百合の練習集『ゆりしー』

赤木入伽

100話目「結婚」

 日曜の昼間の、安いアパートの一室でのこと。

「結婚したい」

「書類上の結婚に意味がある?」

 テレビで結婚情報誌のCMを見た由美子が言いだし、パートナーである芹那は応じた。

 由美子は少し高揚したような笑みを浮かべているが、一方の芹那はスマホをいじっていた。

 由美子が突然なにかを言い出すことには慣れていたからだ。

「結婚したいならアメリカとか行く? 同性婚認めてもらえるよ」

 だから雑に返答すれば、

「それは面倒くさい」

 雑に返答の返答が出てくる。

 ただそれだけに雑談は続く。

「あ、でも、ハワイで結婚式とかはいいかも。さすがに盛大なのは無理だけど、旅行ついでに二人きりでとか――」

「旅費、いくらかかるか知ってる?」

「……三万くらい?」

「格安なら、片道切符にはなるかもね」

「え? 飛行機ってそんなに高いの?」

「高いわよ」

「……」

「……どうする?」

 芹那は相変わらずスマホをいじりながら言う。

 すると由美子は、

「……結婚したい」

 振り出しに戻った。

「今度選挙あるわよ」

「選挙は毎回行ってるよ」

「意外ね」

「馬鹿にしてる?」

「馬鹿とは思ってるわ」

「むぅ……」

 由美子は膨れた。

 まるで子供であるが、

「その顔、好きよ」

 芹那が言うと、由美子は照れた顔をした。

 ただ、すると沈黙が支配して、

「……」

「……」

「……結婚したい」

「……私もよ」

「……」

「……あ、始まったわね」

 まもなく二人で一緒に見る昼の番組が始まり、会話は途切れた。

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