第20話 無から有を生み出そう

 コスプレとは何か。


 星の数ほどの解釈を見つけられるが、服装と仕草を真似ることで該当のキャラになりきる遊びだとオレは認識している。


 キャラそっくりの外見を用意するのが可能なオレでも、七転八倒したところでそのキャラにはなれないのだ。

 『リンテンシア』は『リンテンシア』、オレはオレでしかない。


 それが示す答えは、オレが感じる『リンテンシア』を好きに演じて楽しんじゃって構わんぞ、ということだ。


 オレの『リンテンシア』が「解釈違いです」と言うなら、あなたの『リンテンシア』を魅せてほしい。オレはその『リンテンシア』も好きになれるかもしれないし、新たな可能性に満ち満ちている。

 世界に新たな推しの姿が精製されることは、無から有を精製するに等しい。偉業なのだから、オレのコスプレを観た全人類が挑戦してほしいと常々思っている。

 最も簡単な無から有を生み出す生産的活動であり、あなたがそうすることで最低でも一人の人間が救われるのだから。


 話がズレた。


 『メタモルフォーゼ』には便利で不便な仕様がある。

 使用の際、肉体に付着している不純物は消去されるという仕様だ。


 つまりメイクや髪のセットがリセットされる。


 服は平気なのだが、肌と密着しているアクセサリは程度によって危ない。時計やリストバンドくらいなら大丈夫。耳の穴に通すピアスや、指輪でも指に食い込むくらい小さい物だと大体アウトだ。


 詳細な基準は調べてないから不明だし、リセットされた場合は跡形も無く消えてしまうのだが、どこに消えているのかも不明だ。復旧は難しい。

 気を付けないと大変なことになる。でも、撮影がこうして三人分も詰まっている時は大変便利な仕様だ。


 オレは全裸になって、『熾光』から『せつな』へと『メタモルフォーゼ』をした。


 ゆっくり伸びていく髪の毛から色が抜け、まろやかに存在していた胸がふわりぬるりと膨張していく。

 骨格も完全な女性となり、鎖骨の線、腰のくびれ、重心が変わっていく。全体的な肉付きも増した。

 最後に、オレは手でアレの有無をまさぐって、変化の完了を確認した。


 性転換したばっかりの時にそういう風に確認してから、なんとなく手で実在可能性を確認しないとそわそわしてしまう。感覚で有るか無いかは分かるはずなんだけども。


 変化を終えると、真っ先にさっきまでとは違う下着を着ける。

 『せつな』用に準備した物だ。他のやつだと小さすぎてぶっ壊れてしまうので。


 下着だけで四種類用意しなきゃいけないのが地味に資金を圧迫していて辛いが妥協出来ない。

 私生活の時は『ユーユー』でもコンビニブランドでも快適ならば何でもいいが、撮影の時はオレが選んだ良い下着でないとダメなのだ。そうでないと女性の姿になる存在価値が無い。下着も服だからな。


 特に『せつな』は頭からパンスト被っていても匂い立つ艶やかさが隠しきれない美女だ。

 そういう美女はえっちな下着を履いていてほしい。だから履く。


 個人的にはダイレクトにえっちな下着より、ベビードールみたいにディティールが凝ってたりパーツの多い方が好きだ。ベビードールはちょっと違うかもしれんが。

 ダイレクトにえっちな下着も観る分には良いが、履くのはなんか違った。


 今回はカップ付きのキャミソール、それに揃いのショーツだ。

 白いレース編みになっていて、シースルーな箇所が多々ある。大事なところは見せられないよ。ストッキングとガーターベルトもセットで付いてきたので併せて装備する。


 そしてガーメントバッグから衣装を取り出す。


 巫女服。

 それが『リンテンシア』の新規実装フラグメンツ『禁じられた鳴弦』の衣装である。


 本来的に巫女服の見た目は白衣と緋袴でおおよそ構成される。おそらく白いのと赤いの、という認識が衆目の一致するところだろう。


 『禁じられた鳴弦』は緋袴に黒衣を合わせ、その上から黒い千早を羽織った姿が描かれている。

 白が黒になっただけで、とんでもなくいかがわし……秘された来歴が察せられる。


 さて、これからこいつを着付けしていくワケだが、正直に言おう。

 オレは和服の着付けまで覚えていない。


 和服は一着の単価が手を出せないほど高価な物が多いのと、今のオレでは着用の機会があからさまに少なすぎる。覚えたくはあるのだが、時間的余裕を考えても手を出しにくい。着付けのコネが出来たら学びたい。


 よってオレが作成した『禁じられた鳴弦』はなんちゃって和服だ。

 襦袢とか和服用の下着もあるみたいだけれど、収集したキャラ絵はどう見ても黒衣しか着ていない。下手するとブラもしていない。

 かと言って黒衣だけをオレが着ると、どうやっても撮影の途中で胸が前開きに溢れる。いやあ、胸が大きいって困るなあ。


 こういう時にオレが重宝しているのがスナップボタンだ。マジックテープでもいいけど、多少強度が欲しいからボタンにした。

 合わせ目がズレないようにするためには、ボタンで固定してやれば良いだけだ。百均で縫わなくていいやつとかも出てて非常に楽で良い。

 アンダーバストに沿うところにもスナップをいくつか付けていて、それと合わせると途轍もなく胸が強調される。でも全然見えてないよ。

 実はこの服、広げると本来の和服のように平面的にはならない。乳袋的表現のために一部が歪んでいるせいだ、仕方ない。


 緋袴はそれっぽいのをネットで購入した。一から黒衣を作成した時点で力尽きた。

 裁縫はそこそこ出来るようになったけど、完全にオレ自身のメモリー不足を感じている。やりたいことに対して時間とやる気と気力と資金が足りない。

 もっと違うところに力を使うべきだとは思っているが……。衣装を作ってくれる人はいないものか。


 溜め息をつきながら衣装を身に付け、再びメイクを施す。


 『リンテンシア』は日が高いうちに撮っておきたいし、日が落ちてくる瞬間にも撮っておきたい。

 今日の夕方は忙しいからちゃっちゃと行こう。


 夕焼けから藍を経て夜色に変わっていく空気には『熾光』バージョン3――奔放高校生も用事があるのだ。



   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 全ての撮影を終えてトランクルームに荷物を戻す。洗濯とかクリーニングはまた後日……。汗も出してないし、垢も付けてないからセーフ!


