが、それをすると半月は根に持ってブツブツ言うのだから始末が悪い。やけにはしゃぐ太郎を置いて帰って迎えに来た翌朝、太郎は興奮冷めやらぬ様子で俺の肩を揺さぶった。

「なんか出た! なんか出たよ! ねえねえお化けだよ! 本当にいた!」

「ふうん、お化けねぇ」

 太郎の言葉で俺はますます嫌な気分に陥った。

 太郎は本人がどう思っていたとしても、超が付く程の陰陽師だ。そして妖かしの類が見える俺はここは何だか嫌な感じはするけれど、そこまでヤバい気配は感じない。先週見に行った、というか今から行く遊園地の現場はこの世の終わりかというほど悍ましい気配が辺り一帯を汚染していたが、ここはまぁ、いうなればちょっとだけなんか嫌だな、という程度なのだ。

「こんな除霊感があるの初めてだよ! 初めて仕事する感じ! そんで何唱えればいいの? 屋船命やふねのみことのやつ?」

「そりゃ地鎮祭用だろ。家建てる許しを得るわけじゃないんだからさ」

「んーそっか。じゃぁ何」

「ここは諦めたら?」

「ええなんで。やだやだ。絶対祓う。祓うんだから!」


 太郎はばたばたと手足を動かした。全く聞きやしねぇ。

 本当に面倒だな。この家をどうにかする道筋はわからなくもない。けれどもこんな馬鹿馬鹿しい話ったらないぜ。大家は喜ぶかもしれないが、太郎にはなんのプラスにもならない。目に見えている。

 だがまぁ、よく考えたら太郎が初めてこれ系の仕事を自分取ってきてまともに金をもらおうとしているわけだから、それはそれでいいのかもしれん。

 仕事するという成功体験? そういうものも必要な気がする。毎回毎回手伝わされるわりに騙されてないのかと愚痴られるのには飽きてきた。そろそろ陰陽師という自覚を持ってほしいが……役にたたんのだろうな。

「うまくいかなくても俺のせいじゃないからな。怒るなよ。その条件なら手伝ってやる」

「祓えなくても怒ったりしないよ。金井のせいじゃないもん……」


 そういう意味で言ったんじゃぁないんだがな。

 太郎が妙におどおどと俺を見るのは自分にはお祓いなんてできないよな、という自信のなさが根底にあるからだろう。お前の力だ、と言っても一向に納得しないのだ。

「じゃぁ今晩は一緒に泊まるよ。1泊だけだからな」

「そう? よかった。助かる。実はちょっと怖かった」

「それでどこらへんから音がしたんだ」

「んと、あの辺」

 それで太郎が指差したのはリビングに繋がる和室の押入れの上部辺りだった。

 なるほどね。想像が確信に変わる。

「それより先に市の仕事を片付けようぜ。車出してやるからさ。それで夜に帰ってくる・・・・・・・からな」

「わかった」


 装束に着替えさせて車に乗せて、地獄の釜かと思うほどの瘴気漂う掘削地で俺が調べた祝詞を唱えさせると、それは綺麗さっぱり消え失せた。本当にもう全く。

 俺が指示して掘らせたところから出てきた小さな木棺を太郎に持たせる。工事の人間も木棺の禍々しさと清められた場の空気がわかるのか、感謝をその表情に滲ませながら太郎に深く頭を下げた。

 太郎も何がなんだかわからないままペコリと頭を下げた。

「ねぇね、なんでこれがあそこに埋まってるってわかるのさ」

「みるからにヤバそうな瘴気が土中から漏れ出てたからな」

「徳川の財宝とか見つけらんないの?」

「俺は金属探知機じゃない」

 この木棺の中身はおそらく古い神に奉られたなにかの術具で、霊障がないほどに太郎が清めたら俺がもらって研究材料にするのだ。太郎としては適当に神棚において朝晩水を替えるだけの簡単な作業らしいが俺には正気の沙汰とは思えない。


 市役所に寄って完了報告を済ませる。

 担当者が現地確認をした後、太郎に大金が振り込まれる寸法だ。だから今日は前祝いで、チェーンの焼肉屋で少し遅い昼飯をご馳走になり、土御門神社まで送ってほそぼそとした日課の仕事をさせて、夜に件の一軒家に舞い戻るのだ。

「晩飯は弁当を予約しとくから食わずに待っておけよ」

「わかった」

 本当の重大な問題はすでに終わった。こっからは実にどうでもいい時間の始まりだ。

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