第27話 不思議な空間


「んっ、ここは...」


先程まで自分の部屋に居たはずだが、湊斗はいつのまにか目の前の景色がまるっきり変わっていることに気がついた。


「まただ...」


瞬きをしても、その最果てまで続く白い景色が変わることは無い。湊斗がこの景色を見るのは実は初めてではなかった。


「確か前回はれいかの実家で寝てた時だったか?」


前回ここに来た時に湊斗は散々な目に合っているので、ここでのことは。しかし、ここがどこなのかも分かるはずもなく、謎だらけの不思議なこの空間でただぽつんとひとり突っ立っていた。


(ここは夢なのか?いや、逆にそうじゃなかったとしたらとんでもないことだし、さすがに夢であってほしいところなんだが...)


“スタスタ”


初めて湊斗がここに来た時はしばらく歩いていると、何やら天に昇る階段があったので好奇心でそれを登っていたのだが、途中で巨大な白い球体が天から降ってきて、それに対処できなかったのか、湊斗はそこで目が覚めたのでそこからの記憶は無かった。


(前みたいに何かあるといいんだけどな...)


この真っ白な空間は本当に何も無いので、ただどこを見渡してみても視界にはただひたすら白しか映らなかった。本質的にはお先真っ暗なこの状況だが、この場合ではお先真っ白の方がしっくりくる。


「ここが仮に夢の世界だとして、これを創り出しているのは俺のはずなんだが、全然普通に喉渇くし、疲れるんだが...」


普段夢の中だと、夢を見ているのは自分自身なので自分がお姫様になりたいのだったら、自分がお姫様になる夢を見ればいい。つまり、自分の思い通りにできるのが夢なはずなのに、ここではそういうわけにはいかないようだ。


「痛っ、」


それに、さらに不思議なのが実際に喉が乾いたり、歩いて疲れた感覚があるということ。ここは夢の世界なのだろうかと思ったときにやりがちなのは、自分の頬を指でつねって実際に痛覚がその瞬間に伴うか。という方法で判断することがあると思うが、不思議なことにここでは痛覚は現実世界と同様に感じるようだ。


「全くどうなってるんだ...」


この考えれば考えるほど沼にハマっていくような感じがなんとも気持ちの悪さを感じさせた。


「早く前見たあの階段にたどり着きたいんだが...」


しかし困ったことに、ここでは一面同じ景色なので方向感覚がおかしくなり、自分が果たして真っ直ぐ歩けているのかすら危うかった。とぼとぼと足取り重く歩いていると、何やら小さな四角いものが遠くにぽつんと見えた。


「あれは...」


目を凝らしてじっくりよく見てみると、どうやらそれは小さな小屋のようだ。


(なんで小屋がこんなところに...)


「いや、むしろ今まで何もなかったし、これは喜ぶべきか?」


こんな何もない空間に無限に続く階段や、小さな小屋があるのも不思議だが、そもそもこんな非現実的な空間でそんなことをいちいち気にしていたら先が思いやられるだろう。


“スタスタ”


先程まで足取りは重く、一歩進むだけでも相当な気力が必要で大変だったのだが、そこに何かあるのではないかという好奇心と、もしかしたらこの何もない状況を打破できるのではないかという少しの希望から、自然と足は軽くなった。


(あともう少し、あともう少しだっ...)


気がつけば湊斗は走り出していた。何故かは分からない。もちろん疲労も溜まっているし、そこに特別何かあるという確証も無い。しかし、強く湊斗の全身が。心が。そこから引き寄せられていた。あるいは、誰かから呼ばれているような。そんな気がした--


“タッタッタッ”


「はぁ、はぁっ、はぁっ、」


ついに遠くから見えた小屋にたどり着く。近くで見ると木造建築で、今にも崩れそうなボロボロの状態だった。何故ここにあるのかは分からないが、今の湊斗には正直どうでもよかった。なので湊斗は問答無用にその壊れそうな扉を開けた--


“ガチャッ”


「.....」


しかし、やはりと言うべきか案の定というべきか。この何もない世界ではどうやらぽつりとある小屋の中すらも何もなかった。


「ははっ、本当にここは何なんだ...」


やはりここまで何もないと人は何か些細なものにも希望を抱き、それに向かって手を伸ばしてしまうのだろう。しかし、それはどこまでいっても些細なものなのだ。そこに何かあるなんてたった1パーセントも無いだろう。その1パーセント未満の希望にすがりついた結果がこれだ。当たり前と言えば当たり前。しかし、それでも少々くるものは確かにある。


“ポタッ、ポタッ--”


「あ、あれ?なんだ、俺らしくないな...」


「こんなことで涙を流すような男じゃなかったのにな...」と無様にも情けなく口から溢れた。


「れいか、助けてくれ...ここにいる俺を見つけてくれっ、」


いつもは麗華のことは湊斗が守ってきて、基本的には湊斗から麗華に助けを乞うことは無かったが、これは湊斗だけではどうしようもなかった。そこで不安な音が湊斗の耳に届いてきた。


“ミシ、ミシッ--”


「ああ、俺がドアを開けたせいか...」


“ミシ、ミシッ、バタンッ、ガラガラガラガラ---!!!!!ズドンッ、ガシャン---ッ!!!!ドドドッ、ズシャーーッ!!!”


「もうなんでもいいや、」そうぽつりと呟いたと同時に、古びた小さな小屋は凄まじい物音を立てて崩れ落ちる。そんな最中さなか、湊斗は誰かから呼ばれている気がした--


※※※


「--くん」


「みなとくん!うどん伸びちゃうよ!」


麗華が湊斗を起こしに来てやっとのことで目を覚ました。


「あ、あれ?俺もしかして寝てた?」


「うん、全然声掛けても起きなかったよ笑」


「ごめん、いつの間にか寝てたみたい」


「疲れが溜まってたのかな?うどん、もう出来てるから一緒に食べよ」


リビングから出汁の優しい良い香りがしてきたので、一気にお腹が空いてきた。


「「いただきます」」


「すごい美味しそう」


うどんはもう汁を吸って既に伸びきっているかと思ったが、どうやら湊斗が寝ていたのを考慮して麗華はつゆだけを先につくり、うどんは茹でていなかったようだ。


「そう言えば、みなとくんがお昼寝なんて珍しいよね」


普段湊斗は少々疲れていても昼間に寝ることはなく、しっかり夜に眠るタイプなので麗華は不思議に思った。


「うん、いつの間にか寝てたからね。自分でもびっくりだよ笑」


(ああ、いつの間にか自分の布団で寝てたんだ。本当に気がつけばベッドに倒れてて--。あれ、何か夢を見ていた気がしたんだけどな...まあ、気のせいだろうか?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る