SS 動物も治そう


 ある日のことだ。

 屋敷の裏庭に、一匹の子犬が迷い込んでいた。

 それを発見した奴隷が、俺に報告してきた。

「エルド様、こんな子犬を見つけました……どうしましょうか」


 俺は子犬を受け取って、見てみることにした。

 子犬はひどく汚れていて、弱っていた。


 よくよく身体を調べてみると、大きなけがをしていることがわかった。

 怪我をして、逃げてきたのだろう。

 そういえば、と思う。


 俺はいままで、かなりの数の人間を治療してきた。

 けれども、動物を治したことがないな……。

 俺の回復魔法は、動物にも有効なのだろうか。

 物は試しだ。

 俺はその弱った子犬に、回復魔法をかけてやることにした。


「えい! エクストラヒール!」


 すると、子犬の身体が発光し、傷が癒えていった。


「よかった……」


 どうやら俺の回復魔法は、ちゃんと人間以外にも作用するようだ。

 と思ったのもつかの間、今度は傷が癒えただけではなく――


 どんどんとその子犬の身体が、大きくなっていくではないか!


「なななななんだこりゃ……!?」


 子犬の巨大化は止まらない。


 みるみるうちに、子犬は人間の大人くらいのサイズにまで成長した。


「ど、どういうことなんだ……?」


 そこにいたのは、もはや子犬ではない。

 美しい、白狼。

 ふかふかの毛並みが美しい、巨大な白狼がそこにはいた。

 そして白狼は黄色の鋭い目つきで俺のことを見下ろすと、


 喋った。


「人間よ……我を治療してくれて、まことにありがとう。御礼もうす」


 は……?

 なんで犬がしゃべってんの?


「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」


「そりゃあしゃべるくらい、我には造作もないことだからな。我は銀白狼――まあ、フェンリルといったほうがわかりやすいだろうか」


「ふぇ、フェンリル……!!!!?!?」


 フェンリルっていったら、ゲームとかでもかなり強い上位の魔物だ。

 さっきまで子犬だったのに、こいつがフェンリルだっていうのか?


「ど、どういうことなんだ? さっきまであんなに小さくて、かわいらしかったのに……」


「ケガをしていてな。そのせいで魔力が弱まり、元の身体を維持することがむずかしかったんだ。エネルギーを節約するために、子犬の身体になっていた」

「そういうことなのか……」


 すると、フェンリルのお腹の虫がぐうとなった。

 凛々しい顔のフェンリルとのギャップがすごい。

 さっきまですました顔をしていたフェンリルが、少しうつむいて恥ずかしそうにする。


「腹が減っているのか」

「どうやらそうみたいだ……」


「よし、ちょっと待ってろ」


 俺は屋敷の調理場から、肉の塊をもってきてやった。

 なんの肉かはきくな。


「よし、食え」

「いいのか? 身体を治してもらったうえに、食料まで恵んでもらってしまって……」

「ま、ついでだ。いいってことよ」

「ふふ、親切なのだな、人間よ」


 フェンリルは肉の塊にうまそうにむしゃぶりついた。

 一瞬で肉を平らげてしまったあと、フェンリルはしばらく考えこむと、こんなことを言い出した。


「よし、我は決めたぞ」

「なにを……?」

「おぬしを主と認めよう。しばらく、主に恩を返すために尽くさせてもらうぞ」

「えぇ……!? 俺に……!?」

「なに、フェンリルの寿命は長い。ほんの暇つぶしさ」


 ということで、フェンリルが仲間になった。

 奴隷以外で初めて出来たしもべだ。

 フェンリルにはフェンと名前をつけた。

 屋敷の庭で放し飼いをすることになった。

 でも、寝るときのために小屋でもつくってやらないとな。

 俺はさっそく建築奴隷たちにフェンの小屋を制作するように命令した。


「主よ。またあの美味しい肉をたのむぞ」


 ペロリと舌なめずりをしながら、フェンはいう。


「結局それ目当てかよ……」

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