第4話 記念写真を撮ろう

 放課後。


「わざわざすみません、ありがとうございます」

「いいのよお~! ハルカのも撮りたかったし、一人も二人も変わんないから!」


 校門の前で、恐縮している七海さんと、からから笑っているお母さんを引き合わせたところだった。

 他にも同じ考えの親子はいるようで、年季の入った校名の表札と、真っ白い入学式の看板が並んだフォトスポットは大人気だ。

 もっとも入学式前に概ね終わらせている人たちが多く、朝ほどの混み合いはない。


「すごい立派なカメラですねー。一眼レフってやつですか?」


 どうせ学校を出るまでは一緒だからと比良さんも同行している。こちらは物怖じしない性格なのか、他人の親にも気兼ねなく話しかける胆力があった。初対面なのにすげぇわ。

 加地にも写真撮るか訊いてやったが、これから両親と昼から焼肉に行くことを散々自慢されたので、元気に牧草を食べる優しげな牛さんの動画を送りつけておいた。


「おばさん、写真撮影が好きだからねー。これは一眼だけど、ミラーレスの少し簡単なやつ。趣味の方にあんまり高いの使うのはね」

「へー、そうなんですね。立派なやつは全部一眼レフってやつに見えちゃって、むずかしーです」

「そのあたりは中身の話だし、見た目じゃ分かんないかもねー」

「ほら、看板の前空いたよ」

「おっと、凪沙ちゃん、看板の横に立ってちょうだい」

「はい……このあたりですかね?」


 オレが促すと、早速お母さんがカメラを構える。


 七海さんはちょっと緊張しているのか、どことなくぎこちない動きでフォトスポットに立つ。それからミリ単位で立ち位置を気にし始めた。

 お母さんがちらりとオレに視線を配った。

 緊張を解すのはカメラマンの役割だと思うけど……。仕方なく、オレは話題を探す。


「そういえば七海さんのお父さんたちってどんな仕事してるの? めちゃくちゃ忙しそうだし、世界中を飛び回ったり?」

「えっ……と、……ただの飲食店だよ。私んち、料理屋さんなんだ」


 足元に目線を落としていた七海さんがオレの方を向く。カメラマンをするお母さんの真横だ。

 フラッシュを焚かずに連写する音がした。


「へえ、昼間から繁盛してるならすげぇ美味いんだろうな。実は有名なお店だったりするの?」

「どうだろう……。地元ではそこそこ知られてると思うけど。パパがシェフをやってて、ママがホールなんだ。あとはスタッフさんとかアルバイトさんがいるんだけど、今日はスタッフさんたちが体調不良で」

「そりゃ残念だ。飲食店だとちょっと無理して、なんてのは難しいもんな……。空いてそうな時期とか教えてよ、美味そうだし、今度食べに行くから」

「パパの料理は美味しいけど……高校生にはちょっと高価いかも」

「へーきだって、ここに金蔓いるしっってェッ!」


 真横から鋭い蹴りが飛んできた。可愛い息子のスネを蹴るな。

 思わず蹴られた箇所を押さえてぴょんぴょん跳ねていると、


「ふっふふ……、仲が良いんだ」


 七海さんは口元を隠すようにして柔らかく微笑んでいた。細い指先では隠しきれない心根の表れ。


 再び、お母さんがシャッターを連写する。

 そして何でもなかったかのようにまっすぐ立つように促した。


「緊張も解けたかな。写真撮るから、姿勢をしっかりしてね。ほら笑ってー、ハイ、チーズ」


 間髪入れず、流れるように写真を何枚か撮る。

 お母さんに見せてもらうと、自然体でしっかり足を地につけた七海さんがキリッと写っていた。


「こんなもんかな」

「すごい……。綺麗に撮ってくれてありがとうございます」


 写真を確認した七海さんも大満足だ。

 お母さんはカメラをいじりながら、提案を加えた。


「せっかくだから集合写真も撮る? ハルカと奏ちゃんを入れてさ」

「いいんですか?」


 個人写真は朝撮ったからと遠慮していた比良さんもこれには乗り気だった。


「オレはいいよ。女子同士で撮ればいいじゃん」


 この遠慮は間に挟まるのは気まずい、というよりはオレに対して距離を感じる比良さんへの配慮だ。

 同性ならともかく、初対面の同日に同じ枠に異性が入り込むのは、普通に考えたら距離感が近すぎると思うのだ。


 しかし、比良さんはその配慮を無下にした。


「なーに言ってんのさー。三人で撮ろーよ。あ、でも、それぞれでツーショットもありかな?」

「おばさんは構わないから撮れるものは全部撮っちゃえばいいわ」

「ほんとですか!? じゃあ、三人で色々並び入れ替えた後、ツーショットって感じで……それで七星もいいでしょ」


 オレは頭を掻いて、しょうがねえなと応える前にお母さんが答えた。


「いいわよー」

「ちょっと」

「お母さんも七星だから合ってるわよ?」


 ふふん、とニヤけてお母さんがしれっと言う。どう考えてもわざと拾っている。

 呼び捨てにしたのをお母さんが拾うから比良さんが「やっべ」って顔しちゃってるじゃんか。

 オレは肩を竦めて、二の句を告げないでいる比良さんに言った。


「中学のやつはオレのこと『セブン』って呼ぶから、それで」

「なぎさと被るじゃん」

「私はそう呼ばれたことないから、別に」

「えー、でもなー。『スター』って呼ぶのはどう?」

「それは絶対バカにしてるだろ。嫌だ」


 中学の時も、テストで最悪な点数取ると必ず「未来のスターに期待してるぞ」って教師にいじられてたからな。


「もう面倒だから名前で呼べよ」

「遥くん?」

「はるか、って名前なんだっけ」

「そうだよ、それなら間違いようがないからな。決まり決まり、他にも写真撮りたい人はいるんだからさっさと撮るぞ」


 変なあだ名を付けられても嫌だったので、さっさと二人を看板の前に追い立てる。

 並びを変えて三人の写真を何枚か、それぞれの組み合わせでツーショットも撮った。


 お母さんが家で画像を整理して、写りが良いやつをオレが受け取って配る、ということで本日は解散。


 入学式とホームルームだけのはずなのに、妙に長く感じる一日だった。

 余談だがスリーショットでオレが真ん中の時だけ、なぜか座らされて頭に肘を置かれていたのはどういう意図だったのか。たぶん比良さんの肘だと思うけど。あの構図の理由は明かされぬまま解散になってしまった。解せぬ。




 しかし、その日最大の衝撃は夜中に来た。

 『アドセル』のバイト用アカウントに「セリーン!」とチャットの通知があった。

 次の仕事の依頼かな、と通知を見て、オレは思わずスマホを取り落としてしまった。


『コレって、ほんとにはるかのアカウント……で合ってるの?』


 相手のアカウント名は『かなで♪』。


 オレは天を仰いだ。なぜ初日で身バレしたんだ。

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