第4話 官能小説


 最初の下読みとしての作品はたぶんおじいちゃんが書いたんだろうな、という冒頭からの官能小説だった。


 逆に当たりかもしれない。


 ものすごく描写が単刀直入で顔から火が噴きそうなくらい下手くそなんだけれども、読んでいては面白かったから。


 なぜ、おじいちゃん、こんな官能小説をわざわざ純文学の新人賞に応募した。


 あらすじをちょっと書くとこんな感じ。


 教職を退職した私が教え子と街で再開し、そのままラブホテルに行って逢瀬を重ねる。


 ただそれだけの作品だった。




 この話をよく二百枚まで持ち応えさせたな。


 そこが感心だった。


 下読みは基本応募者の年齢以外のプロフィールを読めないようにしてあるから誰が書いたのか、わからないけれども、たぶんこれを書いたのはおじいちゃんだ、と私は予想した。




 この作品、通過させてもいいだろうか。


 そんな呑気なことを合田さんに報告したらまたもや、怒髪冠を衝かれた。


 そういう官能小説のたぐいはある程度の数の割合で応募されてくるようで、そういう内容の小説は間違っても通過はしないということ。




 ザ・下読みシスターズ、活動初日失敗。


 私は泣く泣くエントリーシートに罰をつけた。


 これをいいと思えた私の感性も鈍ってしまったのかな。


 この小説はきっと長年教職で頑張ったおじいちゃん先生が、毎日慣れないパソコンと格闘しながら必死に汗をかいて書いたんだと思うよ。


 おじいちゃんがにやにやしながら書いているところをすごく想像ができる。


 おじいちゃんの生きがいは官能小説。


 



 本人は世界文学にも匹敵する小説だと思って書いている純文学。


 まあ、私も傑作だと思いながら書かないと最後まで小説は書けないけれども、とくにこのおじいちゃんはその傾向が強そう。


 あくまでも私の主観だけれどもたぶん図星じゃないかな。


 そんな私だって落選しまくっていたときも今だって自分がすごい、と自惚れになりながら書いている。


 自分が常に一番だ、と思って書いている。


 愚か者よ、それだからいつまで経っても惰性のままなのだ。


 



 よく私みたいな物書きは大きな勘違いをする。


 自分が生まれながらの天才だとを大きく勘違いをする。


 小説を書き始めた人の最初の落とし穴だろう、と冷静になった今なら思える。


 本人は官能小説を書いても意地でも官能小説の賞には応募しないんだ。


 意地でも最高峰の純文学の新人賞に応募する。


 これが鉄則だ、おじいちゃん。


 いけない。


 ひとつの作品に労力はかけてはいけないのだ。


 失礼、失礼。


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