私の神様は、にゃあと鳴く

春くる与(はるくるかな)

第1話 小さな村の小さな神社



 ──この子は偉い神様に大変な加護をいただくことになるよ。



 両親が名づけを頼みに行った、よく当たると評判の占い師は生まれて間もない私を一目見てそう言ったのだそうだ。

思えば、それが私の人生の絶頂期だったのかもしれない。


 まさかねえ、とあまり信心深いとは言いがたい両親は、リップサービスだろうと聞き流したそうなのだけど。


 実際、私の人生の運気は神様の加護どころか下降の一途をたどる。

右肩下がり一直線。


 容姿は平凡。成績も普通。運動神経も人類として平均。

ただ丈夫であることは間違いなかった。

元気に生んでくれた両親に感謝している。


 そんな全てにおいて平均点な私だったが、運というものにはことごとく見放されていた。


 あれはたしか、幼稚園の時。

ほのかに恋心を抱いていた同じ年長組の友樹くんにクリスマスプレゼントを渡す権利を、やはり同じクラスでライバルだった麗華ちゃんにジャンケンで負けて奪われた。


 麗華ちゃん──思えば、すでに名前で負けている。

神様の加護をいただく、とまで言った占い師が私につけた名前は「里」という、若干、キラキラしたものに欠ける名だったのだ。


 音の感じは可愛いと言えなくもないし、素朴な感じが気に入ってもいる。

だけど、『麗華ちゃん』に対してはキラキラ感が逆立ちしたってかなわない。


 そんな幼少時の思い出に始まり、おおよそ私は運がよかった事という記憶がなかった。


 クジのたぐいには当たった試しがないし、楽しみにしていた遠足や旅行ほど雨の確率は高い。


 ノンキものの多い親族の集まりでは、私の近況を話すとき『まったく神様の加護はどこいったんだ』というオチをつけるのが鉄板だ。

こないだの遠足なんて、雨どころか台風とぶつかっちゃって中止だったよ、まったく神様の加護どこいったんだ、引っ越しでもしたのか、あははは。

なんて具合で話が締められる。


 それでも小学校中学校は、さほど大過なく過ごした。


 けれど、中学で最後にして最大の山場である高校受験に失敗。

すべり止めで受けてあった私立の女子高に通うことになる。


 でも、それは別にいい。

女子だけの学校は友達もたくさんできて、楽しかった。

むしろ、楽しい高校生活だったと思う。


 けれど次にやってきたビッグウェーブ、大学受験。

そこで、私はまた失敗する。


 第一志望の大学の受験当日に、風邪をひいて熱を出すという事態を引き起こした。

受験失敗のためのお約束みたいな事件だと思う。

前日に雨の中、捨てられていた子犬を拾ってしまうなんて。


 もちろん、試験などまともに受けられるはずもなかった。

さらには、そのショックで第二第三志望も落ちた。

両親に泣きついて一年浪人させてもらい、翌年、なんとか第一志望だった大学に合格。


 だが、私はここでも運のなさを味わう。

大学生活は楽しいものだったし、充実もしていたと思う。

拾った子犬も無事に育って、可愛くて仕方なかった。

実家に帰る度に最初、あんた誰って顔をすることは、やや気になってはいたけど。


そしてやってきた人生の分岐点、就職活動の季節。

去年までの好景気はどこへやら、突然、世間は不景気真っただ中に突入してしまったのだ。

就職する側の売り手市場だった去年が嘘のように、就職は困難になった。


 もはや数えるのも嫌になるほど、たくさんの会社にエントリーした。

しかし、結果は無残だった。

ひとつも内定をもらえないまま、私は大学を卒業することになってしまったのである。


 一年……たった一年の違いで、就職氷河期にぶち当たった私は、ふたたび浪人になってしまったのだ。


 そして今現在、私は鄙びた里山の細い砂利道をとぼとぼと歩いている。

ごろごろと引いたカートが砂利に引っかかって歩きづらい。

バスが通る道はともかく、少しでも脇道に入ると砂利の敷かれた畔しかない田舎道だ。


 暖かくなり始めた春の初め。

桜はまだ固いつぼみだけれど、木々は緑の若い葉を萌えだしている。

私は立ち止まって、あたりを見回した。

ほのぼのと、時代を超えて出現したような里山。

そこの茂みから、ひょっこり着物姿の村人なんかが現れそうだ。


 ここは二年前に亡くなった祖母の住んでいた村だった。

地方都市ではあるが、それなりのにぎわいがある街中まで出るには、バスが一本通じているのみ。

そのバスも一日に往復で三本という不便さの山間の集落。


 のどかで静かだが、人の姿はない。

さっき、道を歩いていた狸とはすれ違った。

