最強の異世界転生者は、平穏な日常を送りたい

@novel0702

転生サラリーマン

第1話 終わりと始まりの日

ピッピッピッ!

ピッピッピッ!

ピッピッピッ!


いつもの時間に目覚ましが鳴り響く。

今日も一日の始まりだ。


妻と娘はまだ寝ている。

起きるまでの間に、朝食を準備するため下の階に降りる。


「今日はフレンチトーストにするか」


姓は森川もりかわ

名はまこと

34歳。


どこにでも居る一般的な見た目の男がだ、人生は少しだけ波乱万丈だ。


両親は高校生の時に離婚。

母親とは不仲だったため、父親について行った。

しかし、大学卒業と同時に父親は借金を残して蒸発。


生活を切り詰め、会社には隠して、給料手渡しの日雇い労働をして、何とか借金返済。

その後、若気の至りというか、勢いというかで同僚だった女性と結婚。


これからの人生は幸せな物にするぞと誓った。


嬉しいことに、すぐに子を授かり、妻には専業主婦になってもらった。

朝もやはく、帰りも遅いが仕事にはやりがいを感じていた。


しかし、家族を守るために働いているはずが、仕事を優先すれば、家族から非難される。

妻や子の体調不良があれば、遅刻や早退、欠勤をしてでも家族を優先しなければならない。

良いことをしているはずなのに、勤怠が悪いと職場で迫害を受ける。


産前産後の女性の精神の移り変わりや、目まぐるしく変化する赤子の機嫌に翻弄されながら、必死に家庭と仕事との両立を図ってきた。


どんな困難でも皆で幸せになるために頑張ろうと、自分に言い聞かせながら奮闘し、10年が過ぎた。



ある日の朝。


朝食を準備している時に、妻と娘が寝室からリビングに降りて来る。


挨拶はない。


コーヒーとフレンチトーストをテーブルに出すと、無言で食べ始める2人。


娘は小学校高学年。


思春期ということもあり父親嫌いが大爆発して口もきいてくれない。


妻とは冷め切った関係。


いったいどこで間違ってしまったのだろうか。


「あんまり味ない。砂糖」


妻が口を開いたかと思えば、出された朝食への不満。


苛立っても仕方がないと、砂糖をテーブルに出す。


お礼もなく、無言で必要な分を取る。


2人が食べている間に洗濯物を干す。


娘は無言で食べて、無言で席を立ち、学校へ行く準備を始めた。


昔は『パパ!パパ!』とよく寄ってきたものだ。


娘の小さい頃の事を思い出していると妻は食べ終わり、テーブルからソファに移動。


何も言わずにテレビをつけた。


「あー!ママ!それ私も見たいんだから今見ないでよー!」


録画していたドラマを再生した妻に、娘が言う。


「あら。じゃあ帰ってきたらケーキでも食べながら一緒に見ましょうか」


妻と娘は仲が良い。


「ははは。じゃあ今日はパパが早く仕事を終わらせてケーキを買って帰ろうか」


少しでもコミュニケーションを取ろうとするが、妻と娘は冷めた表情で会話を止める。


「一生帰って来なくていいんだけど……。はぁ……」


どちらが言ったのかは分からなかったが、かすかに聞こえた言葉とため息。


なぜ私だけが迫害されているのだろうか。


「ははは……。し、仕事に行ってくるよ……」


感情を押し殺し、片付けを済ませて職場に向かう。



職場までは電車で1時間程度。

人が多くない路線のため、毎日安定して座れる。

そして、移動時間にライトノベルを読むのが日課だ。


「はぁ……。この時間だけが唯一の癒しだな……」


学生時代に行ったことはオタ活と武道。

ゲームや漫画のキャラクターに憧れて剣道と空手を習った。

大した結果は残せなかったが両方とも有段者だ。

オタ活ではそれなりの結果で、ハマっていたMMORPGでは、強者ランキングでトップ10に入るハイプレイヤーだった。

朝まで仲間たちと『世界の平和を守るのだ!』などと言いながら、狩りをして、素材を集めて、錬金三昧だった。


しかし、社会人になってから、2つに当てられた時間は激減。

結婚してからは皆無となった。


往復の電車内で異世界系のライトノベルを読み、妄想にふけるこの時間だけが自由な時間だ。


職場に付き、意味があるのか無いのか分からないタイムカードを切る。

出社してから退社するまで、ろくに休憩も取れずに働き続ける。

激務が当たり前の社畜を極めている猛者ばかりだ。


疲れ果てて帰路につく。


「今日は少し早く終われたな」


家の最寄りの駅に着き、ケーキ屋の前を通る。


「まぁ無駄だろうけど……」


無駄とはわかっているが、家族関係の修復に努めないわけにはいかない。

3人分のケーキを買い、帰宅する。


「ただいま~」


もちろん返事はない。


しかし、なんだかいつもよりもリビングがにぎやかだ。


「もぅ~wタクヤさんったら~w」


タクヤ?

誰だ?


玄関に入り、靴を脱いでいると、知らない男の名前を呼ぶ娘の声が聞こえてきた。


「タクヤさんか~。まだパパって呼んでもらえないのが残念だよw」


知らない男の声が聞こえる。


パパ?

何のことだ?


「ごめんなさいね~。あいつ無駄に粘り強いから。なかなか切れなくって」


男の言葉に妻が続いて何かを話している。


まさか……。


バンッ!


扉を開けてリビングに入る。


そこには妻と娘と知らない男が居た。


「今の話はどういうことだ?」


聞かなくても分かる。

しかし、確かめなければ気が済まない。


「え!?なんでこんなに早く帰って来るのよ!?」


慌てて時計を見る妻。


夕食が要るのか要らないのかを知りたいからという理由で、数年前から退社する時に連絡をしてほしいと言われていた。

ひょっとしたらその時から不倫されていたのだろうか。

怒りと様々な憶測が、まことの頭の中を駆け巡る。


「良い機会じゃない。もう直接言って別れた方が良くない?」


慌てる妻とは対照的に、落ち着いた表情で娘が言う。

には小学校高学年。

口は達者でも、まだまだ子供。

この状況がどれほど罪深い事なのかが分かっていないようだ。


「あの……。えっとですね……」


男は何やら言いたそうだが、困惑して考えがまとまらない様子だ。


「貴様は黙っていろ!」


男を黙らせ、妻をにらむ。


「ふ、不倫してたのよ!わ、別れてもらうわよ!」


妻の口から出たのは謝罪ではなく狂った言葉。

強気な言葉で言い返せば、こちらが怖気づくとでも思ったのだろうか。


自分の中で何かが切れる音がした。

もう容赦する必要はない。

怒りのままに論破する。


後日弁護士から連絡をさせると言い、家から追い出した。


追い出した後に、不倫相手の男の家に行ったのか詳しくは知らない。


ただただたかぶる感情を抑え、暴力を振るいそうになる感情を抑え、出そうになる涙を抑えた。


家族の為に捧げた人生は、どこの馬の骨とも分からない男に奪われた。

やけになり、数年ぶりに酒を飲む。


「くそ……。なんでなんだよ……」


娘が小さかった頃に撮った家族写真。

笑顔溢れる幸せな家族だった時の写真を眺め、堪えていた涙が溢れ出る。

どれほどの酒を飲んだのだろうか。



「……ん?」


寝てしまっていたのだろうか。

目を開けると、真っ白な何もない広い空間に居た。


「やっと目が覚められましたね」



『ここはどこだ?』という思考を遮るように後ろから聞こえてきたのは、とても聞き心地の良い美しい声。

振り返ると、そこには純白の衣を身に纏う美しい女性が居た。

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