第2話 魔王に叱られました


「では、申し開きを聞こうか」


 場所を玉座の間に移すと、お父様は魔王の顔になって私に質問した。


「申し開きとは、どちらについてでしょうか。勝手に魔王の名代を名乗ったことですか? それとも書斎で秘密の趣味に興じるお父さまを襲撃して拘束したこと?」

「両方だ!」


 ですよねー。


 お父さまの名誉ために言っておくが、秘密の趣味というのは決していかがわしいものではない。ただの文通だ。

 「鳥の羽ばたきが春を運び~」だの「雪解けの水は雪よりなお冷たく身を切り~」だのという文言が見えたので、どうやら誰かに宛てて詩を贈っているらしい。やるじゃんお父様。ていうか今どき手紙なんて古風~。

 お母さまが亡くなられてはや七年、お父さまに次のお相手ができたとしても誰も咎めたりはしないだろう。

 むしろ魔王なんて立場なんだから世継ぎが私ひとりだけっていう方が問題じゃないだろうか。

 もっとこう魔王らしく、たくさんの美女をはべらせてしまえばいいのに。

 ……いや、やっぱりやだな。父親が精力旺盛って娘としては複雑な気分になる。

 あと腹違いの兄弟がたくさんできて血みどろの権力争いとか起きても面倒だし。

 まあ後添えの一人くらいはいてもいいと思う。幸い、魔王だからじゃなく一個人としてお父さまのことが好き好きだいちゅきな妙齢美女には心当たりがある。私もとても尊敬している女性なので再婚大歓迎だ。

 そんな感じでたいへん理解ある娘だというのに、頭ごなしに叱りつけるなんてひどくない? もっとこう甘やかして褒めそやしていただきたい。

 ──というような抗議の念を頭のツノからみょんみょん送っていると、お父さまは盛大に溜息を吐きながら言葉を続けた。


「まあよい。おまえのことだ、どうせまた『人間は危険』だと熱弁を振るったのだろう」

「いえ、今回はちょっと主張を先に進めて『人間を滅ぼしましょう』と提案してみました」

「進めすぎだ!」


 また叱られてしまった。

 まあ、私も本気で滅ぼそうなんて思っているわけじゃないんだけど。


「アリステルよ、どうしてそうおまえは極端なのだ……」

 

 私へのツッコミで思わず立ち上がっていたお父さまが、疲れ果てた様子でどっかりと玉座に腰を下ろす。


「やはりのせいか……」


 お父さまの視線は、私の頭──竜人族のお母さまから受け継いだ二本のに向けられていた。

 竜人族はトカゲのような見た目にツノを持つ、その名の通り『竜』のような見た目の種族だ。

 彼らの中ではツノの大きさや形がある種のステータスになっている。

 立派なツノはイケメンの証で、そりゃあもうモテる。

 実際、ツノが立派であればあるほど強靭な肉体と高い魔力を持っていることが多いので出世も期待できる。

 私の場合は竜人族の血は半分だけなので、ここまで立派なツノが生えるのはとても珍しいことらしい。

 しかもこのツノの色や形が超重要だった。色は混じりけのない漆黒。鍛え抜かれた鋼のような光沢があり、ねじれて天を突くかのごとく先が上を向いている。これは遥か昔に邪神を討ち滅ぼしこの地に魔族の王国を築き上げた十六人の英雄の一人にして『初代魔王』と同じなのだという。


 なのでみーんなこのツノをありがたがる。

 ご老人たちはいたっては見かけると「ありがたやありがたや」と拝んでくる。

 あんまりありがたいので年に一度、城の一部を御開帳して私を拝むための日が制定されたくらいだ。

 人気者で羨ましい? バカなことを言わないでほしい。

 丸一日、座布団の上から動けず大勢の人たちに拝まれたりツノを撫でられたりするのがどれだけ苦行か。

 それに、このツノのせいでどこにいっても目立つし変なとこに刺さるしシャンプーの時めちゃくちゃ邪魔だし、何よりちっとも可愛くない。

 なので私にとってこのツノはそびえ立つようなコンプレックスの塊でしかないのだ。

 いっそのこと根元から切り取ってしまいたいくらいだ。そしたら年に一度のお参りはこのツノを座布団の上に置いて私は晴れて自由の身になれるだろう。

 以前にそう提案してみたことがあるんだけど、みんな絶句してしまった。

 信心深いメイド長に至っては思いとどまってほしいと泣き崩れる始末だった。


 そんなわけで周囲からはいずれ魔王の中の魔王=『大魔王』になると大いに期待されている。

 正直に言うと、そんな禍々しい存在にはなりたくないんだけど。なんせこちとら乙女だぞ。

 周囲ほど浮かれてはいないがお父さまなのだがちょっとばかり勘違いしていて、どうもこのツノのせいで私が過激な言動を繰り返していると思っているようなのだ。

 以前、私がもっと小さかった頃に癇癪を起こして大暴れしたのを見て、


「幼い身体ではその身にたたえた強大な力を抑えきれないのだ……」


 とかなんとか神妙な顔で呟いていた。

 たぶんお父さまの中で『溢れる力が攻撃性となって私を突き動かしている』とかそういうことになっているんだと思う。

 周りの人たちも「おお……なんと……」とか「それほどの力が……」とか言って納得していたので、私もとくに否定はしなかった。空気を読むのは大事だ。

 実際はツノの根元が痒くて手を伸ばしたら先っちょがぷすっと刺さって痛かったのでヤケになって暴れただけなんだけど。


 ……それはさておき。

 私としてもお父さまを困らせるのは本意じゃない。それは本当だ。

 だけど、それでも人間たち──とくに『勇者』と呼ばれる連中を危険視しないわけにはいかないのだ。


 魔王がいるところ勇者あり。

 そして魔王は勇者によって倒されると相場が決まっている。

 おそらく、たぶん……いや、きっと、ここはだ。


「お父さま、ごめんなさい。少し性急すぎました」


 これ以上口答えしたらお父さまの胃に特大の穴が開いてしまうかもしれない。そう思った私は素直に頭を垂れる。

 それに実の娘とはいえ、本来は魔王の前で無礼な態度は許されない。

 お父さまが人払いをしてくれていなかったら大問題になっていたかもしれない。

 お父さまってば魔王なんて立場だけど本来はとても穏やかで優しい人なのだ。たった一人の娘にはどうしても甘くなる。


「おまえなりに国のことを憂いてくれているのはわかっている。だが今は父たちに任せてくれ。悪いようにはせんつもりだ」

「はい。私が実権を握るその日まで、束の間の玉座をお楽しみください」

「ぜんぜんわかってない!?」


 この後、お父さまにこってりしぼられた。

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