11.つくづく世話のかかる奴らだ


「やっとみつけた!!」


 息切れを起しながら立っている真昼がやってきた。

 彼女はずかずかと音を立てんばかりの足取りで老婆の前に立ち、両手を腰に当てる。


「おばあちゃん、なんで外に出るの!」

「私、なにも言われなかったわよ?」

「いやおばあちゃん外出許可もらってないから!ダメだから!」

「そうなの?」


 若干この老婆はボケが入っているらしい。元から言葉が通じないので老婆がボケているなんて思わなかった。

 老婆は病院へ戻る前に「ご飯を作ってあげたい」という要望で真昼は大きなため息を吐いた。

 真昼は自分に視線を送る。


『ミケ、おばあちゃんがアンタにご飯作りたいんだって』

『小娘の為に作るんじゃないのか?』

『私のは自分で作れるのおばあちゃん知ってるし』

「じゃあスーパーに行きましょうか。どうせ冷蔵庫すっからかんでしょうから」

『と言っているが』

「……しょうがないな」


 だが家に帰れば老婆に怯えているチビクロがいて物陰に隠れて震えていた。

 老婆と直接会うのは初めてではないだろうに、父親がいない状態で会うのは初めてだからなのか人見知りが起きていた。

 そんなチビに臆さず老婆はしゃがんでにこにこと笑っている。


「あなたがチビちゃんかしら」

『べ、別に僕何もしてないもん』

『おばあちゃんは、チビに挨拶したいだけだよ』


 小娘がテレパシーでチビに伝えると恐る恐る顔を出してきたがそれでも小娘の足元に引っ付いている。小娘がチビを抱きかかえると安心したような顔をした。

 小娘に頼るくらいチビは大分小娘に懐いているようだった。


「ごめんおばあちゃん」

「いいえ。初めての場所だから興味津々だったんでしょう」


 小娘が老婆に対して何を謝っているのかは分からなかった。だが部屋の中身は大分変ったなということだけは分かるからそういうことなのだろう。白い紙切れがいっぱい散らばっている。

 老婆はそのままキッチンへ行き、買ってきた食材を取り出しては何やら作業をし始めた。

 何をしているのか気になるのでシンクの上に飛び乗ろうとしたが、それを真昼が抱っこして止めた。


『二匹はカゴに引っ込んでて』

『病院!?』

『掃除するの。今日はもう連れて行かないから安心して』


 私とチビは泣く泣く狭い籠の中に押し込められてしまう。チビは狭いカゴの中で大人しくしてくれないので一発パンチを食らわせればすぐに大人しくなった。

 とんとん、ぐつぐつ、じゃー。色んな音が食材の匂いと共に老婆のいる方から聞こえてくる。


 老婆の家に入ることは小娘が来る以前からよくあった。

 日当たりのいい縁側から畳の臭いがする居間、そして爺の写真が飾ってある仏間まで。

 飼い猫ではなかったが、老婆は私がこの家に入ることを歓迎したし、私が家を出ることも気に留めることもなかったが、このキャリーケースカゴと言い、猫用のトイレといい、たまに遊んでくれた玩具と言い、老婆は本当は私を歓迎しようと準備していたのだろう。

 死んだ爺が嫌がったのか、そもそも老婆になると猫を飼えなくなるのかその辺の人間のルールは不明だが、老婆の本気度が伺える。


「はい、おまちどうさん」


 カゴから出してくれたのは真昼ではなく老婆だった。

 私とチビの目の前にかつお節とツナ缶とご飯を混ぜたもの。それをお皿二つ出して私とチビクロの前に出した。

 その猫まんまを見て真昼は老婆に問いかけた。


「猫にご飯ってあげてもいいの?」

「さぁ?でも昔猫にあげるご飯って言ったらこういうものだったの」


 私は久しぶりのねこまんまを口にする。かつお節とツナの味。これまで食べた猫缶やチュールよりも美味しくない。チビも食べたことがあるのかハグハグと食べているが微妙な顔をしていた。

 老婆はにこにこした顔で私たちのことを見つめる。この老婆と私はもう二度と会えなくなるんだ。


『小娘』

『なに?』

『お前は私にこれを出すなよ』


 私は引き続きはぐはぐと老婆が作ったねこまんまを食べる。


「……分かってるよ。『おばあちゃんのねこまんま』がいいんでしょ?」

「にゃあ」


 小娘の言葉に老婆はあらあらと私の頭を撫でる。よせ食べている最中に撫でるな。

 チビは私たちのやり取りがよく分かっていないようで米粒を顔に付けたまま首を傾げていた。お前はまだ何も知らなくていいよ。


「さて、片付けましょうかね」

「うん」


 人間二人はそろって食事の後片付けをし始めた。


「この箱に大事なモノが入ってるからもしもの時はお願いね。自由にしていいから」

「それ前にも……うん、分かった」


 掃除の他にも色々引き出しから取り出しては説明を真昼は受けている。中には真昼も既に聞いていると思われる話もしているようで少々呆れたような顔をしていた。


「真昼がこの子たちの声が聞こえるの、子供の嘘だと思ってた。やすしも話してたけど、気の間違いだろうっておじいさんと話しててね」

「え……」

「でもどうやら本当みたい。今まで疑ってごめんね」

「……うん」


 真昼はえぐえぐと泣いていた。チビは何が何だが分からないまま真昼の足元でうろうろしていた。

 猫は言葉以外に尻尾や態度でコミュニケーションをしている。だが人間は言葉でしか伝わらないのに相手を試してみようとしたり、分かり切っていると信じ込んだりする。

 本当に人間というのは面倒な生き物だとこの二人を見て私は思った。

 次の日老婆は真昼に連れられて病院に戻ったのだった。

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