あまりにも普通にすれ違ったので思わず二度見してしまった。

田舎なんだとあらためて実感する。


 そんな私が一人暮らしをしていた東京は、旅だったとき、もうすっかり春めいていた。

だが、山間のここはかなり肌寒い。

思い出して、私はため息をついた。


 もう、あそこには私の帰る場所はないんだ。

下がりに下がった運気の行きつく果て。

それでも私は何とか就職活動を続けようとしていた。


 なのに頑張ろうとした矢先、住んでいたアパートの隣人が出した失火のせいで部屋を焼け出されてしまったのである。

原因は寝煙草だそうだ。


 帰宅したらアパートが真っ黒こげになっていたのを見たときの衝撃を、私は一生忘れないだろう。


 さいわい、銀行のカードは持ち歩いていたのでそれで何とか急場はしのげた。

しばらく友人の家に泊めてもらったりもして、寒空の下でも生き延びることは出来た。


 両親や家族は、すぐにも帰ってきなさいと言ってくれたけど、実家はそんなに広くはない。

どころか、兄夫婦が同居していて私は帰る予定がなかったので、元の私の部屋はもうなかった。


 でも兄嫁がすごくいい人で、何度もメールやラインで帰ってきてと言ってくれる。

里ちゃんの実家よ、遠慮しないでと。


 くわえて、甥っ子が天使のようにかわいい。

さとちゃん、いつかえってきてくれるの、と動画が送られてくる。

舌足らずなお願いの、なんと可愛いかったことか。

お義姉さん、こんな可愛い子を生んでくれてありがとう。


 動画はお義姉さんに言わされてるんだろうなと思うと、嬉しいやらありがたいやらだ。


 お義姉さん、どうか私などのことより愚兄をよろしくお願いします。


 動画の端に寝転がってイビキかいてる兄が映ってて、うれし泣きしそうだった涙はひっこみましたけども。

義姉の気遣いは何よりも嬉しかった。


 だけどね、そんな風にすっかり幸せの形の出来あがっている実家に帰ろうとは思えなかったのです。


 それでのらりくらりと返事を渋っていたら、のんきものの両親がすすめてくれたのが祖母の家の管理をすること、だった。


 二年前に亡くなった祖母は、田舎で一人暮らしをしていた。

亡くなってからは、あまりに田舎が遠過ぎて誰も後始末に来たことがない。

ご近所さんに管理を任せている、という話だったけど、いつまでも任せきりというわけにもいかない。


 家は住む人がいないと、途端に傷むという。

放置するにも限りがある。


 そんな訳で就職浪人となり住む場所もなくした私に、お鉢が回ってきた。


 正直なところ、途方に暮れていたのでとてもありがたい話だった。

ありがとう、おばあちゃん。

貴女のおかげで、孫は命拾いしました。


 私は手にしていたスマホで地図を確かめる。


「……」


 大丈夫かな、この地図。

グググールの地図だから、間違ってはいないと思うんだけど。

そう思って、もう一度画面と照らし合わせて周囲を見回す。


 すると、緑の葉陰に小さな赤い鳥居が見えた。


 神社があるんだ。

そういえば神社というのは、その地域の守り神様だと聞いたことがある。

ということは、今日からここに住む私もここの神様に守られることになるのかな。

なら、お参りしておこうかしら。

色々と運の悪いことが続きすぎたし。


 そんなことを考えて、私は鳥居の方へと向かう。

視界を遮る緑の斜面の先に、小さい鳥居と上へと向かう石段のこぢんまりとした空間がひらけた。

ちっちゃくて、なんだか可愛らしい。


 でも歴史はありそうで、石段は随分すり減っていた。

きっと、何百年と村の人たちが通った参道なんだろうな。


 私はカートを抱えて、石段を上がる。

数段ほどしかないそれには、さほど苦労しなかった。

上がってすぐに、やはり小さな社務所らしき建物が見える。

奥に見えるのが本堂なのだろう。

こっちも、なんだか小さくて可愛い建物だ。


 社務所があるということは、誰かいるのかな。

そう思って中を見ると、ちょうど顔を上げた人とばっちり視線があってしまった。

さっきの狸をノーカウントとすれば、村で初めて見る人間だ。


 しかも。


「……」


 すごいイケメンさんだった。

つやつやの黒髪で、切れ長の目が綺麗。

思わず見惚れてしまうほど、すらりとした感じの人だ。

白衣に浅黄色の袴をつけているから、ここの神主さんなのかな。

村はお年寄りばかりと聞いていたので、とても意外な気がして私は固まってしまった。

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