第47話 夕暮さんは無茶を振る
『和服は難易度が低くて高いので、ぶっちゃけてしまえば弊社の抱えている読者モデルであれば誰でも変わらないかと。であればヤル気に満ちすぎている新人を発掘するのも無くはない、という考えですね』
夕暮さんに実情を確認したところ、そういった返答があり、少なからずなるほどとは思えた。
難易度が低くて高い、の意味はオレにもよく分かる。
身体の線が出にくい服だから色々とごまかしが利く反面、見栄えを出すのが難しい。
胸元や裾をはだけてもいいのならやりようはあるが、それだけになってしまっては良くない。
正式な物を修めた上で破るからこそ型破り、正統派には出せない魅力を纏えるのである。最初から崩れている服は単純に着方を間違っている。ダサすぎる。
大事なのは姿勢とバランスだ。
自身にとって、正しい姿勢と重心を身に着けていれば、それを意図的に崩すことも可能。先ほどの型破りと同じ話だ。
最初から崩れているバランスは、ただバランスが悪いだけの危うい状態だ。
無意識であること、それと意識的に行うことでは圧倒的に意味合いが変わってくる。
二人がその違いを理解出来るかは怪しいところだ。
「……しかし、だからと言って、オレの企画に出すというのは」
『もちろん載せるのは隅の角です。こちらの紙面で熾さんと対になる方はきちんとプロの方に声をかけておりますので』
細かいところの穴埋め役が必要なのは分かるが。
そういうトコは文字とかで埋めるわけにはいかないんだろうか。いかないんだろうな。
オレはもやもやと考えて、力なく頭を振った。
「いや、そもそもオレが口出すのが間違いですよね。変なことを言ってすみません」
あくまで単なるモデルの一人であって、企画に合うからと抜擢されただけの人間だ。
雇い主は『stay teen』であって、オレは雇われたモデルに過ぎないのだ。『stay teen』が抜擢した人材に文句を言うのはお門違い。出過ぎた口を挟んでしまった。
『気持ちは分かりますけどね。私も素人を使うつもりはなかったのですが……ちょっと考えを変える出来事がありまして』
「なんだかご迷惑をおかけしたようで」
『いえいえ、今は熾さんが産んだ金の卵だと願っておりますよ』
いつの間にかオレは子持ちのガチョウになっていたらしい。だとしても、オレが産んだ金の卵ではないだろうに。
挨拶をして電話を切った。
夕暮さんは消極的ではあるが、二人の採用を取りやめることは無さそうだ。育った後に大ブレイクする希望すら抱いている。
結局のところ、オレが納得するレベルまで奏と凪沙を育てなければ、オレは納得出来ないまま撮影に臨むことになる。それが分かった。
であれば、奏が望む通りにスパルタ方式で鍛え上げるしかない。
「どうやって鍛えるか……。ビビらせてやろうと思ったら、凪沙が真に受けたしな……」
少しイラついていたのも確かだが、口が軽薄な奏を懲らしめてやろうと脅し文句をかけたつもりだったのだ。「なんでも」なんて、そう簡単に言ってはならない約束だ。
まさか横で聞いていた凪沙が服を脱ぐなんて思ってもみなかった。躊躇なく下着さえも脱いだ姿にオレの方がビビってしまった。
思い返すとまだ白い肌が脳裏にほわほわと浮かぶ。……違う!
下手なことを言うのは良くないと学んだ。
「タンクトップ……と、スパッツかハーフパンツがあったはず。サイズが合うかはともかく、それで身体を見よう」
服を脱げ、というのはもちろんえっちな目的ではない。
身体を視るのに、服が邪魔だという、それだけの話だ。
全裸であるのが一番なのはそうだが、さすがに妙齢の女性を部屋に連れ込んで全裸にさせるのは……十八歳未満のオレにはアテンションなエモーションがバーン。もやもやと浮かぶ穏やかな白い胸を、自らの頬を平手で張って追い出す。
――と、そこで『セリーン!』とメッセージが届く。
ついさっきまで通話していた夕暮さんからだ。
『声をかけていたモデルから了承が取れました。熾さんには、飾利さんとツートップを彩っていただきます』
オレは思わず目を剥いた。
『なぜ彼女が!?』
飾利透花は今をときめくスーパースターであることは間違いなく、オレが表紙になることが決まっている月の企画に載ってくるとは想像の埒外である。
普通に考えたら、飾利透花が参加するなら彼女が表紙で企画のメインなのだ。そうでなければ参加しない、そういうレベルの人間だった。
『飾利さんもこの企画に興味を持っていただけて。比良さんと七海さんを、彼女の影が見えるくらいまでは鍛えてくださると助かりますね』
さすがのオレも尾てい骨の先から頭蓋のてっぺんまで震えが奔るのを抑えられなかった。
これはもちろん、怯えではなく武者震いというやつのハズだ。
多少なりとも夕暮さんを疑った自分が恥ずかしい。
夕暮さんも、この企画にはガチだ。
これがコケたら進退に関わるくらいに全力だ。
このご時世で飾利透花を呼んでおいて表紙に使わない、それが許される雑誌は男性向けファッション誌だけと言っても過言ではないほどの影響力を持っている。
そんなモデルを差し置いて、ポッと出に近しいオレを表紙に使うなど狂気に等しい。
誘い文句として夕暮さんは「飾利透花では力不足」などと謳っていたが、まさか本当に業界の最前線を行く人物と比較されていたとは夢にも思っていない。というか、そういう話の後で飾利透花と共演だなんて聞くと、どう考えても品定めに来るようにしか見えなくて恐ろしい。
「……望むところだ」
だがしかし、少なくとも一人はこの企画においては飾利透花よりも熾光が適役だと信じている人がいる。
その期待に応えられるだけの力がオレにあるのかは知らない。
知らないが、受けた以上はこなさなければならない。やらない、やれないの言葉はすでに辞書から消えている。
オレはオレが持つあらゆる全てを用いて、日本中の若者から圧倒的な声を受ける飾利透花という存在を一瞬だけでも凌駕する。
「やってやる……!」
両手で頬をパンっと張る。
目標がしっかりと定まったことで、浮ついていた心もハッキリとしてきた気がする。目が覚めた気分だ。
改めて夕暮さんのメールを見返すとなかなか難易度の高いことも書いてある。
あの二人に飾利透花の影踏みをさせるなんて、この短い時間じゃ相当な無茶だ。オレの考えていたスパルタを強いたところで、彼女の背中が米粒くらいに見えたらマシ程度だろう。
とはいえ、二人のタレントを考慮はしていない。才気煥発な様子を見せてくれるのであれば、一足飛びに近付けるだろうが……あまり期待はしない。
収納のどこに女性用運動着を仕舞ったかと考えつつ、部屋に戻る。
「……ったく、夕暮さんも勝手なことを言う――ったあんぎさ、そこで寝るな! あと下着は付けてくれ頼むから!」
間を繋ぐべくぼやきながら部屋の扉を開けると、真っ先にオレのベッドに寝転んでいる凪沙が目に入った。舌噛んだ。
オレのジャケットをかぶってはいるが、真っ白なお尻が丸見えなんだよ!
眠そうに目を擦りながら凪沙が起き上がる。
ジャケットと腕の隙間から柔らかそうな素肌が溢れ――
「ふふ……」
不意に微笑んだ凪沙が胸を強調するように腕を組んだ。
直後、熱い心臓に異常を察したオレは自身の胸を押さえながら部屋の外に撤退した。こわれちゃう。
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