第38話 リアルの買い物は大変疲れる

 今どきのネット通販ではお金と時間をかければ、おおよその物が手に入る。

 巷の店では考えられないような激安商品だってネットにはゴロゴロと転がっていることも多い。

 伊達メガネなんて五百円とか子供のお小遣いレベルの品も散見される。


 その中でオレたちはなぜ現実の店舗に向かうのか。


 リアルショップは何をどうひっくり返してもネット通販――ECショップには価格で後塵を拝する。

 商品を販売するまでのフローが全く違い、掛かってくる経費の差がそこにバッチリと表現されているワケだが……そこに答えがある。


 ECは全ての購買経験に人を介さない。

 購入者が現実に商品を手に入れた時、初めて購入者という人間が現れるぐらいだ。商品に何の問題もなければ、そこで買い物の経験は終わる。


 これはメリットでありながら、デメリットでもある。


 人の関わりを面倒くさいと思う購入者であれば多大なメリットになる。

 しかし、微細な調整を希望する場合、画一的かつ機械的な対応を行うことでマンパワーの削減を行うECとは相性が悪い。


 今回、オレたちは伊達とは言え、メガネという日常的に使用する物品を購入しようとしている。

 ネットに転がっている玩具が欲しいワケではなく、日用品としての使用を想定しているワケだ。


 弦の角度や鼻あてについて、レンズの加工など、メガネで調整すべき場所はいくらでもあり、そこは最初から専門店でやってもらった方が微に入り細に入りフォローが効く。結果的にはお値段以上のパフォーマンスを発揮するかもしれない。

 そこそこの規模の店舗に行けば、ネットで眺めるよりも楽に数を見れるし、相手がいればお互いに見せ合うことも可能。


 最近のメガネ屋はネット環境に劣らず、かなりのお安さで提供してくれているフレームもある。


 そう言った諸々の理由でオレたちは現実のメガネ屋に降り立ったのだ。

 ――と、思っていた。



   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 入店から早二時間。

 何も決まらぬまま、オレは数多のメガネを引っ掛けていた。


 メガネショップ『メガゾフ』。


 三千円の実用的メガネを販売し始めて話題になり、店舗が急増。学生のお財布にも優しいお店だ。

 無論、高級路線の商品も取り揃えており、フロアの一角を占める中規模店ともなれば用意されたフレームの種類は多岐に渡る。


 一万円のフレームを買うとレンズがタダ! というプライスラインが主力であり、最も取り揃えが良い。ゆえにオレは今回の予算を一万円と伝えている。

 のだが、そんなことは二人にはあまり関係がなかった。


「すごーい。はるか、これも似合うね!」


 パシャリ。


 奏がどこかから持ってきたサファリな柄のフレームを掛けると、彼女はすかさずスマホのカメラで一枚。


「ありがとう。で、これはいくら?」

「五万円!」

「戻してきなさい」

「はーい」


 メガネを返して奏を放流すると、今度は凪沙がメガネを携えてやってくる。


「遙くん、今度のやつはどうかな?」


 スチャッ、ともはや慣れた手付きで凪沙は自らメガネを掛けた。


「似合うと思う……けど、なんでサングラスなの」

「こういうのがお洒落なんでしょ?」

「学校に掛けてきたら注意を受けるくらいにはお洒落だよ」


 一時期流行していた顔が半分隠れるバカでかい黒レンズに、見たことのあるブランドロゴのタグが揺れている。

 絶対黒板の文字見えなくなるからやめた方がいい、と説得して持ち帰らせる。


 そして凪沙と入れ替わりに奏がやってくる、そういう寸法である。二時間やってるけど何にも決まらん。

 女子と買い物ってこうなるのか……。


 最初は恨めしげにこちらを注視していた店員さんも、今となっては「まだやってるのか」と哀れみの目でくれる。早く終わんねえかな、と思っているのは間違いない。


 オレも早く終わらせてどっかで座りたいよ。


 奏が持ってきた純粋に嫌な星型のサングラスを拒否し、今度はスポーツ選手向けの強化メガネを選ぶ凪沙にお値段を指摘する。


 その途中、オレのスマホが荘厳な音楽を唄い始めた。

 通話着信だ。この音楽は『熾光』アカウントの方だから……仕事関係になる。


 二人に断ってから壁の方に寄って、館内放送をBGMに通話に出る。


「もしもし、熾ですが」

『お疲れ様です、堺土です。お時間大丈夫ですか?』

「ええ、少しなら。報告に漏れでもありましたか」


 堺土さんはオレ――『熾光』のマネージャーだ。

 中堅芸能事務所『SeeS』に勤めるベテラン社員である。

 凪沙の実家と若干名前が被っているが、こっちは「見る」「種」が由来だからセーフ。


 堺土さんのお仕事としては、オレのスケジュール管理が主だ。現場が遠かったり遅くなりそうなら監督者として送迎をしてくれたりもする。


 オレの仕事がほとんど『TRIBAL』関連で新規に開拓もする気がない……ということで、あまり堺土さんの仕事もない。

 今回のようによくよく知った相手と、知ってる場所で仕事をする場合は、始めと終わりに一本連絡を入れるくらいだ。それだけ信頼されている、ということ。


 なので、電話がかかってくる内容が分からない。不調だったことは伝えたし、それで何か荻野目さんから指摘が入ったのだろうか。


『特に問題はありません。お電話したのは、熾さんに『TRIBAL』とは別のファッション誌から企画のオファーが来ていて。興味があれば、話を進めようと思いますが、どうされますか?』


 オレは一応『TRIBAL』の専属なんだからそれは不味いのでは?

 いやでも、堺土さんはそんなことは百も分かりきっているはずだ。


「それって契約とかに反しない話なんですか?」

『そうですね、想定ターゲットが違うので。契約はあくまで競合他社に利するのはやめてくれ、という話ですから、別の媒体に出演して、新たなファンを『TRIBAL』に引っ張る導線を作る予想が立てられれば文句も言いませんよ』

「競合他社ではない、と。でも『TRIBAL』でしか知られてないオレがそんな別の雑誌でやれますかね?」

『やれると思ったからこうして繋いでいるのですが。お話を持ってきてくださった方も熾さんのファンだそうですよ』


 それは……嬉しい話だ。コネじゃない仕事は初めてかもしれない。


『熾さんが受けてくださるなら『TRIBAL』との合同企画の案もある、とのことですから仕事の幅を広げたいなら受けてみるのは有りですよ』

「めちゃくちゃありがたいですね。合同企画って何をやるか大まかにでも決まってるんですか?」

『夏のお祭りシーズンに向けて浴衣を代表に和服を取り扱いたい、と素案は伺いましたが提案もまだでしょうから決まってませんよ』

「和服! いいですね、オレも興味があったんでやりたいです」

『それは良かったです。では進めてしまってもいいですか?』

「お願いします……っと、そういえばどこのオファーだったんですか? 撮影を始める前に誌面の雰囲気を掴んでおきたいです」

『ああ、すみません』


 ペラリ、スケジュール帳を捲る音がして、


『月刊誌の『stay teen』ですね。合同企画が通れば表紙も用意してくださるそうです』

「女性誌じゃねーか!!!」


 オレは地団駄を踏んだ。

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