神様のお嫁様!

山岡咲美

前編

「神様、私幸せですよ」



 それはまだ神様と人間が近しい関係の時代。



 私は昔、捧げ物だった。


 神様への捧げ物、供物には色々な理由がある。


 農作や狩猟がうまくいくための祈願。


 災害や飢饉ききんが起こったさいに神様の怒りを鎮めるための祈祷。


 私の場合は飢饉が原因だった。


 私の村は年をおうごとに米が育たなくなり、畑の野菜も小さく痩せていっていた。


 村の人々は名主なぬしと共に祈祷師に相談することとし、生け贄を捧げる事にした。


 それが私。


 私は生まれた頃から足が悪く、まともに歩く事も出来なかった。


 私が生きてこられたのはただ生まれが良かったから……


 私は名主の娘だった。



「お父様お母様、私幸せでした」



 私は板張りの母屋で右足を少し外にやったいびつな正座で深々と頭を下げる。


 暖をとるための火鉢ひばちがあるがうっすら雪のしかれた季節なのにもかかわらず炭はくべられていない。


 その昔はさぞ立派はだったろうこの屋敷も白壁はくずれ瓦屋根からは草木が生え外塀そとべいも所々くずれているしまつ。



「きっと神様に嫁いでも幸せになれます」



 私は精一杯の笑顔を両親に見せる。


 目の前に座る両親の顔は痩せ細り、たいして食べて無いとわかる。


 私の食事も幾日いくにちも出されていない。


 名主ですらこの有り様、村ではもっと酷いことだろうとどんな世間知らの娘でも想像もつく。


 父や母は私が神様の花嫁に選ばれたと優しい笑顔で教えてくれた。


 きっと私が怖い想いで日々を過ごさなくていいように言ってくれたに違いない。



 私がどんな世間知らずでもこれが口べらし、食べる人を減らすための方便だとわかっていた……。



***



 その日私は真っ白な薄絹うすぎぬの衣をまとい村なかにある立派な神社の目の前を流れるの小川で御祓みそぎをした。


 目の前にはすねまで冷水に浸かり祝詞のりとを唱えさかきの枝を冷水に浸してはそれを振り水滴を跳ばす祈祷師様が。


 横には村娘の中から選ばれた女官役が二人、その者の家で一番良い着物を着て上部に取っ手の渡る大きな木の手桶を使い私に御祓の水をかけてくれた、水に濡れた黒髪が私の腰までおりて張り付く。


 本当は女官も白い着物がら良いらしいが用意出来なかった。


 小さな頃一緒にお手玉で遊んだその二人は申し訳なさそうに着物のすそまんで悲しんでくれた。


 私は白薄絹しろうすぎぬまとい村の男衆四人で小輿こごしに担がれ久しぶりに村に下りた。


 小輿には回りを囲む小さな囲い、高欄こうらんもある立派なもので、木の素組の質素な御輿おこしだったが村で婚姻があると綺麗な白無垢しろむくに真っ白な綿帽子を被った花嫁さんが担がれ名主の屋敷まで挨拶に来てくれていた、私は誰よりも花嫁さんに憧れていた。


 そして小輿に揺られ村を進む私は随分と昔に村で見た私と同じ年くらい男の子を探した、が通り道は人払いがされていて誰も居ない。


 私は少し肩を落とす。


 その男の子は私に干し柿をくれた。


 大切なんだろうその干し柿を男の子は半分にかじり切り私に食べさせてくれた。


 男の子の方には種が有り『プイッ』と種だけを遠くへ跳ばして見せてくれた。


 私にとってたった一つの男の子との想い出だ。



『……こんな気持ちでは夫となる神様に申し訳ないな』



 私はそう思うと神様との婚礼のさいだというのに非礼だと思いつつ『フ』とその事を思いだし笑みがこぼれる。


 小輿を担ぐ男衆にはさぞ変な娘にうつっただろう。


 私はその想い出をいつも大切に心の奥にしまっていた。



***



 私は揺られる、村から遠い山のほこらに。


 懐かしくも大切な村の想い出と共に今度は母が着せてくれた憧れの花嫁衣装、母が嫁いだ時に着て私のために売りに出さなかった白無垢で背筋を伸ばし、結い上げた髪を憧れの綿帽子で隠し、綺麗な綺麗な紅のついた口元でまた私は笑う。


 私は川の寒さでおかしくなったのだろうか?


 いえ、でももし、もし神様がいてくださって、私の、いえ、村のみんなの願いをかなえてくださるなら、なら、この婚儀も笑顔も嘘でもおかしくなったのでもなく、本当に幸せになるかもしれない……。



 きっとそうなると信じたい。



 私は日の暮れかけた山道で人生最後の夕日を目に焼き付けた。


「あたたかいな……お日様は」

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