第10話:新しい一歩

「ミノタウロス、倒してきました。これ、魔石です」

「はい? いえ、失礼しました。マイスさん、パーティーを組んでいたのですか?」

「いや、見学しようと中を覗いたら全滅しそうだったので、助けに入りまして」

「…………」


 ミノタウロス撃破後、オレはフォミナと一緒に気絶した男二人を連れてダンジョンを脱出。

 まだ二人とも生きてるので、近くの教会に運び込んだ。この世界では、聖職者が医者も兼ねている。ちょっとお金はかかるが、あの二人は無事に回復し、今は念のため入院している。


 その翌日、しっかり眠ったオレはフォミナと共にギルドに報告に来たという次第である。


「事実です。私達は彼に助けられました。報酬もマイスさんに全額でお願いします」

「いや、フォミナさんに援護して貰ったからだし、そこは半分でいいよ」

「それは悪いです。命を助けて貰ったわけですから」

「正当な報酬だと思うけれど」


 事実だ。フォミナの援護がなければオレも危なかった。助けに入ったのは確かだけど、報酬を全部もらうわけにはいかない。


「では、こちらから報酬を出しますので、お二人で話し合ってください。撃破についてはマイスさんを協力者として、共同撃破にしておきます」


 言い争いを始めたオレ達を気遣ってか、いつもの受付嬢さんがそんなことを言ってくれた。

 たしかに、受付で話しててもしょうがない。場所を移したほうがいい。


「じゃあ、それで。いつもすいません」

「いえいえ、ところでマイスさん、フォミナさんとはお知り合いですか?」

「学園の同級生というだけですよ。たまたま会っただけ」

「なるほどなるほど。時に、今度ちょっとお食事にでも……」

「マイスさん、報酬を貰って外に行きましょう」


 受付嬢さんの言葉を遮って、フォミナが言ってきた。なかなか強引だな。受付嬢さんの目もなんかちょっと恐かったし、まあいいか。


「……ちっ。報酬です。戦利品についてもちゃんと話し合ってくださいね」

 

 何故か舌打ちが聞こえた気がしたが、とりあえず報酬は受け取った。


「マイスさん、あの受付の方と仲良しなんですか?」

「いや、特にそういうことはないけれど?」


 外に出るなり不思議なことを聞かれたが、オレには全く見当もつかない。いや、柵木を売る度に親しげに話されてた気もするな。たしかこのゲーム、取引を繰り返すとNPCの好感度が上がってイベントが起きるシステムもあったはずだが。

 

「ならいいです。気を付けてください。マイスさん、活躍してるから、狙ってる人多いらしいですよ」

「そんなことになってたの? 全然そんな気配なかったけど」

「毎日ギルドとダンジョンを往復してるから、話しかける隙もないという評判を聞きました」

「なるほど……」


 効率重視の攻略方針が良かったのか悪かったのか。ここは良かったと思っておこう。


「次は魔法屋にいくつもりだけど、先に精算の話する?」

「それはマイスさんのもので良いです。ミノタウロスの落としたアイテムも、マイスさんのものです」

「それはありがたいんだけどね」


 ボスは確定で落とすドロップ品が設定されている。ミノタウロスの場合は火の腕輪。火属性耐性が+三〇%という高性能アイテムだ。金よりもこっちのほうがありがたい。


「腕輪は貰うから、報酬は半分受け取ってよ。なんならあいつらの治療費に充てて欲しい。手切れ金代わりに渡しちゃえばいい」

「……検討します」


 回復したけど、あいつらも大分落ち込んでた。今ならフォミナも縁を切れるだろう。


 そんなことを話しているうちに、オレ達は魔法屋に到着した。


「あら、いらっしゃーい! マイスちゃん! あら、今日はかわいいお友達も一緒なのねぇ!」


 いつも通りのテンションのおばちゃんが現れた。


「どうも、こんにちは。今日も買い物に来ました」

「…………」

 

 オレの横で、フォミナが固まっていた。なかなかインパクトの強い店主だからな。


「まずはこの封技石をオレに付けて欲しいんですけれど」

「あら、面白いもの持って来たわね。こっちいらっしゃい」

 

 カウンターで<貫通>の封技石を渡すと、おばちゃんはニコニコしながら奥にある儀式部屋に案内した。

 フォミナに店内でも見ていてくれと頼んで、そちらについていく。


 儀式部屋は狭い。四畳半くらいしかない。床に魔法陣、その前に魔法屋の立つスペース、それだけの空間だ。

 室内に入ったオレはおばちゃんの指示のまま動く。


「じゃあ、陣の真ん中に立って。はい、そこで立つ。気を付け! はい、そのままちょっと待っててねぇ。 ……ぬおおおぉおぉぉ! はあぁぁぁっ!」


 杖を手に持ったおばちゃんが凄まじい気合いと共に何かをすると、魔法陣が輝く。それに呼応するように預けていた<貫通>の封技石が砕け散り、輝く淡い光がオレの胸に吸い込まれていく。


