Laakso - 7 : Hyvästi

ペトラあの女が怒りながら出ていったんですが、何をしたんですか、師匠」


 いや、別に何も?

 はぁ……それにしてもお前の女嫌いにも困ったもんだな。


「俺のことはどうでもいいです、それより今は師匠の話をしましょう」


 俺の? といっても俺については特に何もないな……今さら昔話でもねぇしよ。

 そういや、お前には色々言っておきたいこともあるわ。とりあえず飲みながら話そうや。ほらこれ、さっきヘルマンニが俺の酒ギって隠してたのを返しに来やがったんだよ、お前も飲め。


「……これ、師匠の酒じゃないですよ。ヘルマンニが昔師匠に舐めさせてもらったのを気に入って、自分で買ったやつです」


 え? マジか? これめちゃくちゃ高い酒だぞ。


「師匠と飲みたかったんでしょう」


 あいつ……そういうことはちゃんと言えよなぁ。礼を言いそこねたじゃねぇか。

 あーもう、しかもあいつと話す機会がもうねぇじゃねぇか。

 ヨーコ、お前から言っといてくれよ。、ってよ。


「はぁ……仕方ないですね。最後ですし、承りました」


 ははっ。お前のそのセリフを聞くのも最後かと思うと、感慨深いぜ。そういや、お前との会話はだいたいお小言だったな。いや、悪かった。何もかも任せっきりにしてよ。でも、ホントに助かったぜ。ありがとな?


「……やめてくださいよ。泣かないように頑張ってんのに、そういう事言うの」


 クククっ。いいじゃねぇか。たまには泣くのも悪くねぇ。それに、お前今まで泣いたことなかったじゃねぇか。そんなだからヘビやらトカゲやらと言われるんだよ。


「それは泣かないからじゃなく、おれが陰湿だからですね」


 ぅぉおーい! 自分で言うか?!

 ……いやまぁ、うん、そうだな。でもまぁ、元々の性格もあんだろうけど、こう、役割というか、損な役回りだよな、お前。いや俺のせいなんだけどよ。


「やりたいからやってただけです。……考えてみれば、ここ十年は傭兵団の運営と、あなたの尻拭いばっかりでしたね」


 いやいや、今日で終わりみたいに言うなよ。明日からはお前が傭兵団の長なんだからよ。って、これまでも長みたいなもんだったけどな!


「仕事を放棄してたくせに、晴れ晴れと言わないでくださいよ」


 だけどよぅ、もしお前がいなかったら、俺、こんな心安らかに逝けなかったと思うもん。色々押し付けたけど、ありゃあ俺の英断だったな。さすがは俺。


 ヨーコ。マジで助かったぜ。

 おかげで何の心配もねぇもん……お前になら、安心して後を任せられる。

 ……どうか、これからもあいつらを頼む。お前にしかできないことだ。


「任されましょう。ちょっと考えてることもありますし」


 おっ? 何だ? よかったら聞かせてくれ。


「ええ。……とりあえず最初は、エイヒムにギルドを作ろうと思います」


 んん? あれ? 無かったっけ? ハーゲンベック時代にだって、ギルドはあったんじゃないか?


「……貴族の息がかかったギルドなんて意味がないです。それに、引き継ぎだってうまく行ってない。シッチャカメッチャカですね」


 あらぁ。そうなのか。


「とりあえず、傭兵ギルドは機能してない……というよりは『魔物の森少年傭兵団うち』が傭兵ギルドの役割を請け負ってる状態です」


 そういや、頭数揃えるのもだいたいウチが声かけてたな。


「あとは、商業ギルドと狩人ギルドは合流できると思います。問題は冒険者ギルドですが、とっとと乗っ取って、総合ギルドにしようかと」


 おお。……でもそれじゃ『魔物の森少年傭兵団うち』はどうなるの?


「ギルドに吸収されると思います。というか……俺たちも少年って歳じゃないですし、それに、もうそろそろ谷で過ごすのも限界なんですよ。難民やら『はぐれ』やらを受け入れたりもかなりキツイです。手を広げすぎて、組織として機能するギリギリの状態が続いてます。街に拠点を作らないと、もう運用は無理ですね」


 ……ま、お前がそう言うんなら、それが一番いいんだろ。

 そうか……俺から見たらまだみんな少年ガキなんだけどな……。

 少年から男へ、ってことか。時の過ぎるのは早いねぇ……。


 それで? ギルドと合流しても、あいつらとの関係は続けられそうか?


「善処しますが、彼ら次第ですね。俺は形が変わろうと傭兵団を離れる気はありませんから」


 お前も色々考えてるんだなぁ……。


「それに……俺の我儘でもあります」


 お? ヨーコが我儘? 今まで一度も言ったことなかったじゃねぇか。

 言っちゃえ言っちゃえ。今ならどんな望みでも思いのままだぞ?


