2.自分の弟子


 いつも通り朝の猫まんまを食べると、私はいつも通りあの草むらに寝転んでは自由気ままに毛繕いをしたり、眠ったりする。

 この草むらは日当たりもよく、他の人間が出入りを禁じているのか柵の近くに行かない限り誰も寄ってこないのでとても快適なのだ。年々私は眠る時間がとても長くなっているので尚更である。


「姐さんおはようございます!今日も毛並みが美しいっすね」

「あぁ、クロか」


 長年この地域をテリトリーにしていると、周囲の猫たちも私のような老婆に敬意を示してくる。

 目の前に居る黒猫のオスも子猫だった時は私が生き方を教えてやった猫の一匹だ。だが彼の後ろには見ない子猫が一匹くっついている。


「こいつは新入りか?」

「母親は最近他の子供と一緒に人間に捕まったんですが、こいつだけは逃げ足が速かったみたいで。近くに居た俺について来やがったんす」


 だがこの猫も毛並みは黒く、クロによく似ている。

 最近見かけないと思っていたが、そういうことかと合点がいった。


「……この前捕まったのはお前が懸想してたメスだろう。お前の子供なら面倒くらい見てやれ」

「なっ!」


 昔から態度に出やすいクロはあからさまにあたふたと慌てだした。

 野良猫は生きるために時折他の猫と最近の状況を聞く機会がある。私はずっとここに居座っているが人間が言うところのボス猫なので、よくクロのように声をかけてくる猫がいたのだ。もちろん彼が他のメスに懸想をしていたのは知っていたし、そのメスが最近子供を産んだことも知っていた。


「パパ、このおばちゃんだれ?」

「おい、こら!この方は!」

「三毛だ。よろしくなチビクロ」


 もうこんな歳だ。おばちゃんと言われて怒っても仕方ない。それに相手はまだ生まれて間もない子供である。

 しかし子猫を見るのは久しぶりだ。最近はどの野良猫も玉と胎を人間から取られる。私も昔子供を産んだ時に人間に捕まり人間の保護下にいたが乳離れすると子供たちは人間の手に渡ってしまい、私は子供が産めなくなった。子供たちも今はおそらく人間の家で快適に暮らしているのだろう。

 オスたちが近寄ってくる発情期がなくなったのはありがたかったが、子供が居なくなった後の絶望感はかなりのものだったが懐かしい話だ。


「お前の子供ということは、私の孫になるのか?」

「ね、姐さん……」


 クロが涙ぐんでいるような顔をする。このクロも幼い頃は私が狩りの仕方を教えてやったものだ。

 実際人間から餌をもらえる機会も少なくなり、自分で虫や肉になるものを狩らなければならなくなる。だから自分は多くの年下の猫に狩りの仕方を教えてやったりした。

 人間でいうところの先生と生徒のようなものだが皆等しく自分の子供のように接していた。だからこの小さなクロも自分の孫みたいなものだ。


「まごってなあに?」

「自分の子供の子供って意味だ」

「ミケさんはぼくのおばあちゃん?」

「のようなものと思っていいぞ」


 仲間の印として私は子猫の顔を舐めると子猫は気持ちよさそうな顔をした。オス猫がオス猫に毛繕いをすることは少ないが、私はオスメス関係なく毛繕いをする。長いことたくさんの猫の世話をしていたのだ。毛繕いはお手の物である。

 きっとこのチビも母親と引き離されて寂しい思いをしているのだろう。


「……うん」

「あざっす。姉さん。それじゃあ俺はもう行きます。行くぞ」

「おばあちゃんじゃあねー」


 にゃあと一鳴きして二匹はこの場から去っていった。あの子猫はかなり甘えん坊のようだ。あんなに可愛がるならきっとクロは子離れできないな。この地域で生まれた野良はあのチビが最期になるだろうとも。

 私はまたうとうとと眠り始めた。

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