第3話 魔物と魔法使い、幼馴染を添えて
「はぁはぁ……もう追いかけて来てないわよね?」
「……たぶんっ…………大丈夫っ」
化け物たちが見えなくなったのを確認して立ち止まる。
完全に撒いたとは言い難いが、一応は危機を脱したと言えるだろう。
辺りを見渡してから、俺たちは揃って腰を下ろした。
「……ねえ氷夜。あの化け物たちは何なの?」
「あれはたぶん魔物だな。明らかに魔力を感じたし」
「魔物? それってゲームとかに出てくるモンスターみたいなのと考えればいいのかしら?」
「ピンポーン! 大正解!」
仰々しく相槌を打ちつつ、俺は続ける。
「普通の動物とは違って魔法を使ったり、魔力を内蔵している生物のことを魔物っていうんだよ。魔物って言っても街にいるのは飼われているやつだから、基本的に人を襲ったりしないはずなんだけど……」
「思いっきり襲われたんですけど?」
「あはは。それなんだよなぁ」
――街中で魔物に襲われる。
それだけなら別にありえない事態ではないのだが、何かが引っかかる。
異世界から人がやって来るだけで凄い確率なのに、暴走した魔物に遭遇するなんて、そんな偶然があるとは思えない。
さっきの魔物たちにしてもそうだ。
暴走した魔物だったらお互いに攻撃し合っても不思議じゃないのに、
妙に統率が取れていたような気がする。
「……なぁ小春さんや。さっきの魔物たち以外にも追いかけられたりしなかったか?」
「ううん。他にはいなかったと思う」
そこまで言ってから、小春は思いだしたかのように言葉を漏らした。
「あ、でも魔物に襲われるちょっと前に変なおっさんに絡まれたわね。あまりにもしつこく絡んできたものだから、股間を蹴り上げて逃げちゃったんだけど。もしかしてそいつの仕業?」
「その可能性はあるな」
小春が出会ったという変質者が復讐のために魔物を使役して小春を襲わせたと考えると確かに整合性は取れる。
しかし、そうは言ってもこれはあくまでも可能性の話に過ぎないわけで。
決定的な証拠と言うには少し物足りないような……
「ひよよん? ちょっといいかな?」
「――っ!?」
唐突に名前を呼ばれ、思考が途切れる。
ひよよんなんて変わったあだ名で俺を呼ぶのはこの世でただ一人しかいない。
「……メ、メロアちゃん?」
恐る恐る振り返りながら問いかけると、彼女は軽やかに空から降りてきた。
「あはは……驚かせちゃってごめんね」
ウェーブのかかった薄紫の髪をひらひらとさせながら現れたのはグラマラスな美女。
メロアちゃんは神秘的なアメジストの瞳を伏せながら、気まずそうに頬をかく。
「なんか二人が良い感じだったから話しかけにくくて……」
「いやいや、そんなの気にしなくていいのに」
氷夜くんはいつでもウェルカム。
こちらが気を遣うのはまだしも、メロアちゃんに余計な気を遣わせたくはない。
とはいえメロアちゃんから俺らの仲がそう見えたというのはシンプルに喜ばしいことだ。
「そっかそっか。イイ感じだったかー。いやー氷夜くん照れちゃうな……」
「――別に仲良くないけど」
「「え?」」
思わず俺とメロアちゃんの声が重なる。
え? そこまで否定しちゃうの?