「いえ、大したことでは……ただ、この場所は、色々思い出深いですし、師匠がヴァルハラに召されたら、体はここに埋めることになるでしょうし、俺としては、この場所をこのまま、誰の手にも触れさせないようにしたいんです」


 ……ここは魔物の領域だぜ? 手入れしなけりゃ数年で完全に自然に飲まれるぞ?


「いいんですよ、それで。一応、師匠の墓だけはおれがきちんと管理しますが、訓練場やら居住スペースはもう不要でしょう。師匠が居なくなってから誰かに好き勝手されるよりは、いっそそのまま朽ちてもらったほうが、俺としてはスッキリです」


 そうかそうか。愛が重いぜ。

 墓にはいい酒を供えろよ? たまには一緒に飲もうぜ。


「そうですね。じゃあ、一つ約束をしましょう」


 約束?


「師匠は『仲良くしろ』と言いましたが、正直、今のままだと厳しいかなと思ってます」


 …………どんよりと暗い気持ちになることを言うね。


「だから、約束です。いつか必ず、全員で集まって、あなたの墓の前で飲み交わしましょう。俺が無理にでも引っ張ってきます。俺としても、あなたの最後の願いを叶えたい。そのためになら、多少は無理をしてもいい」


 お、いいねいいね! それは楽しみだ!

 ヴァルハラで今か今かと待ってるからよ。ぜひよろしく頼むぜ。


「ええ。期待しててください」


 ……あぁ、何だろうな。お前らが親離れするのは嬉しいんだが、やっぱり少し寂しいな。特に、お前とはだいたいずーっと一緒に居たからな。


「俺たちが親離れするより、師匠が子離れすべきでは?」


 そう言うなよ。それに、俺はお前のこともやっぱり心配だぜ。お前は何でもできるし、頼りになるやつだ。俺なんかよりもずっとな。


「そんなことは……」


 いいから聞け。お前は凄いやつだ。尊敬に値する。お前を後継者に選んだ俺の目は間違いじゃなかったと確信してる。

 ……でも、一個だけ足りてねぇんだよ、お前は。


「……なんです? 褒め殺しかと思ったら説教ですか」


 お前、自分の幸せのことを考えたことがあるか?

 人の尻拭いばっかりじゃなくてよ……お前はもっと我儘に、自分のことを考えたほうがいい。

 これは俺からの最後のアドバイスだよ。ありがたく聞いておけ。


「……あなたのそういうところが……」


 ん? なんだよ?


「いえ。師匠、そろそろハイジに代わります。これまでありがとうございました」


 おっ。お前も元気でな。


「……最後に一言だけいいですか?」


 ああ。なんだ?


「愛してます、師匠。ずっと、あなたのことが好きでした」


 ああ、。俺もお前のことが大・大・大好きだ!

 お前の気持ちは確かに受け取ったぜ!


 じゃあな。またヴァルハラで会おう! ヨーコ!


「はい、また、ヴァルハラで……アゼム」



 ▽



 おいハイジ、その剣はなんだ?


「育ての親から受け継いだ細剣レイピアです。知っているでしょう」


 俺はてっきり、その剣にはトラウマがあるんだと思っていたが。


「もちろんです。でも、一番大切な思い出もここに詰まっています。師匠の人生を終わらせるのなら、やはりこの剣でないと」


 クククっ。前から思ってたんだけど、お前さ、結構ロマンチストだよな。


「ロマンチスト……ですか?」


 意外と可愛いものとかが好きだろ。花とか、綺麗な絵とかさ。


「そうかも知れません。あまり意識したことはなかったですが、育ての親の感性を受け継いでますから」


 いやさ、何がいいたいかって言うと……お前さ、本当は戦うのがあんま好きじゃないんじゃないか、ってな。俺はそう思うわけよ。


「えっ? ……いえ、たしかに特別好きだとは思っていませんが、必要なことですし、苦痛ではないですよ」


 そういうことじゃなくてよ。俺は知ってるぜ。お前さ、家事とか炊事とか好きだろ。


「ご存知でしたか。……はい、いつか戦士が不要な世界になったら、料理屋を開きたいと思ってました」


 やっぱりな。

 ……だが、残念だったな。もうその夢は叶わない。


「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。それについては特にショックでもありません。元々自分は一生戦うしかない運命だと思ってましたし、『はぐれ』の保護については、どのみち続けるつもりだったんです」


 そか。じゃあ、引き継いだ俺の力が役に立てばいいな。

 っていうかよ、お前の能力……ヘルマンニの言う「キャンセル」か。あれと俺の能力が合わさったら、凄まじいことになるぞ。もう誰もお前を傷つけることはできないだろうよ。


「師匠の力……ですか?」


 おうよ! 地味だがなかなか使える力だぜ?

 詳しい説明は省く。どうせすぐ理解できるだろうしな。

 だが、お前の力との相性は抜群だ。もうかすり傷すら負うことはないだろうよ。この『愚賢者』アゼムが保証するぜ。


「……ありがとうございます」


 なんだよ、あまり嬉しそうじゃないな。


「当たり前です。俺は今でも、能力なんて要らないから、師匠には一秒でも長く生きて欲しいと思ってます」


 クククッ。ペトラの言葉が効いてやがんな……クククッ。


「……師匠、俺は今、たしかに弱くなっています。でも、魔物の領域で過ごしていれば、すぐに力は取り戻せます。なんなら、今の俺なら谷ではなく、森でだって生活できるはずです」


 ふん? それで?


「俺じゃなく、ヨーコに力を継承してもらえませんか」


 ……無理だな。


「この行為の意味は理解しています。師匠の願いも叶えてあげたい。俺は個人的な感情で言ってるんじゃないんです。でも、師匠……ヨーコはずっとあなたに尽くしてきたじゃないですか。谷の皆も、全員がヨーコを認めている。だから、師匠の力はヨーコが受け継ぐべきです。なぜ、俺なんですか。なぜ、ヨーコじゃダメなんですか」


 ククッ。ハイジ、お前、ちゃんと喋れるんじゃねえか。そんだけ喋れるんなら、なんでいっつもむっつり黙ってるんだ?


「茶化さないでください」


 ……まぁな。気持ちはわかる。それに、俺だって思うぜ。あいつほど、傭兵団に貢献してくれたやつは居ねぇ。だからこそ、長として跡を継いでもらうんだ。

 だけどよ……この力をあいつに与えるわけにいかねぇ理由があんだよ。


「聞かせてくれますか」


 ……これは、誓い–––力の集中のための誓約に関わることだから、口外すんなよ。まぁ、他ならぬお前だから話すんだが。


「口の堅さには自信があります」


 じゃあ言うが……ここだけの話、あいつさ、誓いを立ててんだよ。


「……は?」


 だからさ、あいつ、俺のための仕事にしか、力を注げないんだよ。

 あいつは秘密にしてるみたいだが、見てりゃわかる。あいつの行動は徹頭徹尾、俺のサポートなんだよ。


「なんだってそんなことを……」


 俺も同じことを思ったよ。なぁんでそんなアホなことをしたかねぇ。あきらかに合理的じゃねえよ。あのヨーコがだぜ? まぁ、誓約は究極に個人的なものだからな。理由まではわからねぇよ。

 でも……だからこそ、あいつは俺を傷つけられない。

 漏斗の話は覚えてるか? もしお前の役目をあいつに任せたら……あいつは全ての能力を失って、もう二度と力を発揮できなくなるかもしれない。もちろん俺の力も引き継げない。高確率でな。

 お前らには悪いけどよ……俺はあいつを一番高く買ってるんだ。だから、お前とヨーコには辛い思いをさせるかもしれんが、この役目はお前にしかできねぇんだよ、ハイジ。


「……わかりました」


 納得してくれたか?


「はい」


 他に話したいことはあるか?


「あります。それこそ、何日かかったって話しきれないくらいに」


 クククっ。悪いけどそれは次の機会にしてくれ。そうだな……全員で墓参りにでも来てくれよ。いい酒持ってよ。その時は夜通し飲み交わそうぜ。


「師匠。あなたは俺にとって最高の父親でした」


 よせよ。照れくせぇだろうが。


「心から尊敬してます。この感謝を伝える言葉が、どうしても見つかりません」


 おおっと、やめやめ!

 あーもう……泣くなよ。でっけぇ図体してるくせによ……泣くなって。

 俺たちは傭兵だ。軍人だ。人を殺して飯食ってんだ。この世で一番死が身近な人種なんだよ。だから、たかが死ぬくらいのことで泣くな。

 笑え。笑えよ、ハイジ。


「……はい」


 クッ……お前でも、笑うと可愛いくなるんだな。クククッ。


 さてと。あとどんくらい時間が残ってるのかわからんし、お前に殺される前にぽっくり行っちゃあ、割に合わねぇ。っていうかそれ、絶対格好悪ぃよな。クククッ。


 だからよ、そろそろお終いにしようぜ。

 なに、大したこっちゃねぇよ。ちょっと剣を一振りしてくれりゃ事は済む。

 あー、でもあんまり血みどろなのも体裁悪ぃよな……なぁ、どんなふうに斬るのが一番恰好いいかな? やっぱ心臓かな? 最初で最後だしよ、もう二度とない機会だし、痛みもしっかり味わいたいから、やっぱり心臓がいいな。


 あれっ、なんで外から声が聞こえてくるんだ?

 あいつら……気配消して聞き耳立ててやがったな……? この俺が気づかないってどんな練度だよ。免許皆伝どころの騒ぎじゃねぇぞ。


 クククっ。

 まぁいいや。


 じゃあな、みんな。

 ハイジ。ヘルマンニ。ペトラ。ヨーコ。

 楽しかったぜ。


 また会おう。

 あばよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る