§009 決意
「だから、そんな凝り固まった考えは捨ててしまえと言っているのです!」
「え、」
私は耳を疑いました。
それはそうです。
ビオラが私に盾突いたことなんて今の今まで一度も無かったのですから。
私は驚いて、目を見開いたまますぐさま彼女に目を向けます。
するとどうでしょう。ビオラが泣いていたのです。
あの感情を表に出すことの無いビオラが、顔を真っ赤にして、幾粒もの涙を流しながら。
ビオラは今まで私にここまで強く物を言うことはありませんでした。
そのビオラが今、感情を剥き出しにして、私に訴えかけてきているのです。
「『魔女』とか『人間』とかどうでもいいじゃないですか。わたくしは『魔女』だからラフィーネ様をお慕いしているのではありません。ラフィーネ様がラフィーネ様であるからお慕いしているのです」
ビオラは涙ながらに自身の気持ちを吐露します。
「わたくしの大好きなラフィーネ様が……『魔女の力』も無いのに一人で旅をなさるなど心配で心配で……。万が一、ラフィーネ様にもしもの事があったら……わたくしは……」
私はその言葉の一つ一つをしっかりと胸に刻みます。
「だからどうか……お願いです。わたくしのわがままを聞いてくださいませんか。自分で自身を守れるようになるまででいいですから。……どうかお願いします」
嗚咽を漏らして崩れ落ちるビオラ。
私はもうこれ以上言い返すことができませんでした。
もちろんビオラの勢いに面食らったという理由もあります。
けれど、何よりも私の心を動かしたのは、ビオラが私の身を一番に案じてくれていることが伝わってきたからです。
これでは私はビオラの意見を飲むほかありません。
私は軽く嘆息すると、蹲るビオラを抱きしめます。
そして、ゆっくりと視線を上げ、ハルトに視線を移します。
「あ、あの……」
「ああ、湿っぽいのはやめよう。これはあくまで俺とメイドとの交換条件だ。俺はこの塔から安全に帰りたい。お前は世界を見て回りたい。そんな利害が偶然にも一致したギブアンドテイク。そういうことでいいだろ?」
「いや、そういうわけには……」
「うるせーな。俺がいいって言ってるんだからいいんだよ。だからそんな媚びるような視線を俺に向けるんじゃねーよ、バカ」
「なっ!」
バカ……バカ……バカ……。
せっかくこっちはしおらしくお願いしようと思っていたのに、それを媚びるだの、バカだのなんてデリカシーの無い人ですか。
私はついカチンと来てしまって、先ほどの悪態と同様の勢いで、新たな仲間に暴言を吐き散らします。
「ええ、バカで悪かったですね。レベル1の最弱キャラで悪かったですね。そうですよ、これは交換条件です。まあ、私としてもまたいつ世界を滅亡させたくなるかわかりませんし、貴方をいつでも殺せるポジションにいられるのは願ったり叶ったりですけどね。それに元はと言えば、貴方が私をひと思いに殺さないからこんなことになったんです。換言すれば、これは私を生かした貴方の責任です。だからこの責任は一生を以て償ってもらいますからね」
はぁ……はぁ……。
これだけ言えば、悪口対決もきっと私の勝ちですよね。
そう勝ち誇った気分でいると、腕の中のビオラがくすりと笑いました。
「ラフィーネ様、全然悪口になっておりません。むしろプロポーズに聞こえます」
「はい?! あ、あれのどこがプロポーズなんですか!」
「『この責任は一生を以て償ってもらいますからね』です」
「/////////////」
そんな私の反応を見たハルトとビオラが一斉に笑い声を上げます。
「まったくとんでもない爆弾娘を掴まされたもんだな。さすがに一生償わされたらこの塔からの脱出だけじゃ全然釣り合わないぞ」
「その場合はわたくしめが仲人を務めますゆえ」
「ってちょっとビオラ! 適当なことを言わないでください!」
「ラフィーネ様、私は本気でハルト様を婿にと思っておりますよ?」
「/////////////」
「/////////////」
と、そうこうしているうちに下層から軍勢の足音が聞こえてくる気がしました。
それを聞いて、さすがに皆、笑いを収めると、ビオラが口を開きます。
「雑談が過ぎましたね。わたくしとしたことが申し訳ない。王国軍は現在48階層まで突破した模様です。早急に脱出ルートまでご案内いたしますので、御二方はわたしくに着いてきてください」
そう言って背を向けたビオラは足早に『蒼天の間』を後にすると、私達を別の部屋に案内します。
ビオラが指し示す先。
そこには――何とも趣味の悪い滑り台が設置してありました。
「え、まさかこれで脱出するんですか?」
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