「――仲良くないわよね?」
「あ、うん。間違いないです」
「そ、そうなんだ。なんか…………ごめんね」
「いやいや気にしないで……」
なんて落ち込むメロアちゃんをフォローしていると気付く。
「ってあれ? なんで俺くんがフラれたみたいな空気になってるの? おかしくない? 氷夜くん告白もしてないのにっ!」
「そんなのどうでもいいでしょ」
心底興味がないとばかりに小春は俺の抗議を一蹴した。
ほんと、俺のことなんだと思ってるんだろうか。
べ、別に悲しくなんかないんだからね。
「それより氷夜はこの人と知り合いなの?」
「もちろん。こちらはメロア・クラムベールちゃん。人呼んでメロアちゃん。この国の王様に仕えてる凄腕の魔法使いだよ」
「……ふーん」
「えへへ。ひよよんてば大袈裟だよぉ」
顔を赤くして謙遜するメロアちゃん。
だが俺の言葉は誇張などではない。
若干17歳でおよそ存在するすべての魔法を極めた大天才にして、このアルカヌム王国で最強の力を持つ魔法使い。
それがメロアちゃんの正体だ。
「ってちょい待ち。なんでメロアちゃんがここにいるの? 今日はお城でお勤めがあったよね?」
「うん。そうだよ。でもさっき見回り中の憲兵が暴行を受けたって通報があってね。アキ……殿下の命を受けて調査しに来たの」
「へぇ……そんな物騒なことがあったんだ」
「うん。被害にあったおじさま曰く、犯人はへんてこな恰好をした女の子みたいなんだけど何か知らないかな?」
ん?
へんてこな恰好の女の子?
俺の脳裏にある可能性がよぎる。
「これってもしかして……」
「ええ。私ね」
「どっ! どうしてよりにもよって憲兵に? 小春がそんな子に育ったなんて氷夜くん聞いてませんよっ!?」
「私だってそうだと知ってたらしてないわよ! 仕方ないでしょ? なんか言葉も通じなかったし、怖かったのよ!」
どうしようどうしよう。
事の重大さに慌てふためく俺たちに、メロアちゃんは眉尻を下げながら尋ねてくる。
「えーっと。じゃあこの子が犯人ってことで良いのかな?」
「ま、そうなっちゃいますね。だけどこれには深ーい事情がありまして……」
このままでは小春が犯罪者になってしまうので、俺はメロアちゃんに事の顛末を話すことにした。
――魔物に襲われていた女の子を助けたこと。
――その子は俺の幼馴染の鈴崎小春だということ。
――小春はこちらの世界に来たばかりで何も知らなかったということ。
「…………」
メロアちゃんは突拍子もない俺の話を真剣に聞いてくれていた。
やがて俺が全てを話し終えると、メロアちゃんは深く息を吐いた。
「……そんなことがあったんだ。大変だったね。ひよよんたちが遭遇したのは捜索用の使い魔だと思う。犯人を捜すために何体か街に投入してたから」
なるほど。
さっきの魔物はそういうことか。
どうりで連携が取れていたわけだ。
「憲兵のおじさまには私の方から説明しとくよ。たぶん笑って許してくれると思いう。それよりも怖い思いさせてごめんね。えーっと……」
「小春でいいわよ。魔物の件については私も悪いからお相子ってことで」
「……わかった。それじゃ小春。大変な目に遭ったばかりで悪いけど、メロアと一緒にお城まで来てくれないかな? 他の世界から人が迷い込んできたら王様の下へ連れて行く決まりになってるの」
「……城ってここからも見えるあの城?」
「うん。ヴァイスオール城っていうんだよ」
「ねえ、氷夜…………」
メロアちゃんの言葉を受けて、小春がちらりと俺を見る。
わざわざ言葉にしなくてもその意図は十分理解できた。
「行っていんじゃない? てか俺くん的にはむしろ行くべきだと思う。お城に行けばもっとこの世界のことについて教えて貰えるだろうしさ。かくいう俺くんもお世話になっているわけですよ」
「そうね。このままここにいても仕方ないもの。お願いするわ魔法使いさん。私を城に案内してくれない?」
「お安い御用だよ」
朗らかな笑顔を見せたのもつかの間、メロアちゃんは恐ろしいことを口にした。
「ついでにひよよんも一緒に来てね」
「え? 俺も?」
「だって『氷夜の馬鹿を見つけたら連れてこい』って殿下が……」
完成度が低い王の真似を披露してくれるメロアちゃん。
それ自体は非常に面白いのになぜか悪寒がしてくる。
俺は何をしでかしたというのだろう。
「お城ってどんな所かしら? 氷夜は行ったことあるのよね?」
「あるよ……てかすぐわかるよ」
「どういうこと?」
「……そのまんまの意味です」
「ん?」
テンションだだ下がりの俺と、まだよく分かっていない小春をよそに、
「それじゃあ、お城へレッツゴー!」
メロアちゃんは高らかに魔法を唱えた。
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