「これで……儀式は……完了よ……。いい……スキル持ったわね……。はぁっ、はぁっ……」

「あの、大丈夫ですか?」


 おばちゃんは滅茶苦茶疲れていた。封技石を使う儀式、そんなに疲れるのか。なんか申し訳なくなるな。


「気にしないでいいのよ、仕事だから。心配なら、今度肩でも揉んで貰おうかしら、二人きりでね」


 なんだろう。まさか足繁く通う内におばちゃんの好感度も稼いでしまったのだろうか。


「いやオレ、近いうちに町を発つと思いますんで」

「あらそう。寂しくなるわね。ちゃんと挨拶に来るのよ」

「それは勿論」


 スキル<貫通>の取得。メイクベの町でやるべきことは終わった。多少の予定外はあったけど、オレは次に進まなくてはいけない。

 それはこの後、フォミナにも伝えるつもりだ。


「マイスちゃんと会えなくなるのは残念だけど。冒険者だものね。貴方の行く先に良い冒険があることを祈ってるわ」


 儀式室を出る前に、人懐っこい笑みを浮かべたおばちゃんが優しい声音でそう言ってくれた。


「封技石の儀式にしては長かったですね」

「ちょっと世間話だよ」

「安心しなさい、お嬢さん。常連さんとは長話もしたくなるものよ」


 店内で待っていたフォミナに軽く説明し、オレはすっかり見慣れた店内で、消耗品の補充などをした。

 この店で買い物するのも多分これで最後と思うと、ちょっと寂しく感じた。


 昼になり、オレ達は喫茶店にいた。ギルドの外で再会し、初めて話したあの店だ。

 今回もフォミナは甘い物を多めに食べて、幸せそうにしている。

 見てたら食べたくなったので、オレはケーキセットだ。レモン風味のチーズケーキとコーヒーはとても美味しい。色々整った異世界は本当にありがたい。


 食事ついでの話題は、今後の話である。


「ギルドの後にここで話しても良かったと思うんだけれど」

「いいじゃないですか。ちょっとマイスさんが通ってるお店に興味があったんですよ」


 どういうことだろうか、そんな変わったことはしていないはずだけど。

 顔に出ていたんだろう、フォミナが笑みを浮かべながら言う。


「他の冒険者と馴れ合わず、淡々とダンジョンに通ってる学園卒業生、って周りから言われてたんですよ。普段なにしてるんだろうって」


 言われてみれば、オレの日常はダンジョン、ギルド、魔法屋の三カ所で構成されていた。食事のために店に入るくらいはあったけど、どこかで遊ぶようなことはなかった。ゲームの世界に転生したからって、自分までゲーム的な行動をすることないだろうに。


「ダンジョンに潜るのが結構楽しかったんだ。それに資金の問題もあったしな」

「それなら尚更、さっきの報酬は受け取って欲しいんですけれど」

「それは駄目だ。フォミナさんも戦ったんだから。なんなら手切れ金に……」

「あの二人とのパーティーなら、もう解散しました」


 唐突に、フォミナは笑みをやめて、真剣な表情になって言った。


「そ、そうなの? なにか言われなかった?」

「特には。いえ、家のことについて言われましたけれど、無謀な挑戦で私が死んだらどうする気ですか? とか、実家には私から伝えておきます、と言ったらすんなりと」

「……そっかー」


 意外と言うべき時には言える女だな、フォミナ。


「そんなわけで、手切れ金もなしです。だから、安心してください。ただ、問題がありまして。……行くところないんですよね、私」


 どんよりとした目で、フォミナは言った。

 実家から紹介された人材を切ったわけなので、フォミナはこれから自力で生きていかなければならない。太い実家を切った影響は大きい。いやまあ、あいつらと組んでても良いこと無かったんだけど。


「もし、お願いできればなんですが。マイスさんと……」

「わかった。一緒にパーティーを組もう。いや、組んでくれ」


 ここまで来ればさすがにわかる。彼女はオレとパーティーを組みたくてこんな話をしている。

 予定外だけど、オレも手助けした。今の彼女は本来のシナリオから外れた存在だ。糸の切れた凧のようにどこに飛んでいくかわからない。


 いや、糸の切れた凧はオレもか。しかもそのままどうにか、ちゃんと飛ぼうとしてるんだから、無茶がすぎる。


 だが、今回の事件で一つ実証できたことがある。


 運命は変えられる。

 本来死ぬはずだったフォミナの仲間は生き残り、彼女も失意に沈まなかった。


 この事実がオレにやる気を与えてくれる。

 何とかして、訪れる死を回避してみせる。


 計画は練り直しだ。ソロではなく、フォミナと二人で今後の対応をしていくプランを錬ろう。


「マイスさん、どうしたんですか?」


 黙り込んだオレに怪訝な顔で訪ねてくるフォミナ。眼鏡の似合うその顔が、大変可愛い。


「色々と考え事だよ。それと、さん付けはいいよ。同級生なんだし、仲間なんだから」


 そう言うと、フォミナは表情を明るくし、声を弾ませて言う。


「じゃあ、私のこともフォミナって言ってください! よろしくお願いしますね、マイス……マイス君!」


 本来の元気さを取り戻した彼女は、オレの一番好きなヒロインの姿、そのものだった。

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