第2話 一影伊織《ひとかげいおり》と僕


【ファーストコンタクト】


 初部活の日。入部が遅かった僕は担当楽器を選べなかった。先輩に「あなたはあのパートをよろしく」と告げられてトロンボーンを練習しているショートカットの女の子の所に行き、ひとまず自己紹介などをした。


「ふーん。それで春岩くんはこの楽器、やったことあるの?」


「いや、初めてなんだ」


「そう、じゃあ教えてね。私も初めてだから」


 は!? いやいや貴女は四月から始めてるんだから僕が教えてもらう側なんじゃ……。


 この、よく分からないことを言う一影さんは一年生なのだが、とにかく気が強くクールで自分というものをしっかり持っている。そのせいか気軽に声を掛けられない雰囲気を醸し出していた。かと思えば演奏面では自分に自信がないようにも見える。


「私、この部分苦手なの。休んでおくから、ここだけ大きめに音出してくれない?」


「ええっ!?」


 入部したての僕にそんな技術があるとでも?




【専有面積】


 部室での合奏練習中。


「ガタガタ鬱陶しいわね……」


 不機嫌そうな一影さん。さきほどから譜面台が安定しないようだ。


「あ、いいことを考えたわ」


 床の継ぎ目にちょうどいい穴を見つけたらしく、何か所か試している。

 よかった。僕は自分の楽譜に目を戻す。

 と、突然僕の譜面台を足で蹴とばしスライドさせる彼女。安定する場所を求めて侵略行為が始まった。


「ちょっ……」


「これでいいわ。ん……? どうかしたの?」


 何事もなかったかのような涼しい顔で一影さんはこちらを見る。

 僕の演奏スペースは? 壁際に追いやられているんですが。

 目で訴えると、


「24小節目のここ、譜面間違ってるわよね? 誤植?」


 はぐらかされた。


「多分」


 とだけ答えて、僕は肘を時々壁にぶつけながら必死で演奏した。

 これもレディーファーストと自分に言い聞かせながら。




【夏合宿】


 ユースホステルの一棟をまるまる借り切っての夏合宿。旅行気分もあってか、僕の隣にいる一影さんはどこかうわの空といった雰囲気だった。個人練習の時間には髪の毛をセットしたり、窓の外を眺めたり。


「一影さん、一体何を練習していたの? フレーズ全体の音程が合ってない! リズムもめちゃくちゃ!」


 入梨先生がきつめに叱る。僕のクラスの担任である彼女が吹奏楽部の顧問を努めているのだ。


「つぅ……」


 一影さんは辛そうに目を背けている。


「後から入った春岩君のほうが上手いってどういうこと? しっかりして!?」


 きつい言い方だな……。僕は胃が痛くなった。

 女同士だからかもしれない。僕に対してだったら入梨先生はこんな言い方をしないはずだ。数か月過ごしてきて気づいたことの一つだ。


 このように、僕は男だからということで優遇されている部分もある。

 ぽろぽろと涙をこぼす一影さん。見ていられない。


「落ち込むことないよ。一緒に練習しよう?」 


「話しかけないでくれる? 鬱陶しい……」


 えっ!? なんで? 今の声かけ、間違ってたかな?


「そんなフォローはいらないよ、春岩くん」


 先生まで……。

 一影さん然り、入梨先生然りで、女心はやはり僕にはよく分からなかった。



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