第25話 【七海凪沙のターン】2nd-1
私と奏ちゃんは食い入るように彼の雄姿を見つめていた。
「ええっ、はるかすごすぎない……!?」
遙くんが点を取ってから、明らかに相手の遙くんに対する当たりがキツくなっていた。
最初に五人で囲んだのもコートに立っている人数から考えればおかしい作戦だと思うが、遙くんがボールを持った瞬間に周りにいた三人が集まって肩からぶつかっていく。
しかし、遙くんはいっそ暴力的とも言えるタックルを受けてよろめきながらも、一分の隙間もないような密集地からボールを蹴って前方へとパスを通してみせる。
そしてそれを前で待っている禿頭の選手が必ず受け取り、二輪車のような早さで人数不足の敵陣を切り裂く。結果二人でゴールを量産していた。
「クソッ、なんで三人掛かりで止められないんだ!? しっかりしろよ、相手は一年だぞ!」
ユニフォームを着た七番の人が怒鳴っている。典型的な精神論とマンパワーに頼るしょうもない上司に近い。それでは彼は止まらないだろう。
サッカーには詳しくないが、ゴールの起点になっている遙くんをなんとかしようとしているのは分かる。
だが、彼は人数の多さを苦にしていない。怒涛の勢いでやってくる相手を、柳のようにやり過ごしてしまっている。
ボールを受け取る側の封鎖をするにしても、禿頭の選手はとてつもなく足が早く、ユニフォーム側の誰もが一歩遅れていた。そうなるとパスの出荷元である遙くんに苛烈な妨害を仕掛ける他にない。
一年生側としても、相手側の左サイドに密集する作戦を受けて、人がいない逆サイドを使おうと考えている意図は見えた。
ところが逆の右サイド側の一年生は技術も連携も無く、少ないユニフォームに完封されてしまっている。
遙くんと禿頭以外に動きの良い中央の茶髪くんもきついマークを受けている。
立ち位置的に、一年生で一番ボールが集まるのが彼だ。いわゆる司令塔の役割があるのだろう。
ユニフォーム側からしたら、この茶髪くんからボールを奪うのが最も効率が良い。
遙くんに唯一ボールを供給するのが茶髪くんだからだ。自動的にボールが集まってきて、唯一点を取れるコンビネーションを発揮するペアへのボール供給源。
ここに人を置いておけば効率が良いという結論になる。
茶髪くんは普通にサッカーが上手いのだと思う。
見る者を惑わす足の動きと、力強い体幹でボールを失わず、自らの動きで囲みに穴を空けて遙くんにバンバンとパスを通している。
最初はパスを出した後は遙くんのフォローをすべく近くにいたが、三回目ぐらいからすぐゴールの方へ走るようになった。禿頭の人をフォロー、後押しする方に決めたらしい。
それは遙くんがボールを失うことはなく、必ず前線にボールを送ってくれるという信頼からに違いない。
何度でも言うが、私はサッカーには詳しくない。ワールドカップの時に解説付きの実況中継を見るぐらいだ。
そんな私でも一つだけ分かる違いがあった。
遙くんはどんな時でも姿勢が崩れない。
他の人は走る時やタックルする時、ボールを触れる時など様々な要素でその度に姿勢が歪む。
常に歪んでいるわけではなく、真っすぐ立った時などに自然とバランスを取るように姿勢は戻るのだが、どうしても行動をする時に姿勢が崩れてしまっていた。
対して遙くんはボールを蹴っても、肩からタックル受けても、常に真っ直ぐな背骨の上に頭があった。
バランスを取る行為をせずとも、常にバランスが取れている。
倒れない。
「遙くんは……他の人より機敏に動けてる?」
「え? ううん……どうだろ……。他の人が動くより先にボール蹴ってる……かもしれないけど、たまたま?」
相手をさらっと躱して攻め込む遙くんを視線で追う。
きょろきょろと俯瞰してパスの出し先を探しているが、ガッツリとマークされてしまっている。
禿頭の人も全時間帯を全速力で走るのは難しそうだ。
仕方なく、といった体で遙くんは自らドリブルして上がっていく。
ユニフォームの七番がしばらく付き纏っていたが、股の間をちょんと蹴ったボールが抜けていき、尻餅をついた隙に置いていかれていた。
他のディフェンダーをもするすると躱し、ついにゴールキーパーを残すのみ。
両手を広げコースを狭めながら詰め寄るゴールキーパーに対し、遙くんはスイーッと滑るようにドリブルして避けるとそのままゴールの中にボールを運び込んだ。
ゴールキーパーは手を使えるから射程範囲は広いはずだが、遙くんの進行方向へ飛びかかった上に両手で這うように追ったゴールキーパーの努力虚しく、遙くんはその手に触れるか触れないかギリギリの場所に運んだボールを転がしていった。
ゴールからボールを持って出てくる遙くんは、パジャマと揶揄されるようなジャージを着ていてなお、完成された一皿の如く格好良く映った。
ミニゲームが終わった後、感極まった奏ちゃんが遙くんに抱きついたり、遙くんが禿頭の人と茶髪の人を紹介してくれたり、私たちは和気あいあいと交流していたのだが、七番の人に「試合が終わったからってくっちゃべってるなら帰れ!」と怒られてしまった。
加地さんとチャチャさんは肩を竦めて観戦に戻ったが、遙くんは「許可も出たし帰るか。二人ともまだ時間ある? 来てくれたお礼に何か奢るからちょっと待っててよ」などと言って、むしろウキウキとグラウンドから部室棟へ歩いていった。
――その背筋は美しく伸びている。
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