Ep.4 母子
.1 へんちん
私の宝物、私の全て。
「ゴパシザ、リント!」
古びた教会。
神聖なるその場所に、二本の長い角を持つ鉛色の皮膚をした人型の怪物がいる。
その怪物と対峙するのは、四角い眼鏡をした若い刑事であった。
怪物が右手を振りかざし巻き起こした風圧に、対峙した刑事はその身を押し飛ばされた。
「くそっ、何なんだコイツは一体?」
刑事の拳銃を構える手が震える。
数発撃ってみたものの、弾丸は怪物の皮膚に当たっては簡単に弾かれていた。
銃弾より硬い皮膚をした生き物が目の前に立ちはだかっている。
正直、刑事は正しく状況を理解していなかった。
連続暴行事件の容疑者を追いかけていたら、この場にたどり着き、単なる世の中に勝手に絶望した若者であった容疑者は突如姿を変貌させた。
ただ、この目の前に立ちはだかっている怪物に、被害に遭わされた人々がいることは理解している。
皆意識不明の重体で、もう意識を取り戻すことが出来そうに無い人だっている。
コイツを――この怪物をのさばらしておけば、被害は更に拡大することは明白だ。
何としても、この怪物を止めなければならない。
例え、この命に代えても。
「
バンッと開けられた教会の入口の扉。
差し込む光の眩しさに目を細めながら須藤と呼ばれた刑事は、その声の主の姿を捉える。
白のロングティーシャツに淡い黒のジレ、首には赤いスカーフを巻いている。
見覚えのある姿であった、特徴的な服装だ。
「
世界中を旅してるバックパッカーだという青年。
ひょんなことから知り合いとなったが、こんな場所で出会うとは須藤は想像だにしていなかった。
「はぁはぁ……須藤さん、無事ですか?」
膝に手をつき呼吸を整える曽代。
何処から走ってきたのか、額から流れた汗が顎を伝い教会の床に垂れる。
「お前、何でこんなところに来た!? 今がどんな状況かわからんのか!?」
「わかってますよ!」
そう力強く答えると曽代は腰に手をやった。
臍の下、両手で輪を作るとそこにベルトが現れた。
「な、何だそれは!? 曽代、お前、一体何を!?」
「コイツが皆の笑顔を奪うっていうのなら、オレは皆の笑顔の為に戦います!!」
曽代が構えを取ると、ベルトのバックルが光り出した。
「見ててください、俺の――」
バックルから放たれた光が曽代を包み込んでいく。
「変身!!」
「へんちん!」
特撮番組を食い入るように観ている我が家の未来のヒーロー様は、まだ滑舌がよろしくない。
私の愛する息子だ。
お気に入りの特撮番組の、お気に入りのシーンを観て、へんちん!、するのが毎朝の日課。
へんちん!することで、ようやく保育園の制服に着替えてくれる。
要は本人にとって着替えは変身なのだ。
「つよくん、早く着替えないと遅刻しちゃうよー」
「ここちゃん、へんちんなの!」
「はいはい、へんちんへんちん」
着替えさせて、トイレに行かせて、鞄を持たせて。
朝の身支度だけで、一苦労だ。
自分の支度もしなくちゃならないし。
それでも、随分と手馴れたものになったなと我ながら思う。
最初の頃は、自分の支度なんてする余裕も無かったからなー。
自転車の後部座席に座らせて、保育園まで送る。
車は維持費が高くて、買うのを諦めた。
剛志はご機嫌でさっきの特撮番組の主題歌を口ずさんでいた。
私もすっかり覚えてしまった。
「じゃあね、ここちゃん。いってきます、いってらっしゃい」
「じゃあね、つよくん、また夕方ね。いってきます、いってらっしゃい」
保育園の入り口で保育士の先生に剛志を預けて、いつもの挨拶。
続けて言うと魔法みたいだとかで、剛志のお気に入り。
先生に一礼して、私は自転車に跨って職場へと向かった。
いつもわりとギリギリな時間だった。
こうして、私と剛志のいつもの朝は過ぎていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます