第3話 世界のルール、初めての夜

「ここは誰かに忘れられたものが集う終着駅──駅長にそう説明されたのは覚えてる?」

勇太はこくりと頷いた。

「あたし達の仕事は、どこからともなくこの終着駅に辿り着いた車両の確認。忘れ物を倉庫に運ぶの。それを仕分けする。傘なら傘。アクセサリーならアクセサリー……みたいな感じで。たまに本や新聞があれば、国ごとに分けておく。駅長の仕事はそれをひとつずつ見聞すること──らしいけど、あたし達にはよく知らされてない」

「それで、戻る手掛かりっていうのは……?」

キヨに勇太の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「その前に聞いておきたいんだけど"あんたは本当に帰りたいと思っているの?"」

心臓を強く握られた気がした。

ここに来た時に自分が持っていたのは社員証だけ。朧気ながら、働いていた頃の記憶はある。だが、あの場所に帰りたいという強い想いはなかった。しかし──。

「帰らなくちゃいけない気がする。それがどこなのか、思い出せないけれど」

そう告げるとキヨは皮肉げに笑った。

「そう。だったら早く思い出せるといいわね。まぁあんたの帰りを待ってる人がいるのか謎だし、その人があんたを思い出すかもわからないけど」と、どこか投げやりな口調だった。

「キヨさんは、この場所から戻っていった人を見てる……?」

意を決して訊ねると、彼女は居心地悪そうに宙を見上げた。それからぽつりぽつりと語りだす。

「あたしがここに来た時はね、親友と一緒だったの。女学校も同じでいわゆる幼なじみってやつ。あの日は働きはじめてから、初めて休みが被った日で銀座をぶらぶらしてた。買い物をして楽しくて、上機嫌で電車に乗ったの。そして……気づいたら揃ってここにいた。昔から怖がりな親友は最初はメソメソしていたけれど、だんだんとここでの仕事に慣れていった」

キヨは一度、ふぅと溜め息を吐いた。

「ある日いつものように忘れ物を集めていたら、彼女は突然泣き出したの。新聞を握りしめて。理由を訊いても教えてくれなかった。戸惑うあたしを置いて彼女は一目散に駅長のところに走っていった。慌てて追いかけたんだけれど、私が見たのは彼女の背に手を添える駅長と、虹に向かって歩く後ろ姿。それから駅長に問い詰めた。『あの子をどこにやったのか!?』ってね」

「駅長は、なんて……?」

「『彼女は忘れられていなかった。そのことに彼女自身も気がついた。だから在るべき世界に戻っただけだ』ってね」

そこまで話し終えると、キヨは顔を手で覆った。

「喋り過ぎて疲れた。あたしはもう寝る」

彼女から漂う悲壮感に、どんな慰めの言葉も浮かばなかった。

「ありがとう、おやすみ」とだけ、声を掛ける。

去り際、キヨは思い出したかのように言う。

「それと、ちぃは一人じゃ寝れないから今晩はあんたのところに来るかもね。面倒見てやんなさい」

「……へ?」

そう言い残して去っていくのと入れ替わりに、「ユーター!」と元気よくちぃが部屋に跳び込んできた。

呆気に取られるこちらを無視して「ユータのお部屋、かっこいいね!」などと好奇心旺盛にキョロキョロしている。

「今日はね、ユータと一緒に寝たくて枕も持ってきたの」

どこか得意気にちぃは笑った。

見た目は成人男性だが、その振る舞いはどう見ても幼い少年だ。


<怖いから一緒に寝てもいい?>


頭の奥がずきりと傷んだ。

誰かの声がフラッシュバックした気がする。

深く考えようとした矢先、ちぃに「ねーねー!」と邪魔された。

「……仕方ないな」と言うと彼は満面の笑みを浮かべる。


こうして奇妙な世界での最初の夜は更けていった。

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