 帰ってきて飯を食べてからやることは、写真の確認と編集だ。

 メモリーカード数枚分の中から使える写真を抽出して、背景や顔に加工を入れる。背景はともかく顔の加工は色味とか彩度がメインだ。無加工と言っても「加工だ加工!」とうるさい人もいるので、これで自ら加工してますと伝えられる。


 先行して加工した一枚を『アドセル』に共有、早速投稿していく。


【(せつな)先日撮影した『リンテンシア』を近い内に投稿していきます。先出し一枚! ぴーす! <横からフレームに入った『リンテンシア』が腰を曲げてこちらを向きポーズを取っている写真>】

 →【たすかる】

 →【今度はせつなさんか! 待ってた!!】

 →【エッッッッッッッッッッッッ】


 撮影前に投稿した写真とは別格の伸びを見せる、いいかもとアド。


 それもそのはず、そもそもチェッカーの数が違う。


 撮影の前に投稿したのは『熾光』のアカウント。


 そして今投稿したのはオレが持つ第三のアカウント――サークル『レイディアント ―rainy day antique―』の名義。

 わざわざポケットWi-Fiと趣味用端末を用意して、準備した誰にもバレようがないアカウントだ。


 こちらのサブアカウントには『レイディアント』代表である『雨先見晴うさみ はる』の連絡用、そして『レイディアント』サークル共用の名義を設定してある。

 『レイディアント』アカウントを使用するのは主に三名。代表の『雨先見晴』、所属のコスプレイヤー『せつな』と『さくら』。


 なお、全てオレである。『傾国』のせつな、『幼女』のさくらという名称はこの活動を始めた時に決めたものだ。


 代表とかいう肩書きは別にいらんと思うかもしれないが、連絡先を一本化しておかないとあまりにも大変なのだ。変なダイレクトメールも多いし。

 せつなとさくらの名前では写真を投稿する時以外に反応しないよう注意している。


 『レイディアント』の活動内容だが、コスプレ写真集の販売がメインだ。

 かつて女装を仕事にする気はないと言ったな。この写真集になるオレは『七星遥』でも『熾光』でもないからオーケー。


 本当はこちらでも商売にするつもりはなかったのだが、『熾光』の次に完成した『せつな』の写真を投稿していく内にチェックしていく人が増えて、そういった要望が増えていった。

 同時に変質者も増えていったので、なんらかの壁を作らなきゃならんかな、とサークル『レイディアント』を作ったのが始まりだ。


 今のところ販売サイトによるデータ販売オンリーでやっている。製本用にまとめたデータも入れてあげているので、本が欲しい人は好きに印刷してくれ。


 それはそれとして、販売する画像は全て『アドセル』上に一日一枚とかで順次公開していく。

 画質が落ちて時間がかかって良ければ無料で見れて、高画質で即日見たいありがたいファンの方はデータを買ってもらう。


 通信費と端末代にでもなればいいなと思っていたが、今となってはモデルの賃金を凌ぐ場合もある。税金が怖い。


 おかげでトランクルームを二部屋維持する余裕があるわけだ。

 『熾光』としてはあんまり喜べないのだけれども。


 サークル『レイディアント』をチェックしている人数はモデル『熾光』の四倍近い約二十万アカウント。正式に企業から仕事をもらっている身としては不甲斐ない。

 それを言うならもっと色々な仕事をして、知名度を上げたらいいのかもしれないが。世の中は難しい。


 残りの写真はデータ販売の体裁が整ってから順次投下していく。早々にボツった写真はボツ写の名目で投稿するかも。


 『熾光』に投稿する写真もそわそわ加工していく。


 オレにしては珍しく、画面二分割の大作だ。


 縦に割った画面の左側を『清楚大学生』、右側に『奔放高校生』を配置する。

 構図は両方共同じ、ベランダに通ずる窓の前に立つ姿。


 左側の大学生はこちらを向いて、開けた窓の向こうに出ようと手を伸ばし誘う。

 右側の高校生はガラスに身を預け、夕闇の世界を憂う。カメラの視線には気が付かない。


 対比の構成をやってみたくて、同じ構図で撮ってみたやつだ。

 今日のテーマはもしかして対比になってるのでは、と思いついて、夕方の『奔放高校生』はそれを意識して撮影してみたのだ。


 だから一枚目ははっきりと分かるような写真にしたい。


 雲が少なかったおかげで、太陽から降る光の帯がいい感じにコントラストを付けている。

 写真の位置を合わせ、色調を補正するだけで個人的には印象的な一枚になった。


 隅の方にオレのサインを入れて、『熾光』のアカウントで投稿した。


『#熾光趣味写真 #自前 <青空を背負う清楚大学生と夕闇に佇む奔放高校生>』


 いつも通り、検索用の単語だけ入れておく。こっちは商売っけがなくていいんだよ。


「ふー……、写真の加工とか編集してくれる人もほしいよなあ。どっかにタダでやってくれる人おらんかな」


 おらんわな。

 いつまで経っても慣れないパソコンの操作を終えて、早々にベッドに潜り込んだ。またしばらくはパソコンとにらめっこだ。

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